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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
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美醜の庭 15


 目的地の最寄りのバス停に着くと、上代啓二はバスを降りる。

 駅前にある繁華街の時計を見れば、待ち合わせの時間までは少し間があった。

 手持無沙汰に上代啓二は、適当な場所に腰掛けて街中を粒さに観察する事にした。

 バスの中のから見える景色と同様に、ヒトばかりが見える。


 だがそれでも、そんなヒトの中のある性はたったふたつしかない――オトコとオンナだけだ。


 そんな中で上代啓二は、いつもの習慣から自然と自分の目に適いそうな女性の選別に入る。

 上代啓二の〝醜い〟という価値観に於いて、まず男はイラナイ。男には社会的に縛られるものが多すぎる。

 会社、地位、金、権力、家庭、生活など働く事で能力を誇示する事で得なければならず、その癖に一度、手にすればそれに固執し始める。

 見ろ。あのヨレたスーツを着て、疲れ切った顔をしているリーマンの姿を。金と生活の為に、会社の奴隷に、犬に成り下がっている。全く、ご苦労な事だ。

 逆に、その直ぐ脇を通る高級なスーツに身を包む男の表情は爽やかだ。その醜く出っ張った腹の贅肉を覗けばだが。あの男は自分の今の境遇について、おおよそ満足しているだろう。しかし、今更それをあっさりと手放せるものだろうか。いや、無理だろう。

 持つものと持たざるもの。結局の所、それは同一の価値観の中でしか生まれるモノでしかないのかもしれない。

 所詮、人間は社会という同一の価値観の檻の中で生きる生き物だ。


 では、女はどうなのか?


 まあ、女もそう変わらないかもしれない。

 女は見かけや、ハッタリの中で生きている。

 これから彼氏とでも会うのか、ビルの窓で人目も気にせず服やメイクのチェックをしている女がいる。上代啓二の目から見れば、幾ら着飾ろうが化粧をしようが、まあ残念な部類だ。

 しかし、女は必死だろう。自分に魅力がなければ、男には好かれない。そうしなければ、つまり女性にとって結婚というひとつのゴールに行き着けない。

 女は男より、社会的に地位は低くなり易い。そんな社会の中では、金銭的な面で男に媚びて得ていくしかない。

 その為には、自身の所属するコミ二ュティやカーストの中で自分に有利な立場でいなければならない。その際に重要なのは容姿や言葉、嘘や噂の類だ。

 だから〝恋〟や〝愛〟といったウソも必要になる。

 そういう意味では、男以上に社会性に縛られた存在なのかもしれない。


 それでも上代啓二が、女を選ぶのは――女が自分にとっての玩具(モデル)だからだ。


 そうして街を見れば、容姿だけなら許容範囲のオンナはいる。

 以前なら自身の容姿を活かして声を掛けて、身分や職を明かし、夜の相手として摘まみ食いもよくしていたが、今ではあまり興味も湧かない。

 それが何故なのか、上代啓二自身がその訳を知っていた。


 昨日、攫ってきた少女――虚木小夜ほどには関心を惹かれないからだ。


 過去に上代啓二が関係を持ってきた女達の中には、女優やモデルといった芸能人も多数いた。誰もが容姿には優れた女達だったが、その中身はそこら辺の路傍の石のような女達とは大して変わりなかった。

 求めるのはオトコの容姿と金、立場や地位。心が大事と世間は言うがそれはこれらがあって、初めて成り立つ面の方が強い。

 そうでなければ上代啓二の〝言葉〟に心許して、身体を簡単に許したりしないだろう。それらの欲望を〝恋〟や〝愛〟というマヤカシで包んだりしないだろう。

 そしてそれは〝魔法〟という稀有なチカラを持つ魔女も同じだった。



 上代啓二の家にいる魔女の女――藤原文香(ふじわらふみか)と出会ったのは、数か月前の事だった。ある昏い夜に上代啓二は魔女が、人を〝殺害〟する所を偶然にも目撃した事が始まりだった。

 昏いビルの合間に追い詰められたサラリーマン風の男に、女が不可思議なヤイバを振った。男は血を流す事もなく地面に崩れ落ちた。そんな男に女が手を触れると、女が小さな悲鳴を上げた。

 「そんな…まさかわたしが、ミスをしたの……」

 不可解なヤイバを握る女の身体が震え出した。

 この一連の光景を物陰から静観していた上代啓二は、女に声を掛けた。

 「どうかしたのかね?」

 「え…あなたは……?」

 急に声を掛けられた女が、上代啓二を見て戸惑う。

 「ふむ、この男は死んでいるね」

 その視線に構う事なく上代啓二も男に触れてみると、その身体は冷たく、呼吸をしていない事に気が付いた。

 「君がした事なのに何故、そんなにも動揺しているのかね?」

 そう尋ねると、身体を震わせたまま涙を零して女は答えた。

 「こ、こんなつもりじゃなかったんです…殺すつもりなんて……」

 泣きじゃくる女を余所に、上代啓二は冷静な声で言う。

 「事情は分からないが、それなら僕が君のチカラになろう。何か出来る事はあるかな?」

 「どうして…そんな事を……?」

 女の問いに上代啓二は、こう答えた。

 「どういう事情があるにしろ、泣いている女の子を放っておけなくてね」

 出来るだけ優しく笑い掛けながら、女の涙を拭った。

 「ありがとう…〝上代くん〟……」

 女が小さく呟いた。上代啓二にも聞こえない程に。


 これが魔女の女と、上代啓二の出会いだった。


 その後、上代啓二は藤原文香の願いを聞いて、死体を幾つかあるテナントのひとつにひとまず隠す事にした。

 それから魔女との交流が始まり、男女の仲になるまではそう時間は掛からなかった。

 『君の事をもっと知りたいな。聞かせてくれないかな?』

 行為の後の睦言の中で魔女について、その役割や不可思議なヤイバについても聞き出した。それらひとつひとつは、興味深いものだった。

 藤原文香の生い立ちや魔女になった経緯、出会いの発端となったミスについても話されたがそれは割と、どうでも良かった。

 まあ一番どうでもよかったのは、逢瀬の度に好意を寄せてくる藤原文香自身だったが。この女も、これまで玩具(モデル)にしてきた女と何も変わらない。

 ただ、ただツマラナイ。

 それでも、この出会いのお陰でこの【セカイ】には魔女という種類の女がいる事が分かった。

 そんな女達を探して、夜の街を歩いていた時に見つけたのが虚木小夜だった。



 ――上代啓二にとってこの【セカイ】は自分の庭のようなものだ。


 今、夏空の下で街を行き交う人々が、目に移る全ての人々が上代啓二にとっては〝美しい〟か〝醜い〟かだけで区分けされる玩具(モデル)でしかない。

 大概のモノは醜い。嫌悪感しか感じない。

 特に女はそうだ。上代啓二のチカラで簡単に〝恋〟や〝愛〟と吐き違えて依存してくるような女達は。


 そんな女達は――

 ――玩具(モデル)として弄ばれて、解体されても構わないだろう。


 上代啓二はそうして十数人もの女達を殺害して、死体を解体して、芸術作品にしてきた。

 それはいけない事だろうか?本当にそうなのだろうか?

 何故、そう言い切れる?何の問題がある?

 上代啓二にはチカラがある。魔女の話から推察するのなら、自身の生い立ちから得た母を殺害したチカラが。

 そのチカラを振う事が、欲望のままに使う事がイケナイ事だろうか?

 いや、何を躊躇う必要があるだろうか。自身が持ち得たチカラを振う事に何の感情があるだろうか?

 もしこの【セカイ】に神様がいて、自分のような人間を生んだというのなら、神様からこのチカラは授かった事と何の変わりがあるのだろうか。

 上代啓二は知っている。人の集合意識だけで出来たこのハリボテのような【セカイ】に神様はいない事を。

 ならば、神様は誰なのか?


 上代啓二は歌う――

 ――讃美歌を歌うように。


 夏の青空の下、ヒトに塗れた街の中で。

 今が幸福で仕方がない。どんな過去であってとしても、誰かにどう思われるとしても。

 上代啓二にとっては、この世界はいつでも青空の広がる常夏のようなものだ。もしも今が冬であっても、幼い頃に見上げた寒い冬空は何時だって見えない。


 何故なら上代啓二にとってこの【セカイ】は自身の庭――美醜の庭でしかないからだ。


 この【セカイ】の神様は誰なのか?


 上代啓二は欲情する。

 昏い夜の中で藤原文香とは違い、人の記憶を刈り取りつつも、ただ静かに浮世離れした雰囲気を纏っていた虚木小夜に。彼女は上代啓二の知らない【セカイ】で生きているように見えた。

 彼女を見かけてから、数日後に美術館で再び出会えた事が運命的にさえ思えた。

 想い人がいるなどと、少し予想とは違っていたが彼女なら、上代啓二のチカラに簡単には掛かるまい。

 そんな彼女を身体も心も弄んで、凌辱出来ると思うと鼓動と身体が昂ぶる。

 「簡単に壊れてくれるなよ……」

 上代啓二は嗤う。懐から取り出した学生証に写る顔写真を見つめながら。

 それは本人を拉致した時に財布から拝借してきたものだ。そこには、如何にも気怠そうな目をした虚木小夜が写っている。


 上代啓二はまだ知らない。上代啓二自身が、虚木小夜に抱いている感情の名前を。


次回は殻木田君達の視点に戻ります。

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