六章 降り続ける六月の雨に、花は散る―― あらすじ
降り続ける六月の雨に、花は散る――
六月の後半、梅雨に入りシンシンと雨の降り続く季節。
殻木田順平は、天羽桜という老女と知り合った。
本来なら病院に入院していてもおかしくない程に、身体を悪くしていた天羽桜だったが、亡くなった家族との想い出のある家での暮らしを続けていた。
順平はそんな天羽桜の姿から、死期が近い事に感づいていた。
そう遠くない内に死ぬ。
まるで季節外れに咲いた桜のように。
今、街では一つの大きな話題があった。
街の至る所で季節外れの桜が開花した。
不可思議な事、それはまるで怪異のよう。
けれど順平は、誰にも危害を加える事の無い怪異ならば、別に存在していてもいいのではないかと思っていた。
怪異とは、ひとの心が引き起こすもの。
そうだとしてもこんな綺麗なものなら――
――だが、この『セカイ』を管理する魔女達にとって例外はない。
――人々に認知される怪異は存在してはいけない。
順平に想いを寄せる魔女、虚木小夜は揺れていた。
小夜は季節外れの桜という怪異を、天羽桜が引き起こしたものである事を知っていた。
同時にそれが誰にとっても無害であり、いずれは散り逝くだけのものである事も。
だが、魔女の使命はそんな葛藤を許さない。
小夜は刈り取らなければいけない。
怪異を引き起こしている天羽桜の心を。それを形作っている記憶を。
記憶を消すという事。それは心の暴力、あるいは殺害に近い。
そんな自分を、小夜は想いを寄せる順平には知ってもらいたくはなかった。
少女の純真とエゴ。
そして順平もまだ、魔女の使命の冷酷を分かってはいなかった。
けれど二人は最悪の形で、出会ってしまう。
雨の降り続く中、小夜の足元には既に息の無い天羽桜が倒れていた。
順平は小夜に問う。
魔女とは人の心だけではなく、命すら奪う存在なのかと。
雨に濡れる小夜は答えない。
小夜の淡い想いもまた、六月の雨に流されていく桜のように散っていくのか――
天羽 桜
暫く前にご主人を亡くした初老の女性。
身体が悪く、自身も先が長くない事を悟っている。
彼女の最後の想いは昔、ご主人と見た桜をキャンパスに残す事。
その想いは街に季節外れの桜の花を咲かす。