美醜の庭 21
「ああ……」
私は溜め息を吐いた、藤原文香だったモノを前にして。
ほんの少し前まで話していた、笑っていた、泣いていた彼女はもうそこにはいない。もう何処にもいない。
私は地面に這い蹲ったまま、見上げるようにして上代啓二を湧き上がる感情のままに睨み付けた。
「あなたという、あなたという人は……!」
しかし上代啓二は、私を見下ろしたまま、唇の端を吊り上げて酷く愉快そうに嗤った。
「僕は、今の僕は最高の気分だ……!ツマラナイ女は死んで、君からはそんな表情を引き出す事が出来たのだから!」
それから上代啓二は、両の手で頸を掴んで私を仰向けにすると床に組み敷いた。
下卑た嗤いを浮かべた上代啓二が顔を、私の表情を覗き込むように近づける。
「自分の身体すら自由に動かす事が出来ない今の君に、何が出来る?その女の無念も、君が僕に抱いてる怒りも何も返す事が出来やしない。それだけではなく、これから君は僕に犯されるんだ。ただ憎いだけの男の、好きなように」
これまで幾度もあったように、上代啓二は私の身体を色欲の目で舐めるように凝視する。
「最初は少し痛いかもしれないが、なにすぐに良くなるさ。女の身体はそういう風にされて悦ぶように出来ているのだから。そこに〝恋〟だの〝愛〟だのとかいう感情はいらないからな。君に恋人がいようが関係無しだ」
狂ったように顔を歪めて嗤い続ける上代啓二の言葉は、いよいよ饒舌に回る。
「僕がこれまで玩具にしてきた女達も、この屋敷の元の持ち主も、僕の母も――みんな同じだったのだから間違い無い。きっと、君も同じだ」
ああ――そういう事か。私はふと確信に至る。
「女なんて所詮、男に快楽に――ナニカに依存しないと生きてはいけないモノだからな」
「――違う」
私は言い返す、強い否定を込めて。
「何――?」
上代啓二の嗤いが止まる。
「ナニカに依存しているのは、母親を初めとする女達に依存しているのは、あなたの方よ。あなたの母親がどんな人間だったかは知らない。あなたがこれまで女達に、どんな仕打ちをされてきたかは分からない。けれど、これだけは言える――いい加減、母親離れをしなさいよ!」
これが、私の上代啓二に対する確信だった。
これまで見てきたこの男の言動、所業――それらは全て、女達、女という〝性〟を持った者達に対するものだった。
恐らく、その始まりとなったものが母親なのだろう。
上代啓二は矛盾していた――ナニカ依存する女を強く嫌悪しながら、自身こそがその〝女〟という存在に囚われている。
その想いこそが、この【セカイ】の歪な奇跡によって、声だけで女を意のままに操るという力を手にする呼び水となったのだろう。
「――――」
私の言葉を聞いた上代啓二は、完全に呆けていた。
そこにはこれまであった余裕や嗤いが無かった。空っぽになってしまったように茫然としていた。
部屋の中が、完全に無音になったかのような錯覚を覚えた。
「フザケルナ――!」
しかし、それは本当の刹那の静寂だった。
「――!」
乾いた音がして頬に痛みと、熱を覚えた。
「オマエニ、ナニガワカル!」
上代啓二に頬を張られたのだ。
「オマエ二、オレノナニガワカルトイウンダ?ナニモワカラナイ、シラナイクセ、ドウシテソンナコトヲイウ!オマエガ、オレ二、ナニガデキタトイウンダ?オマエニ、オレノ、ナニガスクエルトイウンダ――」
上代啓二が捲し立てる。これまでの表情から一変して、憤怒の露わにして。
私に馬乗りなって襟元を掴み、体を揺さぶる。苦しい。
「―――二、―――!―――、――ソガ。―――ダ!―――、―――メ!」
上代啓二の言葉が聞こえない。いや、聞き取れないのだ。上代啓二の言葉は感情が奔り過ぎて、もう形を成していなかったから。それと襟元を強く掴まれて、首が閉まって私の意識が朦朧とした。
暫くすると、首元が楽になる。咳き込みながら見上げると、上代啓二は再び嗤っていた。
「虚木小夜――君は強いな、本当に強い。こんな状況でありながらも抗う事を止めない。初めて見掛けた時のように、君は君のままだ。だから僕は君に……だから君を僕のモノにしたい。言葉で〝チカラ〟で依存させるのでは無く、違う形で君を縛りたい」
襟元を通じて私が着ているワンピースが強く引っ張られる。裂ける音がした。私は肩口から胸まで、ブラの見える形で肌を露出する。
「僕は君を壊したい。その身体を全て犯して繋がりたい。そうして心が何時、壊れるのかを試したい。何処まで堕とせば、僕に依存して、肉欲だけを求めるようになるのか試したい」
殻木田くんとのデートの為の服を破きやがって。これから犯される恐怖よりも一瞬、その怒りの方が上回った。
「まずは、君の唇から貰うとするかな」
上代啓二が、唇を重ねようとする。
嫌だ、と強く思った。私の想いを、そこを重ね合わせたいのはひとりだけだ。
目を閉じて、その瞬間から背けようとしたけれどもう一度、心を奮い立たせて抗う。ただ、睨んだ。
「私は……絶対、あなたのモノにならない」
目だけで言葉だけで人が殺せればいいと、この時だけは強く思った。
そんな私の表情を見て、上代啓二は――嗤った。
まるで、荒れ果てた荒野のように裂け目のように。
「それでいい……僕は、そういうモノしか信じられない」
上代啓二と私の唇が重なろうとした時だった――彼が来たのは。
窓ガラスの割れる音がして、影が部屋の中に降り立った。
それは手に――剣を持った殻木田くんだった。




