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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
二月の夜の闇は昏く、深く
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二月の夜の闇は昏く、深く 12

     7


 〝――――〟は夜の人気の無い住宅街を歩いていた。

 二月の夜でもあまり寒さは感じなかった。

 ただただ、できるだけ人気の無い場所を求めて歩き続ける。

 もしこれから自分がしようとしている事が誰かに見つかった多分、止められるだろうと思うからだ。


 あるいは――本当はそれを求めているのかもしれない。


 住宅街の物陰で音がする。

 〝――――〟はその物音にビクリと身体を震わせる。

冷や汗が噴き出て身体を伝う。

 そこに誰かがいるのだろうか。

 しばらく、様子を窺うが誰も出てこない。

 ああ、と安堵する。

 人じゃなくて良かったと思う。

 〝――――〟は人が恐かった。

 少し前、学校の裏サイトでのいじめを知った時から。

 どうして、自分が対象になってしまったのか分からない。

 ログを見れば、それは本当にささやかな事で。


 なのに、みんなが自分を影で嗤っていた。


 普段、自分のする事を見て、何が嫌い、何がウザい。

 なんで、ただ普通にしているだけなのに――なんで嗤うの?

 何が楽しいの?

 なんで?

 なんで?


 ただ、分かる事がある。

 ただ、自分はそうなってしまっただけだった。

 運が無かっただけなのかもしれない。


 みんなが、そういう風に自分を扱うようになってしまっただけ。


 嫌いな事に理由なんか無い。

 ただなんとなく、嫌いに見えるだけ。

 そういう空気になってしまっただけ。


 それだけで、自分は――


 みんな嘘付きだ。


 表向きは笑顔で笑って、その仮面のような笑顔の下では自分を嘲笑っている。


 仲の良かった友達までも、手の平を返すように。


 人ってなんだろうと思う。

 状況や立場が変われば、あっさりと顔を変える。

 仮面を変えるように。


 それは、両親だって同じだった。

 いじめを知る前はいじめを知って勉強が手に付かなくなって、でもいじめ事が上手く言い出せなかった自分を、高校受験が近いのにやる気がないのかと詰って、責め立てて、追い込んで。それなのにいじめが分かった途端、優しくなって。


 もう、遅かった。

 もう、ボロボロだった。


 あなた達は親で、多分自分の事を愛していて。毎日一緒に暮らしていて。

 なのに、自分が辛かった事すら気が付かなくて。


 親って何?

 愛って何?


 分からない。分からない。


 いじめがとあるサイトを通じて判明した後、違う学校に転校した。


 もう自分を嗤う人はいないのかもしれない。

 けれど、もう駄目だった。

 怖かった――人が。

 みんなが笑っていても、それが仮面のように見えて。

 それに合わせるために自分も仮面を付けるように笑って。


 それが、辛い。


 いじめを知る前の自分みたいに無理に笑って。

 自分みたい?

 自分なのに?


 自分って何?

 何だったの?


 それからインターネットのサイト。

 最初は感謝した。

 酷い内容のサイトだったけど見つけてくれたからこそ、いじめは確かに終わって。


 けれど、いつしかまた自分は嗤われる対象になって――


 人って何?

 幸せって何?


 幸せになることじゃないの?

 誰かを嗤うことが幸せなの?


 ねえ、教えて欲しい。

 ニンゲンの中身って何が詰まってるの?


 自分には分からない。


 ただ、カタチが変わる真っ暗な暗闇だけが詰まっているように思える。


 そんなものが詰まっていて、顔だけが嗤っているのなら――


 ――みんな、みんな消えてしまえ!


 疲れた。

 嫌になった。

 この世界が。


 だから、止めようと思った。

 生きるのを。


 命は大事だと言うけど、それはなんでだろう?

 命が自分のものなら、自分の思うままにしたっていいじゃない?


 幽霊にでも出会ってしまいそうな夜の街を行く。

 幽霊――人間より幽霊の方が信用できるかもしれない。

 幽霊は例え裏暗い理由でなったものだとしても、きっと嘘は付かない。

 死んでも想うことがあるから幽霊になったのだから。


 ああ、幽霊か。

 夜の闇に眼を凝らす。

 インターネットでも嗤われるようになってから、見えるようになったモノがある。

 それは、黒いコートかローブのようなものを被った〝影〟のようなもの。

 夜の闇の中で。街角の物陰に。部屋の片隅に。

 それは、世界を見て嗤っていた。


 何故だろう?

 それが怖いとは思えなかった。

 不思議とその事に安堵すら覚えた。


 ――誰が嗤っていたんだろう?



 街の隅にある廃ビルに着く。この屋上から飛び降りれば、きっと――


 ふと、廃ビルの入り口の前に人が立っていることに気が付く。

 夜の闇の中で、姿は茫として見えない。


 ただ、その手には不可思議なヤイバが握られていた。


 あれは何だろう?


 そのヤイバを持ったダレかが自分に近づいて来る。

 きっと自分をドウニカするのだろう。


 また、また誰かにナニかされるのか?

 もう、ボロボロなのに?

 コンナ二クルシイノ二?

 コンナ二カナシイノ二?


 ニクイ!


 その時〝影〟が現れて自分を守るように立ち塞がり、手に持った刃を振りかざし向かって行った。

 しかし〝影〟は不可思議なヤイバを持ったダレカに、あっさりと切り捨てられる。


 マダダ!


 嗤う。

 すると、そのダレカを取り囲むように何処からともなく三体の〝影〟が現れて、銀色に鈍く光る刃を振りかざした。

 ダレカがその様子に、酷くドウヨウする。

 オソイ。

 そして、ダレカを刺した。刺し続けた。

 どれだけ痛がろうと、どれだけ悲鳴をアゲツヅケヨウト、止めはしなかった。


 その様子をただ、呆然と眺めていた。ただ嗤っていた。

 まるで、現実感のないユメのように。



 ビルの屋上、コンクリートの床の淵に立つ。

 ここから、見える世界は真っ暗で。

 何も無い――虚のよう。

 ユメ?

 だとするのなら、これは悪いユメだと思う。

 自分のイノチを断とうとする現実なんて。

 それでも、このユメの終わらせ方を知らない。

 だから――

 夜の闇に身を投げた。

 幸いにも暗くて地面は見えなかった。

 昏く、深い二月の闇に感謝した。

 厚く雲の掛かった夜空には、星も月も見えない。

 何も見えない。


 キボウなんて見えない。



 ビルの下、終ってしまったイノチの前に〝影〟は立っていた。

 ただ嗤っていた。

 酷くオカシソウニ、酷くカナシソウニ。


 そして昏い、深い闇の中に溶けるように消えていった。


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