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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
136/160

美醜の庭 22


     10


 古谷先輩から貰ったメモを元に、街を出来るだけの速度で走る。

 その途中で横断歩道の信号に捕まる。車が何台も通り過ぎていく。仕方なく立ち止まると汗が噴き出して、心臓が早鐘を打つように鼓動するのが分かった。蒸し暑い空気の中で息を吐くと、たちまち絶え絶えになる。早く、早く行かないと。

 信号の事も、自分の体の事もどかしかった。先輩の所に早く行かなければ、と気持ちだけが先走る。

 信号が青になると、再び駆け出す。

 電信柱の住所を元に、メモに記された番地の近くまで来ると、見落とさないように速度を緩める。近辺は静かな住宅街だった。

 夏の中の静観な住宅街は、夏の強い日差しに照らされて所々に濃い影を作っていた。その影の中に、俺はセミの屍を見つける。

 俺は夏が――嫌いだ。

 夏は、あの頃を思い出す。交通事故で家族を亡くして自分も重症を負って、病院に入院していた頃を。


 ――白い病室のベッドでまるで屍のように、ただただ虚ろのままでいた。


 頭を振る。白昼夢のように蘇ってきた過去の残像を振り払う。

 今、大事な事は何より先輩の事だ。

 その時だった、どこかで何かが破裂したような乾いた音が響いたのは。

 酷く嫌な予感がした。音のした方に、再び全速で走る。

 その先にあったのは一軒の洋館染みた建物。それは水式で見た建物と同じもの。そうか、ここが上代啓二の家か。

 慎重に門を通り、塀に沿うようにして歩いて屋敷の様子を伺う。二階建ての屋敷は全ての窓にカ―テンが下りていて、中がどうなっているか分からない。

 少し歩くと、水式で見た虚木先輩がいる筈の、左端の部屋のある屋敷の側面に出た。そこは裏庭に繋がっていて、隅には倉庫らしき建物があった。

 屋敷の側面に入った途端、鼻を付くような激しい異臭がした。何か、何か腐ったナマモノが何処かにあるような。

 生理的嫌悪を誘うような異臭に耐えながら進み、倉庫の中を見た。

 そこにあるのは、スコップやロ―プといったありふれたものだけだった。もし、何かあった時の為に武器になりそうなものを探したが、スコップ以外にはめぼしいものは無かった。

 諦めて、左端の部屋の窓のカ―テンの隙間から中を覗く為に、窓枠の下に張り付く。

 先ほどの乾いた音の事もある。もしかしたら、中は凄惨な事になっているかもしれない。一度、深く深呼吸してから、部屋の中を見た。


 部屋の中には、三人の人間がいた。

 ひとりは女の人……彼女は倒れて、目を見開いて眉間から血を流していた。

 ああ……彼女は死んでいるのだと直ぐに分かった。

 後のふたりは、先輩と上代啓二だった。上代啓二は先輩を組み敷いて、昨日デートで着ていたワンピースを破り裂いていた。先輩の白い肌が晒される。

 それから上代啓二は、顔を近づけて先輩の唇を奪おうとした。

 ソノ、コウケイヲミタトタン、オレノナカデ古谷先輩との約束も、シタイの事もドウでもヨクナッタ。


 ――ソノヒトハオレの、オレの。ソノヒトにテをダスナ。


 オモイが弾けた。

 窓を叩き割る為に、倉庫にスコップを取りいく。

 そこでオレは、一本の鋼鉄の剣を見つけた。そんなものが、さっきはあっただろうか?

 その剣を――手に取って嗤った。

 ソンナコトハ、ドウデモヨカッタ。



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