機知の刃 4
夜になると、私はコンビニで買ってきた弁当を食べた。食べ終えると、部屋の隅にある大型のゴミ袋の中に放り込む。私の部屋にはこうしてできたゴミ袋が幾つもある。
パソコンに向き直ると『作家になろう』のページを開いた。昼間の補習の際にも見ていた新作の状況を見る。新たに感想が来ている。
見てみると、そこに書かれていたのは当たり障りのないありがちな誉め言葉や軽いアンチコメント、誤字報告などではなく――直接的な批判文。
曰く――『作家になろう』では百目鬼浩一というペンネームを名乗っている私は、流行りを乱造乱作し、ひとつの作品をかき上げる事をしない輩だそうだ。
作品を書きたいのではなく、ブクマや評価が付いてランキング入りを目指しているだけの、承認欲求を満たしたいだけなのではないのかと、とも書かれていた。
私は嗤う。
一体、それの何処がいけないというんだろうか?
承認欲求云々の部分は別にしても、他人に読まれる作品を書くことの何が悪いというのか?
幾ら名作だろうが、読まれない作品に何の価値があるというんだ?
私は自分の価値観が正しいと思っている。
時間は有限だ。ならば書籍化なんかは除くにしても、読者に読まれる為に必要な正しい努力をするべきだろう。
私は批判文を書いた投稿者のページに飛んでみる。大体、こういう批判をするヤツは……ああ、やっぱりだ。幾つか書いてる如何にも本格的ぽい作品には大したブクマも評価も感想も付いてやしない!所謂、底辺作品ばかりだ!
はは、胸糞悪い。
自分が流行りを書く努力をしない、書けないからと言って他人を批判ばかりするヤツもいたものだと思う。
全く、他人を批判したければ結果を出してから言えってんの!
私は批判文という名の感想を削除しようとして――少し考える。
いや、もうこの作品は切るべきか。思った程、数字は取れていない。
削除して、書きかけの新作を上げてみよう。
反応が良ければ続ければいいし――悪ければ、この作品のように切ればいいだけなのだから。
流行りは循環するのが早い。こうやって短く上げて、早く終わらせたり切ってしまう方が数字は取れる。
読まれない名作より、読まれる流行り作の方がいいに決まっている。
私にはそれが出来る――それが出来る、正しい努力の出来る、理解出来る選ばれた人間なのだから。
そう、私は特別なのだから。
私は批判文諸共、作品を削除すると、パソコンと向き合って新作を書くことにした。これを夜遅くまで続けた。
私がそもそも文章を書き始めたのは、高校生になって優等生を辞めて、親がいよいよ家に帰ってこなくなってからだ。
最初は好きな怪獣の出てくる怪獣小説を書いた。ヒーローは出てこない。ただただ正体不明な怪獣が街を、人を破壊して蹂躙するだけの小説。
当然、大した評価は付かず、感想も来る事は無かった。
私は、怪獣小説を書くことも止めた。
◇
――夢を見た。
私はアイドルだった。
帰る家には誰もいないから人恋しさを覚えて、ステージの上で歌う事にしたアイドルだった。
それでもステージの上で歌う私はアイドル―ー偶像ではなく、素顔のまま歌を歌っていた。
けれど、誰も見てはくれない。ありのままの私では誰も受け入れてはくれなかった。
沈黙が何よりも怖い私は、流行りの服を着て、流行りの歌を着せ替え人形のように取り替えていった。
いつの間にか私のステージには沢山の人が集まるようになった。
拍手喝采の中に、罵詈雑言が混じる。でも気にしない。悪名も名声には違いない。
それよりも――私は浴びせられるスポットライトの輝きと、拍手喝采に酔った。
◇
……顔に朝の日差しを感じて目を覚ます。
どうやら気が付いたら眠っていたらしい。
確か、新作を書き上げて『作家になろう』に載せる所まではしたような……
おや、サイトを見ると感想が来ている赤文字が。
眼鏡をどかし、寝ぼけまなこを擦りながら見てみる。
「なんじゃこりゃ――!」
思わず叫んだ。
そこに書かれていた感想は一件だけではなかった。だが、どれもこれも辛口の批判ばかり。昨日の作品を消した件について書かれているものもある。
ポイントも入っていてランキング入りもしているが、この現状では逆に空き目立ちだ。
「――――!」
思わず、手にしていたマウスをパソコンから引っこ抜くと床に叩きつけた。
ドイツモ、コイツモ!




