自身を殺す、その棺 3
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放課後、剣道部に所属する僕は剣道場にいた。
何度目かの自稽古の後、稽古の終わりを告げる太鼓が鳴る。
その音で僕を含めた部員はキャプテンの声で整列して、正座をして面を取る。部員が全員面を取り終えるのを見計らって、コーチが整列する僕達の前に立つ。
それ自体はいつもの事だけど、今日は心なしか部員が――特に一年生はざわついていた。
それも仕方ないと思う。近く迫った新人戦の団体のメンバーが発表される日だから。
内心、僕だって落ち着かない。メンバーの中に自分の名前があるのか、無いのか、期待と不安が心の中で入り混じって。
コーチが試合に出るレギュラーの名前を、ひとりずつ呼んでいく。
名前を呼ばれた生徒は、喜びと安堵の表情を浮かべる。
呼ばれない生徒は、その枠が少なくなるにつれて焦りを覚える。
これまで何度もこんな経験をしてきた。その度に失望することが多かった。それでも諦めずにここまで頑張ってきた。高校に入学してこの一か月間余りの間だって、それは変わらない。
だから、結果に結びついて欲しいと思う。試合に出たいと思う。試合場っていう特別な場所で試合をしたいと思う。
そうなれればいいと思う。
それは――希望だった。
そうでなければ僕はまた積み重ねてしまう。
――失望だけを。
そして残された枠は遂に、後ひとつになる。
一年生の中に強い緊張が走る。
コーチが最期の名前を呼ぶ。
その名前は僕の――山岡響という名前ではなかった。
◇
殆どの部員の帰り、最低限の照明以外が落とされた剣道場に僕はいた。
暗闇の中で剣道着姿のまま、ひとり竹刀を素振りする。
何度も、何度も。
分かっているんだ――結果で出てしまった後で、何をしたってもう無駄だなんて。
けれど遣り切れなくて竹刀を振り続ける。
不意に涙が零れた。
僕はどうして選ばれないんだろって。
それは――僕がみんなより弱いから。
知っている。ずっと昔からそうだった。
背が低くて、身体も細くて、運動神経も良くなかった僕。
勉強の成績もそこまで良くない。
だから、強くなりたかった。
別に一番強くなりたいとは思わないけれど、それでも続けたいと思ったもの、続けてきたものの中では人よりは強くなりたかった。
そう、思うことはおかしい事だろうか。
けれど、僕はなれない。
強くなれない。
その事を知る度に僕は失望する――僕自身に。
少しでも自分に期待する度に、その想いは失望になって返ってくる。
そして――積み重なっていく。
僕の中に。
涙が止まらない。
ああ、イヤだと思う。
怖いと思ってしまう。
希望を持つ事が。
ふと、思うのだ。
こんな僕がこれから生きていく上で、何かが出来る人間になれるのだろうか?
最近、何も出来ない気もする。何者にもなれない気がする。
そんな僕は、生きている価値があるんだろうか?
生きていていいんだろうか?
暗い想い。
そんな想いを抱く弱い自分が嫌いだ。
そんな想いに負けたくなくて昼間も、もう勝てない野球の試合に抗おうとした。
けれど、思うんだ。
どこまで――強くなればいいんだろって?
何を強くすればいいんだろうって、心それとも身体?
あるいは、どちらも必要なのか。
それが分からない。
何処からか――声が聞こえた。
僕を呼ぶ声が。
薄暗い夜の闇から。
ああ、剣道場の片隅の暗がりに棺が見える。
いつしか見えるようになった、その棺。
その中から声が聞こえるんだ。
こっちにおいでよ――と。
僕は目を閉じて、耳を塞いで、その棺から心を必死に背ける、
それでもその声は、僕の胸に甘く響くのだ。




