美醜の庭 20
◇
用事を――パトロンとの商談を終えた上代啓二は帰宅した。
そこで見たのは、裏切り。
折角、捕らえてきた少女の拘束を魔女の女が解いていた。
ああ、と上代啓二は溜め息を吐く。
本当に予想を裏切らない。女がそうするであろう事は何となく予想は出来ていた。きっと女は罪悪感から、上代啓二への不信から、そうするに違いない。
本当に上代啓二を裏切るという、予想だけは裏切らない。
女というモノは――全く、いつもいつも。
嗤う――この女はもういらない。
上代啓二は失望という期待を、密かに満たした。
◇
「啓二さん、あなたは……」
藤原文香と、帰宅してきた上代啓二が対峙する。昏い部屋に差す一筋の光の明暗の中で。
藤原文香は悲しみや怒り、不信が入り混じった眼差しを上代啓二に向けた。
しかしそんな眼差しを受けても、上代啓二は不敵に嗤って返した。
「――君〝も〟僕を裏切るんだね?」
「わたしは……」
藤原文香が言い返そうとして言い淀む。
私を解放しようとした事や、この部屋を捜索、
それらの行為は、確かに上代啓二に対する背信とも言えたかもしれない。
上代啓二は言葉を重ねる。
「君が僕を咎められると言うのかい?故意ではないとはいえども人を殺し、その死体を隠した〝共犯者〟の僕を。その上、同じ魔女を監禁した事を見過ごしていた裏切り者だというのに?」
上代啓二は藤原文香に、こう言い放った。
「君は――薄汚い殺人者で裏切りものだ。その上、危険な共犯者の男に簡単に身体を許す淫乱だ」
「わ、わたしはそんな……」
藤原文香の声が震えていた。頬を一筋の涙が伝った。
上代啓二の言葉は汚く、辛辣だが彼女にとっては的を得ていたのかもしれない。
身体を動かす事の出来ない私は、その胸糞悪い言葉を無理やり止める事も出来ない。
上代啓二は彼女に選択を迫る。
「さて、君はこれからどうするのかな?背信を重ねてきた魔女達に対して今更、自分の罪と僕の事を告発するのか、あるいはこれからも罪を重ねるのか」
「わたしは――」
藤原文香が強く唇を噛んだ。そうして、上代啓二にこう言い返した。
「わたしは、自分の罪からもう目を背けたりはしない。けれど、啓二さん。あなたを告発もしない」
「ほう――それは何故かな?」
上代啓二は嗤うのを止めて、意外そうに目を細めて問うた。
「それは、上代啓二さん――あなたはどんな形であっても、例え一時期でもわたしを助けてくれたからです。それから、わたしに安らぎの時間をくれたから」
彼女は胸に手を当てて、真っ直ぐに上代啓二を見つめて答えた。
それが彼女の答えだった。
「それは…僕を〝愛している〟と……いうことなのかな?」
彼女の答えを聞いた上代啓二は、気分が悪そうによろめいて部屋にある棚に身を預けた。何やら引出しに手をやり、中を漁りながら藤原文香に尋ねた。
藤原文香は、上代啓二に優しくはにかんだ。
「ああ、本当にオマエは――ツマラナイ」
そんな彼女に対して上代啓二は、棚から取り出した銀の回転式拳銃を向けると――
私の目が驚愕に開かれる。時間が酷く遅くなるの感じながら、その一連の事を見た。
――藤原文香に発砲した。
「あ――」
乾いた音と、火薬の匂い。
ドサリと音がして、藤原文香が床に倒れた。胸からは服越しに血が染み出してくる。藤原文香は血を吐きながら、痛みと驚きの目で上代啓二を見た。
そんな彼女を見下ろしながら、上代啓二は言った。
「君が僕を〝愛している〟だって?そんな筈が無いんだがな」
上代啓二はこれまでで一番、口元を歪めて嗤った。微かな希望さえも絶つかのように。
「君の僕に感情は造りモノなんだよ。僕が君に好意を持つような〝言葉〟を、何度も呟いて、そう仕向けただけなんだから――」
「――――!」
藤原文香が言葉なく絶句し、絶望するのが分かった。
そうか、上代啓二のチカラとは――
「――僕の〝言葉〟には女を思い通りにするチカラがあってね。君は僕に会う度に、抱かれる度に甘い言葉に浴びて、乗せられていただけなんだよ」
それでも、それでも彼女は彼を見て呟いた。上代啓二に手を伸ばす。
それでも、私も知っていた。
「〝上代くん〟――」
その想いの全てが、嘘から始まったものでない事を。
けれど、上代啓二は――
「――クダラナイ」
酷く醒めた目で彼女を見てもう一度、彼女に向けて発砲した。
止めようと、必死に止めようとして私は動かない身体でもがいた。椅子から転がり落ちて床を這いつくばる。けれど、どうする事も出来なかった。
眉間を撃ち抜かれた藤原文香は、絶命した。




