二章 二月の夜の闇は昏く、深く あらすじ
二月の夜の闇は昏く、深く
一章の五月上旬から遡る事、三か月前。
冬から春になる前の月でありながら、最も寒い季節である二月。
これは、殻木田順平と虚木小夜の出会いの物語。
この春から高校生になる柄木田順平は、ひとり暮らしをしているアパートを出る。すっかり日の落ちた夜の街を徘徊する順平。
彼は探していた――中学時代の同級生を襲った通り魔を。
誰に頼まれる訳でもなく、ただ誰かを助けないといけない、という思いを持って生きている順平は友達を襲った通り魔を許せなかった。
それは、願い。紛れもない順平の本心。
捜索の末、通り魔を見つける事は出来ず帰宅しようとした時に〝影〟が現れた。
黒いローブを被り、老若男女の声で嗤う影のようなナニカ。
それが振るうナイフは躱したものの、殴る蹴るの暴行により負傷し、逃げる事も出来ず絶体絶命の危機を迎える順平。
そこに――魔女が現れた。
長い黒髪、長い手足、整った顔立ち、物憂げな瞳。そして青白い三日月のような不可思議なヤイバを持つ少女。
少女は順平を襲ったナニカを追い払った後、倒れている順平にもそのヤイバを向けた。
「今夜の事は、悪いユメだとでも思って全て忘れなさい」
振り下ろされる刃。こうして順平は通り魔を探して街を徘徊した事も、自分に危害を加えたナニカや魔女の少女に出会った事も忘れた。
殻木田順平は夢を見る。
それは、亡くした家族の夢。
交通事故。横転した車。血みどろの家族。
それは、過去。
殻木田順平の喪失と――罪の記憶。
殻木田順平はアパートで目を覚ました。
高校入学の際に家族を亡くして以来、保護者となっている叔父と叔母の元を離れて暮らしているアパートで。
朝食を食べて、洗濯をする何も変わらない日々。けれど順平は、ふと違和感を覚える。昨日の夜、自分は何をしていたんだろう?
違和感を持ちながらも、通り魔を探す為に夜の街へと出る順平。
そこで〝再び〟魔女と出会う。
魔女の少女は、月明かりの中で不可思議なヤイバを、首筋に押し当てながら順平に言う。
昨日の夜の記憶を消した筈なのに、刈り取った筈なのに何故、また街に来ているのか。あまつさえ、私の事を覚えているのかと。
怖い、と思いながらも順平は、自分が友達を傷付けた通り魔を探している事。その通り魔が他の誰かにも危害を加える事を阻止したい、という思いを真っ直ぐに伝える順平。
そんな順平に対して少女は、こう答えた。
「――あなたにはこれから毎晩、私に同行して私のする事を手伝って貰おうかしら」
この時、順平はまだ知らなかった。少女が何故、自分を同行させようとしたのかを。その裏側にある魔女達の思惑を。そして魔女の少女の抱える孤独と罪の意識を。
この時、少女は――小夜はまだ知らなかった。普通に見える少年の過去を。そんな少年の贖罪に似た自己犠牲の在り方を。
二月の昏く、深く長い夜。
人の心の闇が形になった怪異が跋扈し嗤う中、朝の光もまだ遠い。
それでも――少年と少女は出会った。
〝影〟となった誰か
中学生ぐらいと思われる。性別も不明。
名前も書かれていない。
そこにいるかもしれない誰か。
そんな誰かが生んだ怪異。