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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
自身を殺す、その棺
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自身を殺す、その棺 15


     9


 授業が終わり、放課後。

 俺は山岡と一緒に教室を出た。

 「山岡、今日の放課後は空いてる~?どっか寄っていく~?」

 「そうだね。それもいいかもしれないね。実は読んでるマンガの続編も出たし、アニ友に寄りたいね。それからゲーセンに行って、また殻木田君と一緒に対戦するのもいいかもしれないね!」

 そんな軽口をしながら、俺達は廊下を歩いて昇降口を目指す。

 授業の終わった学内は騒がしい。

 みんな俺達と同じように、どこかに寄り道を立てる算段でもしているのかもしれない。それらの声は弾んでいるように聞こえる。

 「最近、練習もしてるから前よりは戦えるようになってきてると思うぜ!」

 「僕もそう思うよ。ふたりで組んでも結構勝てるようになったもんね!」

 そうして話をしている内に、昇降口に着く。

 「どうする、山岡?」

 そう尋ねると、首を振って答えた。

 「ごめんね、今日は――新しい部活動の見学に行こうと思うんだ」

 「そっか、じゃあ仕方ないね。でも…その、よかったのか?剣道部は辞めちゃって……」


 先輩が怪異を刈り取ってから少し後、山岡は剣道部を辞めた。


 その理由を俺はまだ聞けずにいた。

 多分、怖かったんだ。俺が関わった事が、剣道を止めるきっかけになってしまったかもしれないから。

 ――自分から関わろうとした癖に。


 「うん。僕は辞めてよかったと…思っているんだ……勿論、その未練が無いわけじゃないよ。ただ――」

 「ただ?」

 「この間、あの棺が現れた時に君の声が聞こえたから――きえるなって。僕が何にもできないとは思わないって。あの時の事はあんまり覚えてないけど、その声は聞こえたんだ。それで思ったんだ。僕は剣道以外でも、自分に出来る事を探そうって」

 「山岡……」

 「僕は好きな剣道をこれ以上、嫌いになりたくないんだ。剣道をこれからも好きでいる為に、今は距離を取ろうと思うんだ。またいつか笑顔で始められるように。それに――」

 山岡が微かに涙を零す。

 「少し思い…出せないんだ……自分がどうしてあんなに強くなろうとしたのか。ううん、あの時だって本当は分からなかったんだ、誰の為に、何の為に強くなりたかったなんて。それを忘れてきっと〝未来〟とか自分の〝価値〟とか形の無いものまで賭けようとしてた、強くなれないと思った。非力な僕はそうしないといけないような気がしてた。剣道だけが僕の全てじゃない筈なのに――」

 「……」

 「殻木田君、そんなに暗い顔しないで。僕は君に感謝しているんだから。君がいなかったら、僕は…どうなっていたか……分からなかった気がするから」

 山岡は笑った。

 「僕はこれから、僕自身の為に強くなりたい。剣道だけじゃなくて、色々なものを見て、聞いて、感じて。その中で自分にできる事を見つけたい。そうする時間は、まだある筈だから――」

 そうして、学校を見渡す。

 その目は何かを探すように輝いていた。

 「だから、僕は行くね?」

 「うん、分かった」

 「本当に色々ありがとう。殻木田君は僕の――友達だ」

 「うん!」

 俺も笑った。



 山岡と別れた後、俺は校門までの道をひとり歩く。

 校庭では生徒達がそれぞれ、部活動や委員会に励んでいる。

 まあ、俺みたいに帰宅する生徒も一杯いるけどね!


 ただ――みんながそこにいる。

 ただ、漠然とした時間を信じている。

 これからどうなるかなんて、まだ分からない。

 自分に〝特別〟だと感じられるものの為に。

 あるいは、そうでなくても何となくボンヤリと穏やかに過ごしている。


 それは、幸せな事だと思う。

 きっと、そんな中に俺もいる。


 それでも――

 ――頬の傷を撫でる。


 時々、不意に感じる寂しさ。

 本当に俺はそんな時間の中に、みんなの中にいるんだろうか?

 きっと俺が見ているのは〝今〟じゃない。

 こころの中にある〝過去〟だ。

 そこから、何かを追い求めている。

 山岡を強いと思う。

 山岡はそれだけに囚われる事なく、手放して進む事を決めた。


 自分の〝特別〟を手放せる強さがあった。

 形の無い漠然としたものを、もう一度信じようとしているんだと思う。


 俺は多分、違う。

 ただ、強く想いを抱え込むようにして生きてる。

 そうしていないと自分ではいられないような気がして。


 「――殻木田君」

 校門で先輩と会った。今日は生徒会は無い事は知っている。

 「彼は大丈夫そう?」

 「はい、大丈夫だと思います。山岡は多分、強いと思うから。ただ自然に――」

 「そう」

 先輩はいつもの浮世離れした雰囲気のまま頷いた。

 「なら約束を、その…果たして貰おうかしら……」

 俯こうして、けれどそうする事なく言った。

 その瞳はどこか不安げに揺れていた。

 「殻木田くん、私と…デートして下さい……」

 真っ直ぐに俺を見つめる。

 夢を見るように。

 「はい――」

 そう答えると先輩は、本当に嬉しそうに笑った。



 漠然と時間は過ぎる。

 大人とも子どもとも言えない時間は。

 ただ、そよ風のように。

 きっとその時間をなんて言うのか知るのは、それが終わった後だ。


 その時間の中で俺も――多分、先輩も何かを強く求めるようにして今を過す。

 その中で同じ時間を重ね合わせていく。

 まだ漠然とした想いに身を任せるようにして。



          自身を殺す、その棺 了


今回はある意味、誰かの為の明確なお話でした。

人助けとも。

そう、特に小夜にとって。


それが次章においては――



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