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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
二月の夜の闇は昏く、深く
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二月の夜の闇は昏く、深く 8

 「そろそろ、本題について話しましょうか」

 互いに注文したものを飲み終えた後、考えが纏まったのか彼女が――先輩が視線を上げていった。

 「あ、はい」

 緊張から思わず姿勢を正す。これからどんな事が話されるのだろう。

 「昨日、話した通りあなたにはこれから毎晩、私に同行してあの〝通り魔〟を〝探す〟のを手伝って貰うわ。事前に聞いておくことにするわ。都合の悪い時間や曜日はあるかしら?」

 「いえ、無いと思います」

 「そう――あなたにも家族がいたりするでしょう?私が強引に進めている話だけど、そういった事に関して問題は無いのかしら?」

 先輩が昨日、何故夜を彷徨っていたのかを訊いた時のように俺を真っ直ぐに見つめる。

 「えっと、今の俺は進学のために一人暮らしをしていますから時間も問題ないですし、まだ学校も始まっていないので曜日も大丈夫です」

 「それでも、あなたを心配する人は?」

 叔父さんと叔母さんの事が頭に浮かんだけれど、頭を横に振った。

 「やっぱり、そうなのね――」

 「えっ?」

 一瞬、目を伏せて呟いたその言葉を俺は聞き取れなかった。

 「いいえ、なんでもないわ。次に集合場所と時間を決めようと思うのだけど。そうね――私としては7時に駅前にしようと思うのだけど、どうかしら?」

 「大丈夫です」

 「分かったわ。では、そうしましょう。次に今回の事に関しての幾つかの注意事項があるからそれを守って貰うわ。ひとつ、昨日も忠告した通り今回の事を人に話さない事。それから〝通り魔〟を決してひとりで探そうとはしない事。どちらもあなたの身の安全に関わる事だから。ただし、約束事を破らなければ――その間は私があなたの身の安全については保障するから」

 「身の安全……」

 やっぱり、出てくる物騒なお話。

 「怖い?」

 「怖くないと言えばウソですけど、誰かの為にできることなら、と自分で決めてしようと思ったことですから。それに、要するにつまり約束事を守っている内は先輩が俺を守ってくれるって事ですよね!」

 先輩を真っ直ぐ見つめて、答えを返す。

 「そう、とも言えるかもしれないわね。ところであなた――殻木田くん、よく人にお人好しとか言われることはないかしら」

 「えっと……」

 俺が誰かの為に何かしようとする時、友達やクラスメイトの手伝いをする時、確かによく言われる気がする。

 俺は自分では、そうは思わないけど。

 「私の言葉をそんな風に解釈するのだから、あなたは相当なお人好しよ。そんな殻木田くんに、ひとつ忠告してあげる。私達の追おうとしている相手、あなたが出会った〝通り魔〟――それは本当にあなたの友達を襲った相手なのかしら?」

 先輩が唇の端を僅かに吊り上げる。嗤っているのだろうか。

 だとすれば、誰を?

 「一昨日も、昨日も見たでしょう。私のような誰かの記憶を消したり、在りもしない所から刃を出すニンゲンが探している相手よ。マトモなニンゲンだと思うの?」

 それは一昨日、俺も思った事。

 「先輩は一体、何者なんですか?」

 その言葉は、ずっと胸の中にあった言葉。でも彼女に対する怖さや遠慮から出ることのなかった言葉だ。

 「私は――魔女」

 「魔女……」

 その言葉の響きに違和感なんてなかった。

 「あなたにも分かりやすく言えば、この世界には人の知らないチカラがあって、それを私が使う事ができるのよ。魔法と言ってもいいかもしれないわね。そのチカラを使ってしなければいけない事があるのよ、あなたのようなお人好しを巻き込んでもね」

 彼女は嗤い続ける。

 その話を聞いて思った事は――

 「――つまり先輩は魔女っ子なんですね!」

 「……魔女っ子?」

 その言葉に、先輩は呆気に取られたように返す。

 「なに、その昭和の古いマンガみたいな響きは」

 「ああ、すいません。俺の好きなマンガに出てくる魔法が使える登場人物は魔女っ子って呼ばれていたんで、つい」

 「はあ……」

 先輩は溜め息を吐いて、頭を抱えて。

 「今なら魔法少女とか色々ありそうなものなのに、あなたは」

 「――それでも、俺は先輩を信じますよ。それにあの〝通り魔〟が何者であってもあんなヤツをこのまま見過ごす訳にはいきませんから」

 「勝手にしなさい、このお人好し」



 俺は先輩を信じたい。

 このひとが、例え魔女だとしても、例えどんなチカラを持っていたとしても。

 

 昨日とも先程とも違い、俺に呆れながらも今は確かに笑うこのひとの事を。


     ◇


 『セイレーン』を出てみれば既に夜は訪れていた。

 時間は七時前。

 「殻木田くん、今日から始めても大丈夫かしら?」

 「行きましょう、先輩」

 「ええ。でもその前にあなたに渡しておくものがあるわ」

 そう言って先輩がスカートのポケットから取り出したのは、ひとつの鈴の付いたストラップ。

 「これは?」

 「お守りみたいなものよ。これから夜に出歩く時は必ず持っていなさい。そして、鈴が鳴る時は逃げなさい。近くに〝魔〟が存在する証だから」

 「分かりました」

 ストラップを受け取る。


 それからふたりで二月の昏く、深い夜の中へと踏み出した。


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