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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
君が怪物になってしまう前に
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君が怪物になってしまう前に 11


      ◇


 身体を床に付けたまま、声のした方を――部屋の入口を見上げると、そこにはわたしの通う学校の制服を着たひとりの男の子がいた。

 暗がりでよく見えないけれど、その男の子の頬には傷がある。

 わたしは彼を知っている。

 確か、クラスメイトの――殻木田順平君だったと思う。

 「殻木田……君?」

 問いかけに、彼は頷く。

 「鈴木さん、大丈夫?ケガとかしてない?」

 そう言って殻木田君は、とても心配そうにわたしを見ている。

 その目を見ていると、不思議と警戒心は起きなかった。

 彼の問いかけに頷くと、ふらつく身体を起こした。

 「よかった。俺は君を探していたんだ……」

 そう言って、彼はゆっくりとわたしに近づいてくる。

 「――来ないで!」

 衝動的にわたしは叫んでいた。

 「誰に、誰にそんなこと頼まれたの――!」

 どこかで、答えの分かっているはずの問い掛けをぶつける。

 わたしの声を聞いた殻木田君は歩みを止める。

 意外にも、その顔に動揺は見えない。

 「君のクラスメイトの友達と、それから――君のお母さんから」

 その答えを聞いて、わたしの胸に込み上げてきたのは、やはり激情。

 「帰って!殻木田君、そして伝えて、母さんに。わたし帰らないって!」

 殻木田君を睨み付けながら、叫ぶ。

 「――どうして?」

 「わたし、わたし、母さんに会いたくない!どうしても!」

 「お母さん、心配してたよ。もう何日を帰って来ないって、警察に探して貰っても見つからないって、どこにいるのか分からないって、泣いてた」

 殻木田君は、静かな声で答える。

 「それでも。帰りたくない……」


 わたしに深く傷を付けたのは、母さん――あなた。

 だから、触れないで欲しい。


 その視線から目を逸らしながら、答えた。

 「なら、帰るのは止めようか」

 そんな事を、さらりと彼は言う。

 「え……」

 一瞬、呆然となった。

 「鈴木さんがそこまで言うって事は、何か帰りたくない理由があるんだよね……?なら無理には連れて帰れないかな」

 殻木田君を見た。彼は優しい目でわたしを見ていた。



 「どうして……殻木田君はわたしを探しにきたの?」

 暫くの沈黙の後、わたしは聞いた。

 「まずは君の友達に頼まれたからかな。少し前に弟が亡くなってから、どこかずっと暗かった。心配はしてたけど、いなくなってしまうとは思わなかったって。その後、君の家に行ってお母さんからも話を聞いたよ」

 「殻木田君はなんで、そんな……」

 言い淀む。

 わたしは思い出す。殻木田君は大概の頼み事は断らないって事で知られていて、その事で他のクラスにも違う学年にも多くの知り合いがいた。見方によってはいい様に使われているとも言えた。

「でも、だからって……」

 こんな事にまで関わろうとするだろうか?

 「俺も心配してたんだ。鈴木さんが学校に来なくなって、鈴木さんの席がガランと空いて、そこに誰も座らなくなって、なんだかその事に慣れてしまいしまいそうで嫌だった」

 わたしの疑問に答えるように彼は言う。

 殻木田君は――

 「――殻木田君は優しいのかな?」

 真っ直ぐに見つめる。

 「俺は、優しいのかな……」

 目を逸らし、頬の傷を搔きながら殻木田君は答えた。

 「俺は鈴木さんの方が優しいと思うよ」

 逸らした目をわたしと合わせると、彼は言った。

 「そんなこと――」

 その言葉を聞いて、胸の中のわだかまる想いが暴れ出す。

 「――そんなことないよ。殻木田君知ってる?わたし、母さんが憎いの、殺してしまいそうな程に。わたしは人殺しになってしまいそうなのに――」

 「どうして、そんなにお母さんが憎いの?」

 殻木田君の問い掛けに、わたしは話す。

 父さんがいた頃は、みんなが幸せに笑っていた事。けれど、父さんと母さんが上手くいかなくなってから、みんなが笑わなくなっていった事。ふたりが離婚した事。そして、弟が重い病気に掛かって入院した事。

 「弟は――あの子はわたしが見舞いに行くと、いつも笑って待ってくれてるんだよね……来てくれて、お姉ちゃん、ありがとうって。病気が重くなっていって苦しい時が増えてもよ。迷惑かけて、ごめんねって。苦しくて仕方ないと思うのに。苦しそうな笑顔で。わたし、あの子になにも出来なかった。ただ、笑い返してあげる事しか出来なかったの。わたし、わたし――でも母さんは……」

 胸が苦しい。ココロが痛い。

 「弟の入院費用のためにも、わたし達の生活の為にも、母さんが仕事を頑張ってくれてた事は分かるの。でも、でも、それでも、どうして母さんはあの子に殆ど会いに来なかったの!家族なのに!病気に対してなにも出来なくても、傍に居てあげる事だけはきっと出来たのに!そもそも母さんは、どうして父さんと離婚しちゃたの?母さんだけが悪いんじゃないのは分かってるの。でも、でもそれだけじゃ……」

 「納得は……できない?」

 問いかけにわたしは頷く。

 納得はできない。受け入れることはできない。わたしと――弟に降りかかった不幸を。

 どうして、こんな事になってしまったんだろう?

 だれが悪かったんだろう?

 分からない。分からないから痛い、辛い。

 「だから、わたしは……」

 その答えが、例え間違っていたとしても。

 「……母さんが憎い」

 母さんに求めた。

 殺したいとすら思った。

 「そんな、わたしが……本当に優しいの?」

 殻木田君は首を振る。

 「だから、だから、鈴木さんは優しいんだよ……だから、傷付けないようにお母さんから離れようとしたんだから、全部、自分ひとりで背負うことにしたんだから」

 「でも、わたしは母さんを、ひとを殺そうとしてる――!」

 殻木田君は首を振る。

 「ひとが苦しい想いをした時、悲しいことがあった時、それが自分で抱えきれない程のものなら、自分でどうすることもできないものならば、何かを、誰かを憎んでしまうことは、俺は――当然だと思う。それに、それは鈴木さんが、家族を大事に想っている証だと思う」

 「そんなこと――」


 「ひとは、大事では無いもののためにそんなには傷つかないよ」


 「ああ――」

 殻木田君の言葉が、わたしの想いを解していく。

 わたしは――家族を大事に想って。

 でも、それならば、なぜ?

 この手は――



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