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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
君が怪物になってしまう前に
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君が怪物になってしまう前に 13

     ◇


 夜の昏い闇の中に、長い黒髪と制服を翻してひとりの女子学生が舞い降りた。

 何処からともなく、音も無く。

 廃ビルの窓から差し込む月明かりが、彼女を照らす。

 制服から覗く白い肌、そこから伸びる細い手足、腰まで掛かる艶やかな黒髪と物憂げにかげる瞳は美しい彼女の美貌をより強く、讃えていた。

 本来、こんな少女がこの場にいるのは似つかわしくはないだろう。

 だが、そんな彼女が存在している事が、おかしな事――そう、酷く魔的な事に思えた。

 そして、それはこの場に置いても、平然とその物憂げな雰囲気を崩さないからだけではない。

 彼女の手には、空に浮かぶ三日月のような――蒼白い刃が握られていたからだ。

 優れた容姿と在りもしない刃を握る彼女。

 彼女はまるで――魔女のようだった。

 夜の闇の中に蠢く〝魔〟そのものの様だった。



 彼女が手に持った刃を振う。するとどうした事か、わたしの身体は吹き飛び、殻木田君から離れた。

 床に転がるわたしと殻木田君の間に彼女が立つ。

 身体を起こしながら、黒髪の女子学生を見た。

 暗闇の中、目を凝らして見れば、彼女の着ている制服はわたしと同じものだと気が付いた。それから、彼女の顔はどこかで見たことがあると思った。


 確か――わたしの学校の生徒会長である虚木小夜ではなかっただろうか?


 綺麗なひとだけど、どこかやる気が無くて、いつも周りを困らせていた印象がある。

 

 「これからあなたに、ふたつの選択肢をあげる。ひとつはこの男を殺して怪物になった後、私に殺される事。そしてもうひとつは――あなたのその想いを私に〝刈り取り〟されること」

 彼女が、その身体ほどもある刃を軽々と振りかぶりながら、淡々と告げる。その選択をわたしは拒否できないのだと直感で分かった。

 恐らく、何をしてもわたしは彼女には勝てないだろう。

 「わたしの想いを――刈り取る?」

 「ええ、分かりやすく言えばあなたはこれまでの生きてきた記憶を全て喪うの。その想いの生んでいる中核となっているものを。喪えばこれから先、取り戻す事は無いわ。想い出すことも。ある意味――あなたは死ぬの」

 「わたしが――死ぬ」

 ひとの心が、想いが、これまでの記憶によってカタチ造られているものならば、きっとそれを喪う事は――わたしが死んでしまうことと、あまり変わらないのかもしれない。

 「あなたは、どちらを――選ぶの?」


 誰かを殺すのか?

 自分を殺すのか?


 「――わたしは」


 わたしのせいで深く傷ついた殻木田君を見る。

 ごめん、ごめんね。殻木田君。あなたはわたしを助けようとしてくれたのに。

 殻木田君の気持ち。わたしの想い。わたしは。


 「わたしを――殺してください」


 「それで、いいのね?」

 「――はい」

 わたしは頷いた。わたしの選択が正しいのかは分からない。それでも、自身の傷のために誰かを殺すくらいなら――その傷をわたしは自分で受けたい。


 それが、たとえ弱さだとしても。


 「分かったわ」

 彼女が静かに頷く。

 「でもひとつだけ、お願いがあります」

 虚木小夜――彼女が何者なのか、わたしには分からない。それでも彼女ならきっと、わたしの願いを叶えてくれると思った。

 「殻木田君を――助けてください」

 「心配しなくても大丈夫よ。このバカは絶対に死なさないから」

 その言葉を聞いて、わたしは内心、可笑しくて少し笑ってしまった。彼女がなんだか、酷く普通の女の子に見えてしまって。殻木田君が言っていた、わたしを助けてくれるかもしれないひとは、この人だと思った。



 「では、いくわよ」

 「――はい」

 彼女が大きく刃を振りかぶる。

 蒼白い鎌のような刃が振り下ろされるのを、わたしは目を瞑り静かに待つ。

 記憶を喪ったわたしがどうなるのかは、分からない。

 怖くないと言えば、嘘だ。

 それでも想い出すのは家族の事。父も母も弟もいた、みんなが笑っていた時のこと。もう喪われてしまったもの。

 それでも――とても大事だったもの。

 誰かを殺したいと思ってしまったほどに。


 最後に、暖かい柔らかい優しいユメを見た。


 涙が零れた。

 刃が振り下ろされる。

 虚木小夜がなにか、呟いた気がした。


 「――あなたのこれからに、幸せがあることを」


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