エクストラ その3・4
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ゲーセンを出てショピングモールを見て回った後、俺達は近くの河の遊歩道を歩いていた。
夕暮れが迫る頃。そろそろ帰路に着く時間。
それでも俺と先輩は今日の思い出を話して、まだ昼の雰囲気の中にいた。
「今日は楽しかったです、先輩!」
「私も楽しかったわ」
先輩が笑ってくれる。
良かった、ちゃんと今日はエスコートできたみたいだ。
「ところで殻木田くん、今日一日あなたといて思った事があるの……」
俺の少し先を歩いてから先輩が振り返る。
「あなたが、傍にいると…安らぐし……やっぱり楽しいと思ったの……だから……」
夕日のせいか、顔が赤らめて見えた。
言葉を選ぶように言い淀む、その仕草にドキリとした。
「だから……私の、私の――」
先輩は俺に何を告げようとしているんだろう?
辺りを見る、周りには誰もいない。
ふたりきりだ。
心臓の音が高鳴る。
「――マクラになって欲しいのよ」
はい?
イマ、ナンテイッタ?
「……マクラですか?多分、布団で頭を載せるヤツですよね」
コクリ、と先輩は頷く。
「そうよ。映画館でうろ覚えではあるけど、あなたにもたれ掛って寝ていたと思うんだけどその時、久しぶりに凄く安眠できたの。だから私の枕にならない?」
深く溜息を吐いて、こめかみを押さえた。
よし、何も変わらないぞ。これは、いつもの先輩だ。
気まぐれで、俺に少し意地悪ないつもの先輩だ。
オーケー、冷静になろう。
何も変わらない、何も変わらない――心の中で念じるように繰り返す。
一瞬、覚えた淡い期待を忘れるように。
それから返事を返した。
「お断りします」
「ダメ?」
「ダメです」
「そう、悪くない話だと思ったのだけど。二十四時間、私の傍にいて眠くなったら肩を貸したり膝枕をする。それで住居とご飯三食が付くのだから」
大げさに溜息を吐く。
少し先輩の言う光景を想像してみた。
生徒会の会議の途中で眠くなった先輩に肩を貸す俺。
食後でお腹が満たされた先輩を部屋のソファで膝枕する俺。
大変、ロクでもなかった。
「謹んでお断りします」
言い切る。
「そう」
物憂げな表情のまま頷く。
「あ、でも」
まだ何かあるんですか……?
「何だかそれって年下の男の子を囲ってヒモにするみたいで、なかなかイケない感じがしてそれはそれで面白そうね」
自分で納得するように頷く先輩。
一体、どこから出てきたんですか、そんな発想。
目に風が染みて涙が出そうになった。
果たしてどこまで本気だったんだろう?
夕暮れも終わり夜を迎える頃に、俺と先輩は帰る事にした。
一緒の楽しかった時間は終わる。
まあ、最後は大概な会話をしたような気がするけど。
河川敷に日は沈み。静かに闇が訪れる。
空には月と星が姿を現す。
――夜の帳が訪れる。
そんな空を先輩は見上げる。
そこにある〝何か〟を垣間見るように。
彼女が静かに微笑んだ。
「殻木田くん、ありがとう。今日は本当に楽しかった――」
どうしてだろう、先輩を遠くに感じた。
ああ――そうか。きっと先輩はこれから〝魔女〟としてまた何かをしなければならないんだ。
それは、俺がまだ全部は知らない彼女。
その事を寂しく感じた。
こんなに傍にいるのに。
夜が訪れる、その前に――まだ繋がっていたくて、その手を重ねて結ぶ。
「殻木田…くん……?」
「先輩、まだデートは終わってないですよね?ならこうして手を繋いで帰ってもいいですよね?」
「う、うん……」
顔を赤くして俯く彼女。
もっと強い繋がりが欲しくて、指と指も絡めてしまう。
すると先輩はその手を見て、落ち着きなく身体を震わせながら言った。
「こ、これ…殻木田くん、その…殻木田くんは、どうして……こんな……」
「どうかしたんですか、何かおかしいですか?」
「やだ…これ……恋人繋ぎっていうの知ってる……?」
先輩が切なげに瞳を揺らして俺を見る。
「ええ――――!」
そんな事は露とも知らなかった俺の絶叫が辺りに響いた。
夜が訪れる、その前に―― 了
次回は一度、散文が入ります。
この物語の大きなひとつの節目を迎えるお話だからです。




