二月の夜の闇は昏く、深く 12
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〝――――〟は夜の人気の無い住宅街を歩いていた。
二月の夜でもあまり寒さは感じなかった。
ただただ、できるだけ人気の無い場所を求めて歩き続ける。
もしこれから自分がしようとしている事が誰かに見つかった多分、止められるだろうと思うからだ。
あるいは――本当はそれを求めているのかもしれない。
住宅街の物陰で音がする。
〝――――〟はその物音にビクリと身体を震わせる。
冷や汗が噴き出て身体を伝う。
そこに誰かがいるのだろうか。
しばらく、様子を窺うが誰も出てこない。
ああ、と安堵する。
人じゃなくて良かったと思う。
〝――――〟は人が恐かった。
少し前、学校の裏サイトでのいじめを知った時から。
どうして、自分が対象になってしまったのか分からない。
ログを見れば、それは本当にささやかな事で。
なのに、みんなが自分を影で嗤っていた。
普段、自分のする事を見て、何が嫌い、何がウザい。
なんで、ただ普通にしているだけなのに――なんで嗤うの?
何が楽しいの?
なんで?
なんで?
ただ、分かる事がある。
ただ、自分はそうなってしまっただけだった。
運が無かっただけなのかもしれない。
みんなが、そういう風に自分を扱うようになってしまっただけ。
嫌いな事に理由なんか無い。
ただなんとなく、嫌いに見えるだけ。
そういう空気になってしまっただけ。
それだけで、自分は――
みんな嘘付きだ。
表向きは笑顔で笑って、その仮面のような笑顔の下では自分を嘲笑っている。
仲の良かった友達までも、手の平を返すように。
人ってなんだろうと思う。
状況や立場が変われば、あっさりと顔を変える。
仮面を変えるように。
それは、両親だって同じだった。
いじめを知る前はいじめを知って勉強が手に付かなくなって、でもいじめ事が上手く言い出せなかった自分を、高校受験が近いのにやる気がないのかと詰って、責め立てて、追い込んで。それなのにいじめが分かった途端、優しくなって。
もう、遅かった。
もう、ボロボロだった。
あなた達は親で、多分自分の事を愛していて。毎日一緒に暮らしていて。
なのに、自分が辛かった事すら気が付かなくて。
親って何?
愛って何?
分からない。分からない。
いじめがとあるサイトを通じて判明した後、違う学校に転校した。
もう自分を嗤う人はいないのかもしれない。
けれど、もう駄目だった。
怖かった――人が。
みんなが笑っていても、それが仮面のように見えて。
それに合わせるために自分も仮面を付けるように笑って。
それが、辛い。
いじめを知る前の自分みたいに無理に笑って。
自分みたい?
自分なのに?
自分って何?
何だったの?
それからインターネットのサイト。
最初は感謝した。
酷い内容のサイトだったけど見つけてくれたからこそ、いじめは確かに終わって。
けれど、いつしかまた自分は嗤われる対象になって――
人って何?
幸せって何?
幸せになることじゃないの?
誰かを嗤うことが幸せなの?
ねえ、教えて欲しい。
ニンゲンの中身って何が詰まってるの?
自分には分からない。
ただ、カタチが変わる真っ暗な暗闇だけが詰まっているように思える。
そんなものが詰まっていて、顔だけが嗤っているのなら――
――みんな、みんな消えてしまえ!
疲れた。
嫌になった。
この世界が。
だから、止めようと思った。
生きるのを。
命は大事だと言うけど、それはなんでだろう?
命が自分のものなら、自分の思うままにしたっていいじゃない?
幽霊にでも出会ってしまいそうな夜の街を行く。
幽霊――人間より幽霊の方が信用できるかもしれない。
幽霊は例え裏暗い理由でなったものだとしても、きっと嘘は付かない。
死んでも想うことがあるから幽霊になったのだから。
ああ、幽霊か。
夜の闇に眼を凝らす。
インターネットでも嗤われるようになってから、見えるようになったモノがある。
それは、黒いコートかローブのようなものを被った〝影〟のようなもの。
夜の闇の中で。街角の物陰に。部屋の片隅に。
それは、世界を見て嗤っていた。
何故だろう?
それが怖いとは思えなかった。
不思議とその事に安堵すら覚えた。
――誰が嗤っていたんだろう?
街の隅にある廃ビルに着く。この屋上から飛び降りれば、きっと――
ふと、廃ビルの入り口の前に人が立っていることに気が付く。
夜の闇の中で、姿は茫として見えない。
ただ、その手には不可思議なヤイバが握られていた。
あれは何だろう?
そのヤイバを持ったダレかが自分に近づいて来る。
きっと自分をドウニカするのだろう。
また、また誰かにナニかされるのか?
もう、ボロボロなのに?
コンナ二クルシイノ二?
コンナ二カナシイノ二?
ニクイ!
その時〝影〟が現れて自分を守るように立ち塞がり、手に持った刃を振りかざし向かって行った。
しかし〝影〟は不可思議なヤイバを持ったダレカに、あっさりと切り捨てられる。
マダダ!
嗤う。
すると、そのダレカを取り囲むように何処からともなく三体の〝影〟が現れて、銀色に鈍く光る刃を振りかざした。
ダレカがその様子に、酷くドウヨウする。
オソイ。
そして、ダレカを刺した。刺し続けた。
どれだけ痛がろうと、どれだけ悲鳴をアゲツヅケヨウト、止めはしなかった。
その様子をただ、呆然と眺めていた。ただ嗤っていた。
まるで、現実感のないユメのように。
ビルの屋上、コンクリートの床の淵に立つ。
ここから、見える世界は真っ暗で。
何も無い――虚のよう。
ユメ?
だとするのなら、これは悪いユメだと思う。
自分のイノチを断とうとする現実なんて。
それでも、このユメの終わらせ方を知らない。
だから――
夜の闇に身を投げた。
幸いにも暗くて地面は見えなかった。
昏く、深い二月の闇に感謝した。
厚く雲の掛かった夜空には、星も月も見えない。
何も見えない。
キボウなんて見えない。
ビルの下、終ってしまったイノチの前に〝影〟は立っていた。
ただ嗤っていた。
酷くオカシソウニ、酷くカナシソウニ。
そして昏い、深い闇の中に溶けるように消えていった。




