自身を殺す、その棺 15
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授業が終わり、放課後。
俺は山岡と一緒に教室を出た。
「山岡、今日の放課後は空いてる~?どっか寄っていく~?」
「そうだね。それもいいかもしれないね。実は読んでるマンガの続編も出たし、アニ友に寄りたいね。それからゲーセンに行って、また殻木田君と一緒に対戦するのもいいかもしれないね!」
そんな軽口をしながら、俺達は廊下を歩いて昇降口を目指す。
授業の終わった学内は騒がしい。
みんな俺達と同じように、どこかに寄り道を立てる算段でもしているのかもしれない。それらの声は弾んでいるように聞こえる。
「最近、練習もしてるから前よりは戦えるようになってきてると思うぜ!」
「僕もそう思うよ。ふたりで組んでも結構勝てるようになったもんね!」
そうして話をしている内に、昇降口に着く。
「どうする、山岡?」
そう尋ねると、首を振って答えた。
「ごめんね、今日は――新しい部活動の見学に行こうと思うんだ」
「そっか、じゃあ仕方ないね。でも…その、よかったのか?剣道部は辞めちゃって……」
先輩が怪異を刈り取ってから少し後、山岡は剣道部を辞めた。
その理由を俺はまだ聞けずにいた。
多分、怖かったんだ。俺が関わった事が、剣道を止めるきっかけになってしまったかもしれないから。
――自分から関わろうとした癖に。
「うん。僕は辞めてよかったと…思っているんだ……勿論、その未練が無いわけじゃないよ。ただ――」
「ただ?」
「この間、あの棺が現れた時に君の声が聞こえたから――きえるなって。僕が何にもできないとは思わないって。あの時の事はあんまり覚えてないけど、その声は聞こえたんだ。それで思ったんだ。僕は剣道以外でも、自分に出来る事を探そうって」
「山岡……」
「僕は好きな剣道をこれ以上、嫌いになりたくないんだ。剣道をこれからも好きでいる為に、今は距離を取ろうと思うんだ。またいつか笑顔で始められるように。それに――」
山岡が微かに涙を零す。
「少し思い…出せないんだ……自分がどうしてあんなに強くなろうとしたのか。ううん、あの時だって本当は分からなかったんだ、誰の為に、何の為に強くなりたかったなんて。それを忘れてきっと〝未来〟とか自分の〝価値〟とか形の無いものまで賭けようとしてた、強くなれないと思った。非力な僕はそうしないといけないような気がしてた。剣道だけが僕の全てじゃない筈なのに――」
「……」
「殻木田君、そんなに暗い顔しないで。僕は君に感謝しているんだから。君がいなかったら、僕は…どうなっていたか……分からなかった気がするから」
山岡は笑った。
「僕はこれから、僕自身の為に強くなりたい。剣道だけじゃなくて、色々なものを見て、聞いて、感じて。その中で自分にできる事を見つけたい。そうする時間は、まだある筈だから――」
そうして、学校を見渡す。
その目は何かを探すように輝いていた。
「だから、僕は行くね?」
「うん、分かった」
「本当に色々ありがとう。殻木田君は僕の――友達だ」
「うん!」
俺も笑った。
山岡と別れた後、俺は校門までの道をひとり歩く。
校庭では生徒達がそれぞれ、部活動や委員会に励んでいる。
まあ、俺みたいに帰宅する生徒も一杯いるけどね!
ただ――みんながそこにいる。
ただ、漠然とした時間を信じている。
これからどうなるかなんて、まだ分からない。
自分に〝特別〟だと感じられるものの為に。
あるいは、そうでなくても何となくボンヤリと穏やかに過ごしている。
それは、幸せな事だと思う。
きっと、そんな中に俺もいる。
それでも――
――頬の傷を撫でる。
時々、不意に感じる寂しさ。
本当に俺はそんな時間の中に、みんなの中にいるんだろうか?
きっと俺が見ているのは〝今〟じゃない。
こころの中にある〝過去〟だ。
そこから、何かを追い求めている。
山岡を強いと思う。
山岡はそれだけに囚われる事なく、手放して進む事を決めた。
自分の〝特別〟を手放せる強さがあった。
形の無い漠然としたものを、もう一度信じようとしているんだと思う。
俺は多分、違う。
ただ、強く想いを抱え込むようにして生きてる。
そうしていないと自分ではいられないような気がして。
「――殻木田君」
校門で先輩と会った。今日は生徒会は無い事は知っている。
「彼は大丈夫そう?」
「はい、大丈夫だと思います。山岡は多分、強いと思うから。ただ自然に――」
「そう」
先輩はいつもの浮世離れした雰囲気のまま頷いた。
「なら約束を、その…果たして貰おうかしら……」
俯こうして、けれどそうする事なく言った。
その瞳はどこか不安げに揺れていた。
「殻木田くん、私と…デートして下さい……」
真っ直ぐに俺を見つめる。
夢を見るように。
「はい――」
そう答えると先輩は、本当に嬉しそうに笑った。
漠然と時間は過ぎる。
大人とも子どもとも言えない時間は。
ただ、そよ風のように。
きっとその時間をなんて言うのか知るのは、それが終わった後だ。
その時間の中で俺も――多分、先輩も何かを強く求めるようにして今を過す。
その中で同じ時間を重ね合わせていく。
まだ漠然とした想いに身を任せるようにして。
自身を殺す、その棺 了
今回はある意味、誰かの為の明確なお話でした。
人助けとも。
そう、特に小夜にとって。
それが次章においては――




