機知の刃 7
「私が来るのが……分かってた?」
紅い夕暮れの生徒会室で私は、境ふたみに問うた。
「ええ、千葉先輩。先輩が御存知の通り、ふたみはよく当たる占いが出来ますから。何か可笑しい所でもありますか?」
境ふたみは笑ったまま答えた。
「それは……」
それは可笑しい……事ではないだろう。彼女がモノホンの占いが出来るのであれば。
これまで全く面識の無い私の名前を知っている事も含めても。
いや、でもなあ……とも思う。
私は何も宇宙人とか幽霊を含めたオカルト否定派ではないけれど、いると言って憚らないような人種でも無い。自分の小説の中では、異能力だの超能力だの魔法だのと散々、書いてはいるけれど目の前の後輩の少女を〝そういうもの〟と断定することも出来ない。
「なかなか胡乱げな顔をしてますね、千葉先輩……まあ占いなんて所詮、日陰のものではありますからね。基本的に無くても生活に困る訳でもないですし、それこそ人によっては、殆ど行かない店のポイントカードより要らないものかもしれません」
さり気なく凄いディスり方するな、この後輩。
こう肩口ぐらいのロングの髪で、容姿的にはモブみたいなのに、なかなか癖がある。
「しかし、先輩。先輩はそんな胡乱げで、日陰で、不必要なものを少しでも必要だと思ったから、ふたみに会いに来られたのではないですか?それではいけませんか?」
それは紛れもない事実ではあった。私は自分の中の疑問を放り投げる事にした。
私は境ふたみの前の椅子を引いて座る。これで長机を挟んで、向き合う形になった。境ふたみは広げていたタロットカードを集めると、手慣れた手つきで束を切っていく。
束を切り終えた後、境ふたみは私が生徒会を訪れた時と同じ笑い顔のまま、私にこう言った。
「さて準備も整いましたし、占いを始めたいと思いますが、その前に先輩にお伝えしたい事があります。実はですね、こうして先輩に対して占いこそするんですが――私は先輩個人を、非常にツマラナイ人間だと思っているんですよ」
「え……」
私はその言葉に凍り付いてしまいそうになった。
しかし、彼女は言葉を続ける。
「だって、先輩の〝望み〟や〝願望〟って他人に注目されたい、他人から褒められたいって事なんですもん。ソンナコトは、ダレダッテノゾムモノじゃナイデスカ?ソコニ、ナンノ価値ガアルンデスカ?」
眩暈がした。
視界がグラグラする。境ふたみの言葉が歪んで聞こえた、姿も歪んで見える。
「先輩ってムジュンしてないデスカ?特別にナリタイのに、望むコトはアリキタリって。そんなの何がトクベツ何ですか?まるで先輩が書いてるネット小説みたいデスヨネ。人からチュウモクはされるケド、アリキタリな流行作ってトコロ」
小説という言葉にハッとなった。
「わ、私の小説知って、ㇱってるの……?いや、その前にどうしてその事を……!」
「〝百目鬼浩一〟先生ですよね?ええ、申し上げていますよ。こう見えて、ふたみは結構な乱読家でして。とにかく人の物語を〝読む〟のが好きなんですよ。だから先生の〝物語〟も人づてに〝観て〟知ってたんですよ。いや~正直、ふたみの好みではなかったですね。あまりにもありきたりで」
私は顔が熱くなった。身体も震えだす。手の震えが止まらない。
これは怒り……いや、違う。私は今、恥ずかしくて仕方なかった。
なんで初対面から、こんな事を言われているかが分からない。どうしてここまで言われているかが分からない。なんで占う前から、ズバズバと私の私的な事を言い当てられているかが分からない。
それなのに、私は彼女の言葉に何も返す事が出来なかった。
それが……心のどこかで、正しいと納得してしまったからだ。
「じゃあ何で……」
「はい?」
「そこまで私をツマラナイと思っているのに、占う気があるのよ……!私はあなたに何の対価も払わない、客でも何でもないでしょうに!」
身体を震わせながら叫ぶようにして言葉を返した。
「ああ……それですか」
境ふたみは嗤ったまま言う。
「ある人のお手伝い……とでもいうべきですかね。安心していいですよ?先輩は確かにツマラナイですが、キチンとふたみに支払える対価は持っていますから。ええ、基本的にふたみは、ふたみに対価を払える人しか占いませんから」
そこで彼女は一度、言葉を切った。
「それにこれは、ふたみの趣味でもあるんですよ。だから先輩、最後までふたみの占いを堪能していって下さいね。ふたみはまだ先輩の事を、その〝物語〟の行く末を何も占っていませんから!」
彼女は鬼子のように嗤いながら、カードを捲る。
私は彼女の占いを止める気力も、ここから逃げる気力もなくただ受ける。




