自身を殺す、その棺 6
山岡とふたりでひとしきり遊んだ後、公園に立ち寄りベンチに座って話をしていた。小さな公園なので人は殆どいない。
マンガやゲームの事、最近のアニメの事。分からない事も多かったけど、それらの事を山岡が楽しそうに話してくれるので、こちらも自然と楽しい気持ちになる。
「山岡は色々、詳しいんだね?」
「変かな?その……運動部なのに」
「そんな事はないと思うよ。そのお陰で好きなマンガの続編は買えたし、新しくおもしろそうな作品を見つける事もできたよ。それに――」
チラリと、足元の袋を見る。そこにはさっきゲームで使ったロボットのプラモが入っている。これもどこに売っているか、教えてくれたのは山岡だった。
ついつい、気に入って買ってしまった。
「――今日は色々、楽しかったよ!」
「そう、言って貰えると嬉しいかな」
そう言ってから山岡は俺から視線を外すと、遠くを見るように空を見上げた。
「殻木田君、僕が剣道を始めたのは強くなりたかったからなんだよね。テレビで見たり、本で読んだりしていた作品に登場するヒーローみたいに。普段見ていれば分かる通り、僕は体格も運動神経も昔から良くなくて、いじめられる事もあったし……」
「……その気持ち、分かる気がするよ」
山岡の言葉に頷く。
幼い頃、男の子なら誰でも一度は夢を見ると思う。
強い、力のあるヒーローになりたいって。
訳もなく、ただテレビや本に出てくるヒーローに憧れるんだ。
俺も幼い頃はきっとそうだった。
妹と一緒に、ヒーローごっこをして遊んでいた記憶もある。
剣道を始めた理由だって、山岡とそんなに変わらないと思う。
でも、その後に俺は事故で――家族を喪った。
その事が俺の世界の全てを変えてしまった。
あの時、俺は色々なものを憎んだと思う。
もしかしたら事故の原因を作ったかもしれない自分を、自分を不幸にした世界を。何を憎んでいいのか分からなくなるくらいに。
自分の事も含めて、世界の全てを憎んで――呪ったんだ。
そんな事が、その前にあった筈の過去を遠いものにしてしまった。
ただ、ヒーローに憧れていた自分を。
「……まあ続けている剣道もなかなか、上手くはならないんだけどね」
それから、また俺を見た。
そして言った。
「今日の遊ぶ約束――この間、殻木田君が僕に話掛けたのは多分、体育の授業の事で心配してくれたんだよね……?」
「え……」
山岡の言葉に一瞬、呆気に取られる。
心の中を見抜かれた気がして。
「なんとなく、そう思ったんだ。殻木田君は人がいいから」
真っ直ぐに俺を見る。
少し、その視線が辛い。
「……余計だったかな?」
俺の言葉に間を置いてから山岡は、こう返した。
「なんとも……言えないんだよね。関わって欲しくないって思う事もあるよ。私事だし。でも反面、声を掛けてくれて嬉しいと思うところもある。今日、一緒に遊べて楽しかったし」
「俺もそうだよ……」
互いに視線を外す。言葉はない。
「ごめんね、少しだけ弱音を吐くね……」
しばらくして呟くように言葉を続けた。
「僕は今、剣道をしている事が辛いんだ。自分の思うように強くなれなくて。選手にも滅多に選ばれないし。でも、ここで止めてしまったら自分が弱い事を認めてしまう気もする。どうしたらいいのか分からないんだ」
「山岡……」
「それに最近、思うんだ。こんな僕が、勉強もあんまりできないし、そんな人間がちゃんとした大人になれるのかなって……本当に分からないんだ」
ふと、山岡は視線を上げる。
そこにあったのは、見えたのは――この間の棺。
「あ……」
その棺を見て、山岡が気を失う。
「山岡!」
ベンチに力無く倒れ込む。
それと共に棺も消えた。
しばらくして、意識の戻った山岡を家の近くまで送っていった。
別れ際に――ごめんねと、言って俺に謝った。
その笑顔はこの間、保健室で見た時のような苦しげな笑顔。
その笑顔を――俺は痛々しいと感じてしまった。
時間が過ぎ夕暮れに染まる街を歩き出した時、そのひとは街角で俺を待っていた。
「先輩――」
俺と目が合うと、メガネを取る。
そうして見慣れた素顔へと戻る。
「殻木田くん、今日はお疲れ様」
「先輩には、その……見えましたか?」
俺の質問に頷く。
「ええ――見えたわ、棺が」
「あれは、一体何なんですか……?」
先輩は少し、目を細めて言った。
「魔法を使って遠くからでも、あなた達の会話が聞こえるようにしていたけれど、恐らくあれは――彼の自身に対する〝無力感〟の表れだと思うわ」
それは山岡の現状に対する、力の無さあるいは自信の無さ、または虚しさ。
――自己への強い否定。
きっとその形が棺。
「先輩、山岡を助ける事は……できますか?」
「ええ」
それでも――同時に先輩の力を〝魔女〟の力を使う事に対する不安もあった。
「山岡は〝刈り取り〟をされても今のまま、そのままでいられますか……?」
この世界で怪異を生むのは、ひとの想い。
だからその想いを生んでいる記憶を消すのが――魔女のする事。
記憶を刈り取られた時、山岡は元の山岡のままなんだろうか?
「それは、彼のこれから次第よ。これ以上、想いを深めていけばその分だけ〝刈り取り〟された時に失うものは大きくなる」
「俺は……どうしたらいいんですか?」
山岡が、ただ明るく笑ってくれるようになるのには。
その言葉に先輩は俺の手を取って答えた。
「何かできなくても、傍にいてあげなさい。それだけでも、ひとは救われることもあるって私は思うから」
先輩は俺に優しく微笑んだ。
だから俺は強く、頷く。




