彷徨える銃弾
兄さんが死んだ。
夏の日差しを避けるように、カーテンを閉めた薄暗いマンションの一室。
わたし――日向旭は、床に敷かれたカーペットの上に、膝を抱えて座り込んでいた。
ただ茫然と眺める、兄さんの遺影と仏壇を。
兄さんが死んだのは、いや――殺されたのは、ほんの三ヶ月程前だ。
夜、仕事帰りに街の不良グループに絡まれて、拉致られて、暴行されて、そこそこハンサムだった顔は殴られ続けて誰かも分からない程に腫れ上がって、全身の骨は折れて身体はオカシナ方に曲がっていた。
兄さんは殺された。不良グループのほんの少しの気まぐれで。
犯人の不良グループは直ぐに警察に容疑者として連行された。けれど、彼らは大きな罪には問われず罰を受ける事もなかった。
その理由は幾つかある。ひとつ、彼らが未成年、それも中学生だった事。ふたつ、暴行の中心になった二人の少年の親が資産家で、優秀な弁護士を付けた事。そしてみっつ、その弁護士が兄の側にも非がある事や、不良グループには殺意が無かった事を強く主張した為。その事で彼らには、軽い保護観察という処分しか下されなかった。
「嘘みたい……」
わたしは頭を抱えて、強く目を閉じる。暗闇の中では、外で鳴くセミの声だけが聞こえる。
本当に嘘みたい。人を殺したヤツらが大した罰も受けずにのうのうと生きていて、ただ普通に生きてきた兄さんはどこにもいなくなってしまった。
わたしの――わたしの兄さんとの生活が、このマンションで穏やかに過ごしてきた、ふたりの日常がどこにもなくなってしまった。
「嘘よ……」
兄さんが死んでから、何度も呟いてきた言葉。
いつだって、いつだってユメを見る。朝、目覚めた時、こうして目を閉じてから開いた時、兄さんがそこにいてくれて、私の名前をいつも通りに呼んでくれる事を。
でも、そのユメが叶った事は無い。もう叶わない、永久に。
奪われてしまったから。ただ理不尽に。
涙も、もう出ない。もしかしたら一生分、泣いて枯れ果ててしまったのかもしれない。
顔を上げて、虚ろに部屋の中を見渡す。セカイが色を無くして灰色に見えた。そこにはやはり誰もいない。
兄さんが死んでから、母と再婚した義理の父は実家に帰って来ないかと言ったけれど、わたしは嫌だ。
義理の父はわたしを〝娘〟――とは見ていない。だから、兄さんはわたしを連れて家を出たんだ。私を守る為に。
兄さんは、わたしの日向だった。いつだって私を優しく、暖かく包んでくれていた。
兄さんを、日向を喪ってしまったらわたしは、わたしの【セカイ】は――
――不意に〝それ〟が見えた。
灰色の【セカイ】に見えたのは黒い不可思議な杖。いやそれは、どこか歪な形をした銃だった。
どうして、そう思ったのかは分からない。
それを手に取る。そうして直ぐに分かる。これはわたしのココロの形だ。
わたしから大切なものを奪ったヤツラへの、この【セカイ】への感情だ。
それは――灰色の【セカイ】に空いた孔のよう。
いつの間にかセミの声は遠く――手にした〝それ〟ならばわたしは、ヒトを難なく殺せる事を理解した。
〝それ〟を胸に抱く。わたし、わたしの願いは――




