機知の刃 2
その優れた容姿、副生徒会長という立場。古谷千鶴は持っているものは、それだけじゃない。運動神経、勉強の成績、それからそれらを鼻にかける事もせず、誰に対しても丁寧に穏やかに接する態度。
そんな天から二物も三物も与えられたような少女は学年、男女を問わず慕われている。
何だ、この空想の産物みたいなハイスペックな代物は?
「本当に大丈夫――〝千葉さん〟?」
「ああ……って、ど、どうして……」
私が古谷千鶴を見つめて茫としていた所為か、声を掛けられる。しかし同時に私は驚いた。
「学年が同じとはいえ……わ、私の名前を知ってるの……?」
「どうして知っているかと聞かれたら、副生徒会長だからって、理由じゃダメかな?」
古谷千鶴が揺れる髪を押さえながら、夏の日差しの中で柔らかく笑う。
そこに夏の蒸し暑さは感じられない。むしろ半袖の夏服と相まって清涼感すら感じる程だった。
本当に何なんだ、この女は。この女と私に接点は無い。接点があるような友達が、いや友達そのものが私にはいない。
まさか、全校生徒の名前を憶えているとかいうんじゃないだろうな?
「さ、サヨウナラ!」
「あ……」
私はどうしてもこの女の前に立っている事は出来ず、走り出した。
学校を出た私は馴染みのバス停までやって来た。私はいつもバス登校の身であった。
時刻表を見れば、バスが来るまでにはまだ時間があった。
私は携帯のアプリ『壮大なる運命』を起動させる。イベントを回さねば。素材欲しい、石が欲しい、ガチャ回したい。
昼下がりの日差しの中でやっていた所為か、バスが来る頃には私は汗だくになっていた。クーラーの効いたバスに乗り込むと、座席が空いてないか車内を見渡す。空いてない。小学校とかが夏休みに入った事もあって、ガキが多く座っていて満席だ。
チっ、と心の中で舌打ちする。私は座ってゲームがしたい、誰かどいておくれ。
仕方なく、つり革にぶら下がりながらプレイする。するとガキどもの話声が聞こえてくる。
「今度の『壮大なる運命』のガチャ渋くね?」
「分かる。課金しても出ないよね。俺、まだ円卓の魔法使いとか持ってないもん!」
「俺もだよ。小遣いからチビチビ課金してるけど、引くの無理だわ」
その会話を聞いて私は、ほくそ笑む。
運に見放された貧しきガキどもよ。私は持っておるのだよ!円卓の魔法使いもスカレディも坂金も!
私は選ばれた者だ。多少、課金すればお目当ては出てくるし、イベントだっていつもフルコンプ。運も努力も、貴様らは私の足元にも及ばんのだ!
だから、その席譲れ。どけ。
そう――選ばれた者は正しいのだから。
結局、家の近くのバス停まで席が空く事はなかった。
私は学校で補習のプリントをしていた時のような苛立ちを覚えた。




