自身を殺す、その棺 2
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「――という事があったんですよ」
放課後の生徒会室で俺は先輩に昼間、山岡に起こった出来事を話した。
「そう」
あれ?思った以上に平坦な反応。
長机の俺の隣りのイスに座る先輩が、大欠伸をしながら答える。
いつも通り自分の職務にやる気の無い先輩は、さっき起きたばかり。
勿論、古谷先輩を含めて他のみなさんは既に帰りました。
「気にならないんですか?」
「そこまでは」
俺としては、先輩の反応は少し予想外だった。
「でも、こういう事って先輩達〝魔女〟の領分ですよね?」
「確かにそうね。まあ、でも話を聞く限りまだ様子見といったところかしら」
「……様子見、ですか?」
先輩の言葉に少し苦いものを覚えた。
「ええ、悪いけど。彼の事よりも、今は優先する事態も幾つもあるし」
寝起きの先輩はまだ眠そうだ。昨日も魔女として活動していたんだろうか?
この街のどこかで怪異を〝刈り取り〟していたんだろうか?
「……でも、それは」
「冷たいと思った?」
先輩はイスから立つと窓際に添う。そうして俺に背を向ける。
「自分でも冷たいとは思う。でも殻木田くん、見てみなさい」
そう言って先輩が俺に見ることを促したのは、生徒会室から見える街の景色。そこには沢山のひとが行き交う。
「あなたも知っている通り怪異は、ひとの想い――それも昏い想いから生まれる事が多いわ。ねえ、大なり小なりそういったモノを、そうした怪異にならないだけで、この街でどれほどの人間が抱えていると思う?それに対処しているのは今の所、私と千鶴だけなの」
先輩の言いたい事も分かる。
ひとが生きていれば、誰だって少しは辛い想いをする。そんなひとは街には大勢いるのだ。別に山岡が特別だって事はない。それに対して先輩達は二人だ。だからどうしても、対処する事に優先順位を付けるしかない。
俺が分かる範囲でも、もし二月のような事が起きているのであれば、そちらが優先されると思う。
「それでも、俺は――」
「――その子のことが気になるのでしょうね、あなたは。だから何かしたいと思っている」
そこで先輩はこちらを振り向いた。
「殻木田くん、聞いてもいいかしら?そもそも、何故あなたは私にこの話をしようと思ったのかしら?」
「それは――」
少し間を置く、自分の考えを纏めるために。
「俺はその手の事に詳しくありません。だから、先輩なら何か分かるかなって思って」
「それだけ?」
先輩は真っ直ぐに俺を見る。
「――すいません、実は少し期待していました。先輩に話せば、何とかしてくれるかもしれないって」
その視線を背ける事ができずに俺は本心を答えた。
「それであなたはこれからどうするつもりなの、殻木田くん。私は手を貸せないわ」
「それは…その、自分にできる事をしたいと思います。でも――」
「でも?」
クラスメイトの鈴木さんの事が思い浮かぶ。
彼女と会ったのは、あの夜の出来事が最期だ。俺は結局、彼女がどうなったのか分からない。ただ彼女は今、休学していてその席には誰も座っていない。
俺は――きっと何もできなかったんだと思う。
だから――
「――俺の力だけじゃ、多分どうにもならないとも思ってもいます」
「なら、あなたはどうするの?また無理をして大怪我でもする気?」
先輩の俺を見る目は厳しい。
分かってる。そんな事をすれば先輩は俺を心配して、下手をすれば迷惑を掛けるだけなんだって。
俺はどうする?
俺は考えた。山岡の事、先輩の事、自分の事。
そして、結論を出す。
「先輩、無理を承知でお願いがあります!俺に力を貸してください!」
先輩に頭を下げる。
「なんて、面倒」
溜息を吐く先輩。でもその目は俺を見て、笑っていた。
「最初から素直にそう言えば言いのよ。そうすれば考えない事もなかった。後に更に悪化する可能性を考えたら〝刈り取り〟をして損がある訳ではないから」
「先輩、ありがとうございます!」
「ただし、この事に関して千鶴は関与しないと思うから。私だけで事態に当たる事になる。だから殻木田くん、あなたの手も借りるわ」
「それはいいんですけど、少し意外ですね。なんか古谷先輩の方が気が付いたら、そういう事をしてそうなイメージがありましたね」
「ああ、あなたはまだ魔女の時の千鶴を知らないものね。そうね、私がいうのもなんだけど、魔女の時の千鶴は冷静で合理的で――冷たい人間よ」
それが、古谷先輩の魔女としての仮面なんだろうか?
生徒会室で普段、副会長として行動する古谷先輩を思い出す。
虚木先輩が居眠りしているのを尻目に、他の役職の人達を纏めて、的確に指示を出して、生徒会室を訪れる先生や生徒の話を丁寧に聞いて答えを出す。
この生徒会が虚木先輩がこんなんでも、回るのは古谷先輩がいるからに他ならない。
もしくはそんな普段の古谷先輩の方が仮面なんだろうか?
「それにしても殻木田くん。あなたの中では私は千鶴より、こう冷たい人間であるというイメージがあるのかしら?」
笑顔で先輩が俺を見ている。けれどその目は、凄いジト目!
地味に恐!
「ええっと、そんな事はないと思いますよ!先輩の場合、古谷先輩と違って少し浮世離れしているというか、意外と怠惰だったというか、なんというか!でも今回の事だって結局なんだかんだ言っても、手を貸してくれるじゃないですか!」
必死に言葉を並べる。
「そうね。なんで私もワザワザ面倒事を増やすかと今、思ったわ」
それから先輩は俺の前に立つ。それからイスに座る俺に目線を合わせるように、少ししゃがむ。
「殻木田くん、あなたの影響を受けているのかもしれない。それに今回は自分で抱え込む前に、誰かに――私には話そうとした」
先輩が囁くように告げる。
それから、俺の頬に手を伸ばして言った。
先輩との距離が近くなる。
顔も近い。少しドキリとした。
「私としてはね、その山岡という子よりあなたの方が心配なのよ」
「どういう事ですか?」
俺自身には別に不可解な事は、起こっていない。
「殻木田くん、あなた今まで幽霊が見えたりした事ある?自分で所謂、霊感があるって思った事は?」
「無いですね」
首を横に振る。今まで生きてきて、先輩に出会った二月までそういう不可解な事が、本当にあると思った事もなかった。
「だから心配なのよ。あなたは二月以降、私の事もそうだけど怪異に触れている。その事で徐々に〝そういうモノ〟を感じられるようになってきているのだと思う。この【セカイ】にはそういうモノがあると認識したのだから。これからも私達の側にいて怪異に触れ続ければ、もっと色々なモノを見てしまうかもしれない。私達と〝同じモノ〟になってしまうかもしれない」
そこで一度、言葉を切って言った。
「――殻木田くん、あなたは怖くないの?」
「俺は――」
心配そうに俺を見る先輩を見つめる。
「怖くないですよ。そこには、そういう世界には先輩がいるんだって知っていますから!」
先輩を安心させたくて笑う。
「てい――」
「痛っ!」
オデコに軽い痛みを覚える。
先輩が俺のオデコにデコピンをしたのだ。
「安心しなさい、あなたは――私と同じには多分ならないわ。あなたはきっと、あなたのままよ」
静かに笑って離れていく。
◇
「ところで殻木田くん。今回、私に個人的な頼み事をしておいて、あなたからは何を返してくれるのかしら?」
さほど多くない生徒会の仕事が終わった後、ふたりでコーヒーを飲んでいる時に――ふと先輩がそんな事を呟いた。
意地悪そうに笑って。
「え?」
その言葉に呆気に取られた。
「まさか、タダで人が動くとも思ってはいないわよね?それにタダより怖いものは無いとも言うしね」
俺は冷や汗を搔いた。
「えっと……」
ええー!
俺はいったい先輩に何を返せばいいんだ?
今回の事は普段、友達としている貸し借りみたいな話じゃない。
しかも、相手は〝魔女〟の先輩だ。
何を払えばいいのだろう?
「何を……返せばいいですか?」
聞いてみる事にした。
「そんなに怯えなくていいわよ。そうね、何にしようかしら」
やたら楽しそうな先輩、何を考えているんだろう?
「――殻木田くん、デート一回」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。
「聞こえなかった?デート一回でいい。私を殻木田くんがエスコートして、どこかに連れていって。ただしいつもみたいに、ただふたりで出かける雰囲気はダメだから。この件が終わってからでいいから」
先輩は気恥しそうに俯いていて、その表情は分からない。
「わ、わかりました」
俺も気恥しさを覚えながら答えた。
デート?
俺が先輩とデート?
どうすんの、俺。
ちなみに今回、このふたりまだ序の口!
まだまだ、これから。
シリアスもあるよ……




