自身を殺す、その棺 10
体育館の中を走り回って、山岡を探す。
途中で剣道部の人達に会ったので聞いてみたけど、どこにいるかは知らなかった。
(――山岡!)
ただ、山岡の事が心配だった。
怪異を引き起こしてしまう程に絡まってしまった想い。
そんな想いを抱えたままでも、山岡は頑張ろうとしていた。
自分を取り巻く現実と戦おうとしていたんだ。
――その果てにあった結末は。
強く拳を握る。
誰かが悪いわけじゃない、これは剣道の試合の上で起きた事。
山岡に勝った選手だって毎日、勝つために練習をして試合に臨んでいるんだ。
それでも――俺達は人間だ。
起きた事の結末を全て、そのまま受け入れられる訳じゃないんだ。
悲しみもするし、怒りもする。
絶望もするし失望もする。
その全てを、俺達は最後には受け入れるしかないとしても。
俺は考える、山岡がいそうな場所を。
俺が剣道をしていた頃、試合に負けた時はどこで、どうしていた?
山岡も同じとは限らないけれど、このまま闇雲に走り回るよりはマシかもしれないと思った。
体育館の裏側。殆ど誰も訪れないような場所。
そこに、山岡はいた。
試合が終わった後の道着と防具を付けたままの姿で。
流石に面は外していたけど。
山岡は泣いていた――ただ、ただ泣き続けていたんだ。
汚れるのも厭わず、地面に突っ伏して。
その姿はどうしようもなく悲しく見えた。
けれど同時に、懐かしくも思えた。
そうだ、俺も剣道をしていた頃には同じ様にしていた。
泣いている自分を、誰にも見られたくなくて。
「……山岡」
そっと声を掛ける。
しかし山岡はこちらを振り向いてはくれない。
時間を掛けて何度も呼びかける。
すると、山岡はやっと答えてくれた。
「ごめん…今は顔を見せられないよ……酷い顔をしているんだ。それに随分とカッコ悪い所を見せっちゃったね…折角、応援しにきてくれたのに……」
「そんな事はないよ」
俺は突っ伏したままの、その背中に答える。
「山岡はカッコよかったよ」
「本当に……そう思うの?」
問い掛けに頷く。
「俺は知ってるよ、少しだけだけど、山岡が苦しい想いをしながらも頑張っている事を」
「でも……」
山岡は身体を震わせながら答えた。
「でも、僕は結果を出せなかったんだ!これじゃ、変わらないんだ!変われないんだ、何も!君の言葉は嬉しいよ、殻木田君。けれどそれだけじゃ、僕は変われる気がしないんだ……」
山岡の言葉が胸に刺さる。
そうだ、言葉だけじゃ人は変われないのかもしれない。
必要なのは――
「僕はこれからも頑張るしかないのかな?僕に必要なのは、今まで以上の努力なのかな?僕はどこまで頑張ればいいのかな?」
――今を変える努力。現実を変える努力。そうして出された結果。
そうなのかもしれない。そう言うひともいると思うし、剣道はそういう世界だとも思う。
山岡が振り向く。
その顔は涙に濡れて悲しみと同時に、悔しさと怒りを湛えていた。
その表情を俺は知っている気がした。
家族を亡くした頃の俺の顔だ。
――本当に全部がそうなのか?
努力をして結果を出せるものなのか?
そんなに単純なものなのか?
俺は知っている。
この世界には、努力だけではどうにもならない事だってある。
俺の亡くした家族を取り戻す事。
これは極論なのかもしれない。
でも事故の遭った後の俺は本気で願った事もある。
それは、俺にとっては切実な願いだった。
その後にそんな願いは叶わないと、知ってしまったけど。
剣道の事もそうなのかもしれない。
人には個性があるように、得意や不向きがある。
なかなか上手くなれない事がある。
その全てを努力だけで補えるものなのか?
希望を持つ事――それで何かを求める事。
それは尊い事なんだと思う。
しかしそれは叶わない時、苦しいものになる。
呪いのように重苦しいものになる。
結果が付いてこなければ。
今の俺だってそうだ。
ひとの為に何かしたいって願って行動に起こしても、相手の事も自分すらも助ける事も、救う事すらできない時だってある。
特に、こんな怪異が関わる時には。
二月の時や、鈴木さんの事。
俺に何ができたって言うんだ?
それでも――俺は止めない。
起きた事の結末を全て、そのまま受け入れられる訳じゃないけれど。
悲しみもするし、怒りもする。
絶望もするし失望もする。
その全てを、俺は最後には受け入れるしかないとしても。
家族を亡くした後に――そう決めたから。
俺達は同じなのかもしれない。
俺も山岡も何かを求めているんだ。
ただ真っ直ぐに。
俺はそんな山岡の為に何ができる?
何がしてあげられる?
どんな言葉を掛けてあげられる?
「――山岡は凄いよ」
少し考えてから、俺はそう返した。
「どうして…そう、思うの……」
悲しみと同時に、悔しさと怒りを湛えていた表情のまま山岡は聞いた。
「俺はね、剣道を続けられなかった。家族を亡くしたり色々な事があったけど結局、剣道を止めてしまった」
「それは…仕方ないんじゃないかな……家族を亡くす事なんて重い事だよ……」
「そうかもしれない。けど、その後また始める事だってできた。けれどしてない。剣道が…好きだった筈なのに……」
「殻木田君……」
「俺は山岡にこれ以上、頑張れなんて言えない。だってこんなに苦しんでいるんだから、結果が出なくて。そんな山岡に俺は何もしてあげられない!できるとしたら…こうして傍にいる事ぐらいだ……」
俯くしかなかった。
「そっか…君は……」
山岡は俺を見て言った。
「君も…必死なんだね……誰かの為に何かしようって。この間、言ってたもんね。家族を亡くしてからそうしようって決めたって」
それから、山岡は笑って言った。
「ありがとう――殻木田君。なんか少し気が晴れたよ。今日は君は来てくれて、こうして傍にいてくれて本当に良かったと思うよ」
しばらく話した後、山岡は戻っていった。
自分の試合が終わっても、他の部員の試合の観戦やスコアを書く事などやる事があるらしい。
そうして去っていく山岡の背中を俺は見ていた。
山岡はこれからどうするんだろう?
今回は怪異が現れる事は無かった。
けれど、これからもそうなるとは限らない。
まだ怪異は無くなった訳じゃない。
ふと思う。
この事に終わりなんてあるのか?
何かに期待して、信じて、願って、求める限り――
――そうして生きている限り。
俺は、俺達はどうすればいいんだろう?
どこまで強くなればいいんだろう?
そもそも強さって、なんなんだろう?
出ない答えを求めるように、歩き出した。
すると、角を曲がった所で先輩と会った。
そして、先輩は俺を見て言った。
「殻木田君、次に怪異が現れた時には――〝刈り取って〟しまいましょう」




