エクストラ その1・4
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ラーメンを食べ終えた後、私はお茶を飲んでいかないかと、殻木田くんをマンションの自室に誘った。
殻木田くんは夜を迎えた時間のためか、いいんですか、と遠慮していたけれど私はあなたを信頼している、と伝えるとその期待に応えられるようにします、と言ってついて来てくれた。
「「……」」
マンションのリビング。互いに言葉は無い。紅茶を片手に私はただ、殻木田くんを見つめていた。
「あの……先輩…」
私の視線に耐えられなくなったのか、殻木田くんが声を掛けてくる。
私は朝から、殻木田くんに言いたいこと。伝えたいことがあった。
――でも、上手く言葉にできない。
どう伝えたらいいのか分からない。
「今日のラーメン屋は美味しかったわ。殻木田くんは他にも美味しいラーメン屋を知っているのかしら?」
「あ、はい……」
殻木田くんが行ったことのあるラーメン屋について話してくれる。
――だから、結局違う言葉に置き換えて話をしてしまうのだ。
我が家の飼い猫、アランポーが微妙な空気の中、所在無さげ鳴いていた。
夜も遅くなって殻木田くんは帰ります、と言った。
私はマンションの入り口で見送ることにした。
「今日は、このまま帰ってゆっくり身体を休めなさい。まだ身体が痛むのでしょう。くれぐれも、おかしな事に首を突っ込まないようにね」
「ええ、その、身に染みてます……」
そう言って、彼は笑う。
「本当にね……」
私は目を伏せる。
「先輩、今回は本当にありがとございました。毎度の事かもしれませんけれど、先輩がいてくれなかったら俺はどうなっていたか分かりませんでした」
殻木田くんは頭を下げる。
「いいのよ。それが私のするべき事だから」
――そうじゃない。私の伝えたい言葉は、想いは。
きっと――私だけが知っている。あなたの強さも、強がりも、傷も痛みも。弱さも。それからサイフの薄さも。
それでも――
――伝えられない想いが、言葉がある。
「先輩……」
「あっ……」
頬に温もりを感じる。
触れているのは、殻木田くんの手。
視線を上げると、殻木田くんが真っ直ぐに私を見つめていた。
「先輩、ごめんなさい。きっと俺のせいですよね、先輩がそんな顔をしているのは」
「どんな顔をしていたの……私」
「俺をジト目で睨んだり、そうかと思えば、俺を見て何かを考え込んでいるように見えました」
――それは、あなたが。あなたを。
「俺は先輩にはできる事なら笑っていてほしいんです。先輩は俺にとって大事なひとだから――」
その言葉に色や、他意はきっと無い。
ただ、真っ直ぐな言葉。
だから、私はその言葉を聞いて――
――私の想いを、言葉を伝えようと思った。
殻木田くんを見つめ返す。
「殻木田くん、前にも言ったのだけど、もっと自分を大切にしなさい。別に、ひとにおせっかいするのを止めろとは言わないわ。良くも悪くも、それがあなただと私は思うから。でもその事で、あなたが傷ついたり、苦しんだりすれば、それを見て悲しんだり、苦しむひとがいるの。それを忘れないで――」
私は上手く伝えられただろうか?
私の想いを。
言葉って難しい。
幾つもある想いを形にしなければいけないのだから。
なんて、面倒。
「はい……」
それでも、殻木田くんは優しく笑ってくれた。
だから私も、ようやく笑うことができた。
「先輩の笑顔って、凄く可愛い……」
殻木田くんが顔を寄せて、耳元で囁く。
私は酷い気恥しさを覚えて。
殻木田くんをマンションの外に押し出すと、扉を強く閉めた。
後日、調子に乗り過ぎました、と謝る殻木田くんと一緒に別のラーメン屋に行ったのは――また別の話だ。
きみの笑顔が見たくて 了




