彷徨える銃弾 4
警察官から逃げ切った後、わたしは暫く歩いて住宅街の近くにあるネットカフェに来ていた。
「ふう……さっぱりした」
シャワーを浴びた後、制服姿のまま借りたフルフラットの部屋に戻ってきた。
手足を伸ばして、椅子に座った後で頭をタオルで拭く。肩口ぐらいの長さで、乾かすのはそこまで面倒ではないけど、少し時間が掛かる。
中学まではもう少し短めにしていたんだけど、高校入学の際に伸ばす事にした髪。伸ばしてアレンジして、色々な髪型にしてみたかった。もっと女の子らしくなりたかった。
兄さんに見てもらいたかった。きっと兄さんは、長い方が好きだった筈だから。兄さんの好みくらい、知ってる。
髪を十分に乾かした後、途中のコンビニで買ってきたカロリーメイトとスポーツドリンクで夕ご飯にする。最近、こんな食事ばかりだけど物足りなさは感じない。兄さんが死んだ直後は、何を食べても吐いた。
食べ終えて、ショルダーバッグから音楽プレイヤーを取り出して耳にイヤホンを入れると、部屋のライトを消して横になった。
兄さんのパーカーを毛布の代わりにして眠る。パーカーからは兄さんの匂いがする。もう深夜も遅い時間なのに眠気は来ない。
天井を見れば、そこはネットカフェの見知らぬ天井。
兄さんを殺した少年達を追い始めてから、わたしは家には帰らず毎日違うネットカフェを渡り歩いて宿にしている。
両親から捜索届けが出されている可能性がある以上、兄さんと暮らしていたマンションには帰れない。
眠れないわたしの耳に音楽プレイヤーから同じ曲だけが、リピートして流れ込んでくる。
曲の名前は『リプレイマシン』――歌手の名前は忘れてしまったけど、わたしがずっと好きな曲だ。
この曲を聞いていると兄さんと過ごした日々が、時間が、昨日の事のように蘇ってくる。
ふたりで家を出て、マンションで生活を始めたけれど最初は慣れなくてなかなか大変だった時の事。兄さんが就活を始めて、鏡の前で気慣れないスーツのネクタイを止めていた時の事。就活が上手くいかず落ち込んでいた時の兄さんの事。わたしの受験と兄さんの就活が上手くいった時、ささやかながらファミレスでふたりでお祝いをした事。進学と就職前に、ふたりで旅行に行った時の事。
わたしの高校の制服を初めて着た時、可愛いと言ってくれた兄さん――
わたしと家を出る前に、両親と揉めた時に本気で怒っていた兄さん――
桜並木の下を、花びらが雨みたいに降る中で並んで笑い合った時の兄さんの笑顔――
幼い頃、わたしの手を引いて歩いていた兄さん。ううん、お兄ちゃん――
その全部を、その全部を思い出すように何度も、何度も記憶をリフレインするのにふと、ふと気づく――
――わたしは、もうその全てを鮮明には思い出せない事に。
兄さんが死んでしまってから、初めて知った事がある。
記憶は時間が経てば、少しずつ遠い所から色褪せていく。でも大切なひとが傍にいてくれるなら、新しい記憶が色鮮やかに紡がれていく。
――だけど死別してしまったら、もう紡がれてはいかない。
きっと、それが本当の別れだ。ううん、そうじゃない。私は生きていくのに、兄さんだけがずっと同じ所で立ち止まってる。
〝停止〟なんだ。
そうやって兄さんを〝今〟から、昔の思い出にしていくんだ。
わたしと兄さんはそうして、永遠に離れていくんだ。いや、そういう風にされてしまったんだ。
だから、わたしは少年達を追う。理不尽にわたしから兄さんを奪った事が、許せないから、兄さんを思い出にしたくないから。
でもわたしの想いが果たされた時、わたしはどうすればいいんだろう?
少年達を痛め付けた時の事を思い出す。
ドコカを――痛めているわたしはどうなるんだろう?
答えは閉じた目蓋の裏の暗闇ように出てこない。




