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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
自身を殺す、その棺
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自身を殺す、その棺 4

     4


 山岡の事を先輩に話してから、数日後。

 授業の合間の休み時間に俺は、自分の席で本を読んでいる山岡の元へと向かう。

 「山岡、ちょっといいかな?」

 そう声を掛けると山岡は読んでいた本を閉じて、俺の方を見た。

 「殻木田君、僕に何か用かな?」

 「あ、うん……」

 さて、ここからどう切り出したものかな?


 山岡を――今度の休日に外に連れ出すためには。


 俺は山岡が読んでいた本を見る。

 そこにはマンガのようなキャラクターが表紙にプリントされている。

 栗色の髪の長い少女と、なんか間の抜けた顔の小人が何人か。

 けれど前にチラリと覗いた時には、中には文章が並んでいたと思う。

 「なあ、山岡っていつも教室で何を読んでいるんだ?それはマンガ……ではないよね?」

 「これの事?」

 俺は頷く。

 「そっか、殻木田君はライトノベルって読まないんだ」

 「ライトノベル?」

 「そうだね、マンガみたいな話を小説にしたものかな。殻木田君、興味あるの?」

 「まあ、そうかな。普段読んでいる好きなマンガがあるし」

 「なんていうマンガ?」

 俺はタイトルを言う。

 「殻木田君って結構味のある昔の作品好きだね。うん、僕もその作品好きだよ。特に主人公の最後のセリフが好きかな」

 山岡がそのセリフを(そら)んじる。

 「え、そんなのあったけ?」

 そのセリフを俺は知らなかった。

 「あれ、知らないの?殻木田君ってどこまで読んだの?」

 部屋のある単行本の最後の場面を話す。

 「ああ、それはちょうど物語の前半の終わりの部分だね。そこから後半があって僕の言ったセリフはそこに出てくるんだよ」

 「ええーそうなの!」

 俺は項垂れた。あのマンガ、あそこが最期だとずっと思ってたよ。

 作品のファンとしては、少なからず衝撃を受けた。

 「なあ、山岡。マンガの続巻って今でも本屋に置いてあるかな?」

 これは買いに行かねば!

 「どうかな?あのマンガ、もう結構古いからね。あっ、でもアニ友なら置いてあるかも!」

 「アニ友?」

 「うん、駅前から少し離れた所にあるアニメやマンガの専門店みたいなお店だけど。良かったら今日の放課後に僕が案内しようか?部活動もないし」


 これは予期せぬ形で、話がこちらの思う方に転がり始めていると思った。


 「それなら、今度の日曜日にしないか?今日の放課後はちょっと用事があるんだ……」

 「そうなんだ。いいよ、じゃあ日曜日にふたりで出掛ける事にしようか?」

 話しあって、集合場所と時間を決める。

 日曜日――午前十時、駅前。


 内心、溜息を吐く。

 これで先輩に言われた事は、なんとか果たせそうだ。



 「殻木田くん、その山岡という子と今度の休日にでも、どこかに出掛ける約束をしなさい」

 それは昨日の生徒会室での事。山岡の件で俺に力を貸してくれると言ってくれた先輩の言葉。

 「それはどうしてですか?」

 「その子に起きている怪異がまだ弱いものだからかしら。あなたの話を聞く限り、今の状態ではいつも現れているものではない。逆に言えばその怪異は、刈り取りにくいものなのよ。怪異の特性を見るためにも、一日掛けて出るタイミングを見計らう必要がある」

 「つまり、どういう事ですか?」

 その話を上手く飲み込めずに首を傾げた。

 そんな俺の様子を見て、先輩は考え込むように目を伏せてから言った。

 「そうね。要点だけ言えば、その子の様子を一日掛けて見たいから連れ出して欲しいという事になるかしら」

 その話で、とりあえず自分のする事は分かった。

 「分かりました。なんとか山岡と出掛ける口実を探してみます」

 「ええ、お願いするわ。詳しい日時や場所が決まったら教えて欲しい。その日に、あなた達を遠くから見ている事にするから」


 どうやら、俺達は先輩に尾行されるようだ。


     ◇


 そして訪れた日曜日。

 約束の時間の十時よりも二十分早く、俺は駅前に来ていた。

 山岡の姿はまだ見えない。その事を確認してから周囲を見渡す。

 駅前から少し離れた所にあるコンビニの前に、そのひとはいた。

 腰まで掛かる長い黒髪に、物憂げな瞳。細く長い手足。優れた容姿。

 虚木先輩――そのひとは今、メガネを掛けていた。普段は掛けていないので恐らく伊達メガネなのだろう。

 そこに白いセーターにホットパンツ、黒のニーソックス。どちらかと言うとボーイッシュな格好。俺と会う時はスカートの事が多いので、いつもとは印象が異なる。

 一応変装……のつもりなのかな?

 まあ、それでも美人である事には変わりはないんだけど

 そんな先輩に――声を掛ける人アリ。

 髪は茶髪に染められていて耳にピアス。派手な格好の遊び慣れていそうな男性。先輩に馴れ馴れしく、笑いながら近づいていく。

 その男性に先輩は表情を変える事も無く、何か言葉を返す。

 それはホンの二、三言だっただろうか?

 それだけで男性は青い顔をして先輩から離れて行った。

 いったい先輩はどんな事を言ったんだろう?

 先輩がいつものように面倒くさそうに溜息を吐いた。



 「殻木田君、おはよう」

 約束の十分前に山岡が来た。

 「おはよう!」

 俺も挨拶を返す。

 「殻木田君は早いね!どのくらい前に来てたの?」

 「二十分くらい前かな?少し用事があってね」

 「そうなんだ。それじゃ、行こうか?」

 俺達は歩き出した。

 アニ友というお店に着くまでに、俺達は色々な事を話した。

 互いの家族の事や中学の時の事、それから剣道の事など。

 「殻木田君は家族を事故で亡くしたんだね…その、なんて言ったらいいか……」

 山岡が暗い顔をする。

 「あ、気にしないで。もう割と昔の事だから。それに俺には、家族みたいな叔父さんと叔母さんがいるし」

 「そっか。なんか殻木田君って強いんだなって思った。そんな事があったのに今はこうして笑っていて。それからひとり暮らしもしていて――ねえ、殻木田君はどうしてひとり暮らしをしているの?そんな家族みたいなひと達から離れて」

 俺の目を見て言う。

 「んー、なんて言うか。あんまり、そんなひと達に甘えちゃいけないような気がしたのかな?」

 頬の傷を搔きながら答える。

 「僕は普通に家族がいるし、こうとは言えないんだけど、そんな家族みたいなひと達なら少しは甘えてもいい気がするんだけどな」

 「そう……かな?」

 「あくまで、僕はそう思うよ」

 今まで余り話した事がなかったから分からなかったけど、山岡は不思議だと思った。この間の保健室の時もそうだったけど、何だろう。こう、やんわりと自分の思った事を口にしている気がする。

 少なくも、今までこんな事を言われた事はない。

 「そう言えば、山岡はずっと剣道を続けているんだっけ?」

 「うん、そうだね。あんまり……強くはなれないんだけどね。それにしても殻木田君をしてたんだね」

 俺は頷く。

 「殻木田君は剣道をしていて、楽しかった?」

 「どうかな。ただ、まだ俺に家族がいた時の大事な思い出なんだと思う。山岡はどうなんだ?」

 「僕は……今は分からないかも」

 山岡は一度、空を見上げてから言った。

 「なんかごめんね、湿っぽくなっちゃって。今日は遊びに行くんだから、楽しまないとね!」

 「そうだな!」

 俺は山岡に笑い返した。

 ふと先輩が気になって振り返ってみると、少し離れた所でデパートのショーウィンドを眺めていた。そこには夏物の白いワンピースが飾られていたと思う。

 やっぱり先輩も女の子だから、そういうのが気になるんだろうか?

 一瞬見て通り過ぎてしまったのであまり覚えていないけど、先輩にはそのワンピースが似合いそうな気がした。



 駅前から少し歩いた所に――アニ友はあった。

 青い看板にお店のガラスに張られたアニメのポスター。

 本やマンガが売られているみたいだけど、どうやらそれ以外にもグッズやゲームなど色々扱っているみたいだ。

 山岡の後に付いて店の中に入っていく。店内を見ると自分の知らない色々な作品があるんだな、と思った。その事でなんとなくワクワクした。

 マンガのあるコーナーに着く。

 「確かあの作品は……えっと、どの辺りだったかな?」

 山岡は辺りを見渡して、俺の探しているマンガを見つけようとしてくれている。

 俺も物珍しさと好奇心で辺りを見渡す。

 気になる作品が幾つもある。

 特に気になったのは、壊れた刃を背負ったロボットの書かれたマンガだ。

 後で山岡に聞いてみたりして、何冊か買っていこうかな?

 そうしていると、先輩の姿を見つける。

 先輩は何か一冊のマンガを手に取って見ている。

 遠間なので、タイトルはよく見えないけど『今日から恋を――』後は読めない。

 不意に先輩と目が合う。

 すると、とても慌ててその本を棚に戻す。

 あまり見られたくないものだったんだろうか?

 そんな先輩の姿は、新鮮でなんだか微笑ましく思えた。

 「殻木田君、探しているマンガを見つけたよ!」

 「あ、うん」

 山岡に呼ばれて、そちらに向かう。


次回、後半へ。予告。

甘い。

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