機知の刃 6
4
西日が差す校舎の中を私――千葉恵は歩く。
足取りは重い。いや重いなんてものじゃない。鈍重のバフを喰らったかのようだ。
いやね、まず気分がこの上なくサイアクなんだよ。
昨日の『作家になろう』の事、それから今日の補習の事。
もうね、サイアクでしたよ。小説の事で気分はブルーで上の空。課題の出来も悪かったので先生から散々、お小言貰いましたよ。
トドメに気分を上げるために回した『壮大なる運命』のガチャは、見事にクソ引き。
「ハア……」
溜息を吐く。気分が重いだけじゃない。苛ついてもいた。
何事も上手くいかない。昨日まではセカイはそれなりに順調に回っていたのに、今は散々だ。
それは、誰が悪い?
私の――訳がない!
私は努力してきた!それも結果の出る正しい努力だ!
それなら、誰が悪い?
西日が差して、思わず目を閉じる。眼鏡を取って目をこすってから、開くとセカイは酷く歪んで見えた。
私が悪くないなら――きっとセカイが悪い。
私を認めないこのセカイが悪い。
「はは……」
力無く笑う。そう思った所で、私を取り巻く状況が変わる訳でもない。
何か、ほんの少しでもいい。何か標になるものでもあれば。
足を止めて考える。
そういえば確か、この学校には最近、占い上手の下級生がいるっていう話を思い出す。
それだ、と思う。今、私に必要なのは例え、女子高生のやる素人芸みたいなものでもいい、私を肯定してくれる言葉だ。
その占い上手の下級生とやらも、まさか上級生相手にただ辛辣な言葉だけを吐く訳でもあるまいよ。私はほくそ笑む。
「あの、大丈夫?」
私が思惑にふけっていると、急に背中から声が掛かった。
「は、はひ……!」
ビックリして振り返ると、そこには完璧超人の古谷千鶴がいた。
「な、な、な……何?」
激しくキョドリながら答える。
「ああ……あの、急に話しかけてごめんなさいね。千葉さんがふらつきながら歩いているのが見えてね。どこか調子が悪いのかと思って」
古谷千鶴は胸の前で手を組んで、しかし私の調子を見て考えるかのように顎に手をやる。その目は私を心配そうに見ている。
「――調子なら大丈夫っすよ」
その目を見た瞬間、私はただ無感情に静かに答えた。
「本当に?それならここ最近、何か悩み事がってあまり寝てないとか……千葉さんって心なしか顔も白いし、眼の下にもクマできてるし」
それは大体いつも、夜遅くまで小説書いているせいだ。ほっとけ!
「本当に大丈夫っすよ。無い訳じゃないですけど、自分で解決出来ますから」
ただ淡々と話した。
それでも――それでも私を見る目を変えない古谷千鶴に、私はキレた。
「……アンタ、何なんだよ。なんで私の心配なんかするんだよ!この学校の同級生ってだけ。大した面識がある訳でもない。なんでそんなんで、赤の他人の心配なんかするのさ。副生徒会長だから、とでも言うのかよ!」
私は怒気を孕んだ言葉を、古谷千鶴に浴びせる。
けれど――古谷千鶴の態度は変わらない。ただ私にこう返した。
「そう、そうね――わたしは〝役目〟を果たしにきただけだから。あなた、どうにも〝悪い物〟になりかけているみたいだし」
そうして、私を酷く冷たい目で見た。
その目はまるで私をヒトでは無く、ナニカ別のものでもみるような――
背筋が寒さに。悪寒に震えた。
「ひ、ひい――!」
私は、その場から逃げ出した。
――私は古谷千鶴が嫌いだ。
この高校に入って一目見た時から嫌いだった。
古谷千鶴は高校入学当初から人に囲まれていた。その綺麗な容姿で、人当たりのいい性格で、運動も勉強もそつなくこなせる能力すら併せ持っていて。
かつて優等生だった私には、すぐに分かった。彼女は〝ホンモノ〟だ。
両親の心さえ繋ぎとめる事さえ出来なかった〝ニセモノ〟の私とは違う。
占い上手の下級生を探して歩き回り、その下級生のクラスメイトも含めて何人かの人づてに聞いた後、彼女がいるらしい生徒会室にやって来た。
失礼します、と声を掛けてから入ると彼女はいた。
彼女は椅子に座り、生徒会の長机の上にタロットカードを広げていた。
まるで客を待つように。
彼女――境ふたみは私を見ると言った。
「お待ちしておりました――千葉恵先輩。席は空いておりますので、お座り下さい。すぐに占いを始めえますから!」
境ふたみは、私の来客を知っていたかのように笑った。




