彷徨える銃弾 5
2
「殻木田くんと恋人として付き合うには、どうしたらいいのかしら……?」
ミルクと角砂糖を三つずつ入れたコーヒーを一口飲んでから、そんな事を私――虚木小夜は溜息混じりに呟いた。
「はぁ……?」
同じ席の向かい側に座り、学校の制服姿の私とは違い私服で、イチゴパフェを頬張っていた友達の時東浅葱は、私の呟きを聞いてポカンとした表情をした。それから、まるであり得ないものを見るような目をして言った。
「ウッソでしょ……あんたら、まだ付き合ってなかったの……?」
「ええ、そうだけど」
「あり得ねえええ――!」
浅葱の声が、駅前にあるアンティークな外装が特徴の喫茶店『セイレーン』の店内に響き渡る。その声が、蓄音機から店内に流れるクラシックなレコードの音をかき消す。
周囲を見渡せば、お昼時ではあるがお客さんは少ない。雰囲気はぶち壊しだけど、迷惑にはなっていない筈。普段は穏やかな『セイレーン』のマスターが少し険しい目で、こっちを見ているけど。
「そんなに、おかしい事なの……?」
声のトーンを落として話す。釣られるようにして浅葱も声のトーンを落とした。
「いや、普通におかしいでしょ。普段、あんなにいじましく、睦まじく傍にいる癖にまだ付き合ってないとか。年頃の男女なら、とっくの昔に告白して付き合いだしてだなあ……それから――」
「――それから?」
聞き返すと、浅葱の顔が熟れたリンゴのように赤くなった。
「……手を繋いだり、キスしたり、男女のいとな……ゴニョニョもしたり、しなかったり……」
「……」
浅葱の言わんとしている事を察した私も、気恥ずかしくなった。
「……さ、流石にまだ、そこまではしてないわよ」
殻木田くんとの、これまでの事を思い出しながら答える。
「え?」
「え?」
お互いに顔を見わせる。
「まだ付き合っていないのに、あんたら何をしてるんだよおおお――!」
浅葱の声がまた『セイレーン』の店内に響いた。
大丈夫、お客さんは少ない。雰囲気は完璧にぶち壊したけど、迷惑にはなってない、なっていない筈。こっちを見るマスターの目は、いっそう険しい。多分、大丈夫の筈だ。そういう事にしたい。
夏休みに入った七月の末頃。
この日、午前は生徒会長として学校に、午後は魔女として古谷邸に予定を抱えている日だった。
夏休みに入ったというのに忙しいと――どちらも気乗りのしない用事ではあったけれど、まず午前の予定を片付けて、午後の予定の前に昼食を取ろうと駅前に来た所で、私服姿の浅葱に偶然出会った。
「やっほー!小夜、元気?」
オレンジのティーシャツとハーフパンツの夏らしい涼しげな姿の浅葱は、聞いてみた所、駅前で買い物を済ませた後で時間があるという事で、私の昼食に付き合ってもらう事にした。
お互いにピザとアラビアータを食べ終えた後、そのままの流れでお茶をしながら雑談をしている内に今の流れへと至っていた。
「……男女のナニそれは別としてだ。小夜的には、この夏はチャンスじゃないの?海、夏祭り、花火。どこかに誘っていい雰囲気を作ってから、どちらかともなく告白!そのまま恋人同士として、初めての夏休みを過ごすも良し!例え、付き合えなくても、その関係にグッと近付けるには!」
グッ、と力強く拳を握りしめて力説する浅葱。
「……そう。そうなのよね」
私は目を伏せて答える。
そう、そう私も考えていた。朧げに想像もしていた。
少し前に、隣町の上代啓二の起こした事件に遭遇するまでは。
◇
浅葱と別れた後、私は古谷邸に向かう途中で彼に――殻木田くんに出会った。
「どうして、制服姿なの」
「変……ですかね?その古谷先輩のお母さんというか、先輩達の魔女としての目の上の人というか……そういう人に会うんだからキチンとした恰好をした方がいいかな、と思って」
ふたりで古谷邸への道を歩きながら話す。クーラーの効いた『セイレーン』の店内と違い、夏の街は暑く少し歩くだけで汗ばむ。
「それで制服なのね」
「先輩も制服じゃないですか」
「午前に学校で野暮用があったのよ」
「え、先輩ひとりで仕事したんですか?出来たんですか?」
私のサボり癖を知っている殻木田くんは冗談めかして、そんな事を言う。
「気乗りしない仕事だったから即、片付けてやったわ」
「普段からその調子だと助かるんですが……」
彼が肩を竦める。
気乗りしないのは――魔女としての午後の用事も同じ。
暫く歩くと、山の麓にある無駄に長い旧日本家屋といった屋敷の堀伝いの先の門が見えてきた。門に備え付けられたインターホンを押すと、少し経ってから千鶴の声が返ってきた。
「あら、ふたりで来たのね。まあ時間通りだからいいけど。今、開けるから待って。母様がお待ちよ――殻木田君を」
私は目を伏せる。
今日、古谷邸に呼ばれたのは私だけじゃない。
この街の魔女である私や千鶴を、付近の街の魔女をも束ねる千鶴の母親に呼ばれたのは――本来、魔女とはなんら関わりを持たない殻木田くんだった。




