自身を殺す、その棺 12
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山岡の個人戦の試合から、一週間近くが経とうとしていた。
その間、山岡には――あの棺の怪異が起こる事はなかった。
表面状は特に何もなく、前より俺達は親しくなって色々な話をするようになった。今やってるアニメの事や互いに読んでいるマンガの事。
それだけじゃない。
剣道の練習がなくて俺にも何の用事もない時には、以前の休日のように放課後にふたりでゲーセンや本屋にも行くようになった。
ロボットのゲームで協力して対戦して結果に一喜一憂したり、プラモデルの雑誌を読んで、これカッコいいなんて言ってみたり。
ありきたりな普通の高校生の日常。
俺も山岡も笑っていた。
ただ、楽しく過ごしていた。
何かを強く追い求めるような時間はそこにはなくて、過ぎゆく時間を過ごすだけ。
そんな時間は、俺にはなんだか新鮮だった。
悪くない。
そんな風にも思っていた。
その事を先輩に話すと、このままなら私の力は必要ないかもしれないわね、と言っていた。
ただ、それでも最後にこんな言葉を洩らす事もあった。
「ひとの心は移ろうもの。今は穏やかな波のようでも、不意に本人も気が付かないまま嵐になっている事もあるかもしれない――」
先輩の言葉は少し心配性なのでは、とも思ったけど強く否定する事もできなかった。
人は心があるから、時々気まぐれな天気のようにはいきなり変わる事なんて無いのかもしれない。
――凪いだ空が突然、夕立を迎えるようには。
けれど人間は生き物だ。
人間だって自然のものだ。
正確な機械じゃない。
理由も分からず、不意に心が変わる事だってあるかもしれない。
――人間が、自分の事が全部分かっている事なんかあるんだろうか?
俺は自信がない。
学校でみんなといる時、ふと同じように笑えているのか分からなくなる俺には。
その理由だって昔の事が大きいのかもしれないけど、本当のところは分からない。
そう、感じてしまうだけで。
だからその日、生徒会の仕事が長引いて動けない先輩より先に山岡の様子を見に行った時、俺は自分の否定しきれなかった不安の形を知る事になる。
部活の終わった後の夕暮れに染まる剣道場。
そこには誰もいない。
縁の下でこちらに背を向けて、座る山岡の他には。
「山岡……?」
声を掛けてみたけど返事がない。
――その沈黙に強い不安を覚えた。
山岡に急いで駆け寄る。
「山岡!」
もう一度、声を掛けた。
山岡が僅かにこちらを見る。
けれど、その視線は揺れていて直ぐに前を見つめ直す。
なにかに強く引き寄せられるように。
そこで俺は気が付いた。
山岡の身体が酷く震えている事に。
けれどその場から動く事は無い。まるで金縛りにあっているかのように。
――山岡は〝何〟を見ている!
その視線の先を見た。
棺――棺がそこにはあった。
夕暮れの中、誰かを迎えるように漆黒の棺が立つ。
それは在りもしないもの。
即ち魔的なもの。
その事で思い出す。夕暮れ時は逢魔刻ともいう事を。
怪異が逢魔刻に現れる。
ひとの心の影を背負って。
いよいよ大詰め!
小夜が不在のまま、怪異と向き合う殻木田君。
彼はこの状況にあってどうするのか?
そして彼は叫びます、ある願いを。




