機知の刃 3
2
「クソ暑かったわ~」
帰宅した私は開口一番にそう叫ぶと、自室の床に脱いだ制服を、ワイシャツとスカートを投げ捨てる。それからジャージに着替えると、エアコンをガンガン掛ける。徐々に熱気の籠っていた部屋は冷気で満たされていく。
快適になった部屋の中で私は、ディスプレイ型のパソコンの置かれた机の前の椅子にドカリと腰を下ろす。そしてコンビニで買ってきたエナジードリンク『ブルーブル』をグイって一杯やる。冷えた炭酸飲料が口の中で弾ける。
かぁ~最高!
今日も、このクソ暑い中、座れもしない満員のバスに揺られながら補習をこなした苛立ちも少しは晴れる。
いやでも明日も補習あるんだよな、明日は数学。その事を思い出して少し憂欝になる。だがそれが終われば、夏休みに入るまではもう何も無い。夏休みは数日後だ。夏休みになれば、私を縛るものはもう何も無い。
私は自由だ~!思う存分グウタラしていられる!
取り合えずこれから何をするか考える。明日の補習の事なんぞ頭には無い。あんなものはどうとでもなる。
『作家になろう』の更新や新作の執筆……も悪くはないが、今はイマイチ気分が乗らない。夜になってからでもいいだろう。
となると――私はパソコンからアイチューブから『ミラクル怪獣大百科』を見る事にした。
『ミラクル怪獣大百科』は主に昭和の特撮に登場した怪獣を紹介する五分帯の番組だ。宇宙人、怪物、円盤、幽霊や妖怪染みたもの、人の心から生まれたもの。本当に様々な怪獣が出てきて見ていて飽きる事がない。
――私は怪獣が好きだった。
パソコンのディスプレイの横にも、数体のお気に入り怪獣のソフビが置いてある。
ひとつ、ある少女のヒーロー願望が生み出したヒーローを倒す為の怪獣。
ふたつ、邪な感情を持った人間が変身した為に堕ちた黒と銀色の元ヒーロー。
みっつ、異星獣と呼ばれる怪獣の中でも全身にムンクの叫びの顔のようなものを張り付けたグロテスクな怪獣。
その中でも、特にみっつ目の怪獣には思い入れがあった。
幼い頃に親にねだって買ってもらったものだった。
私には父と母がいる。でも、いるだけだ。
彼らは、子供に関心を持つ事は殆ど無かった。幼い頃に私を育てていたのだって、きっと愛情からでは無く義務感からだったのだろう。
そんな親が私に玩具を買い与えたのだって、私がそれで一人で遊んでいればいい。そんな願望からしたことなのだろう。
そうでなければ、デパートの玩具売り場からグロテスクな怪獣を女の子が持ってくれば、何か一言くらい言ったかもしれない。
でも、彼らはしなかった。父も母も携帯でお互いの話し相手と話しながら、代金を支払い、私に手渡しただけだった。
――私はこの時、両親を理解した。
彼らは、私に興味は無い。
グロテスクな怪獣を選んだのは、私の反抗心がさせた事だった。
その後も私は、両親に反抗し続けた。中学までは、成績優秀な優等生であり続けた。けれど両親が私を見る事は無かった。
高校に入り、彼らが家に帰って来る事がなくなってからは、私は優等生である事を辞めた。




