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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
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美醜の庭 12


     6


 死臭のする男に攫われた私は、悪夢の中にいた。

 何処とも知れない昏い部屋のベッドの上で、満足に動かす事の出来ない身体を、何度も何度も何度も何度も何度も――弄ばれて、犯され続けていた。

 男の手が舌が、私の肌を身体を、乱暴に我が物の如く徴を付けるかのように這いずり鷲掴み揉みしだく。そして腰を強く掴まれて、望まない繋がりを強要された。男は私が繋がる苦痛を訴えても、行為を止める事は無い。

 男はただ、自分の肉欲の為だけにまぐわいを求めていた。

 それはただ「性」による暴力の形でしかなかった。

 行為の中でまるで身体の芯まで、心の奥底まで刻み込まれるような痛みを覚えた。

 隙を見て、ふらつく身体を必死に動かして逃げ出そうとした。

 けれど、逃げられなかった。

 サデスティクな笑みを浮かべた男は、そんな私を捕まえると窓へと押し付けては、後ろから再び身体の中に侵入してくる。

 行為の中で私は泣いた。

 人として、女として――それから想い人に対して。


 「タスケテ」


 何処かで声がした。

 それは、この現状に対する私の声だったのかも知れない。


 「タスケテ」


 いや、それだけでは無かった。

 その〝声〟は確かに聞こえた、でも何処からなのか分からない。

 窓に押し付けられた身体を支える私の手が、汗でズルリと滑る。


 その手が――滑った後には血の跡が残った。


 「え……?」

 これは私の血?

 いや、違う。

 そうして気が付いた。昏い部屋の窓の外に広がる昏い闇に、青白い手が何本も浮かび、張り付いている事に。

 「ひっ……!」

 何本もの青白い手が力無く滑る。幾筋もの血の跡を残して。


 「――タスケテ」


 私の視界が赤く、赤く染まる。

 夢の中で、私は悲鳴を上げた。


     ◇


 「……はぁ、はぁ、はあ」

 荒い息を吐きながら、私は目を覚ました。

 夢の内容があまりにも悪かったのだ。

 心臓は激しく脈を打ち、額には冷たい汗が伝う感触を覚えた。

 その汗を拭おうとして気が付く、自分の手が自身の座る椅子に縄で縛り付けられている事に。

 周囲を見渡せば、そこは私の知らない何処かの部屋の中だった。

 ペンキや絵の具、様々な工具が木目の床に並ぶその部屋には、学校の美術室で嗅ぐような独特の臭いがしていて鼻に付いた。

 厚いカーテンに覆われた窓からは、微かに光が零れていた。攫われてから、どの程度の時間が過ぎたかは分からないが、少なくとも今が日の当たる時間帯である事は分かった。


 「気が付いたかね?随分、うなされたいたようだが」


 声のした方を見れば、そこには私を恐らく誘拐、それから監禁したであろう男――上代啓二がいた。

 男はジーンズと白のワイシャツという格好に、エプロンをして絵筆を握り、一体の人体像を白く染め上げている途中だった。

 「ええ、お陰様で最悪の目覚めになったわね」

 私は縛られた身体を捩り、自分の身体が未だ上手く動かない事や魔法が扱えない事を確認しながらも、その男を睨み付けつつ返事を返した。

 服が特に乱れていない事から、縛られている事以外には、まだ何もされてはいないとは思う。それも時間の問題かもしれないが。

 「そうかね。まあ、そうかもしれないな」

 上代啓二は私の視線を受けると、どこか満足気に肩を竦め、再び作業に戻った。

 男が白く、白く塗り込めているのは人体像。それは女性であり、人間の等身大サイズ。全裸であり、片腕は欠損している。

 上代啓二はその像の片腕と胴体の継ぎ目に、執拗なまでに細かく筆を走らせる。その腕の地の色は、人肌と同じだった。

 しかし何よりも特徴的なのは、その像の表情だった。

 像が浮かべているのは――恐怖そのものだった。

 まるでその瞬間に、生きたまま固められてしまったような生々しいものだった。その表情を見ているだけでも、断末魔の声が聞こえてきてしまいそうだった。


 「――タスケテ」


 先程まで見ていた悪夢の中で聞いた声を思い出して、背筋に冷たい震えが奔る。

 「それで、私をどうするつもりなのかしら。これは常識的に考えても、犯罪なのでは?」

 震えを押し殺しながら、私は問う。

 「そうだね――前にも言ったが、君を僕のモノにする。犯罪的か……ああ、それはあまり考えていなかったな。僕はね、欲しいものは〝どんな事〟をしてでも手に入れる主義でね」

 作業の手を止めてから男は欲望に光る目で、私を見つめながら舌で唇を舐める。そして、嗤う。


 上代啓二は――きっと自分の為ならば、躊躇や迷いなど持たない人間なのだろう。


 これまでの様子から、私はそう判断した。

 コイツは極めて危険な存在だった。ある意味では過去に相対してきた:〝怪異〟を宿した人間達以上に。力のある事、無い事をこの男は越えている。

 その癖に昨日の公園、あるいは知らぬ間に私に掛けた何かしらのチカラを持っている。更に大多数の人間には知り得ない筈の、魔女についてまで知っている。

 「――ヤバイ男」

 自然とそう口にしていた。

 「ヤバイか、それは傑作だ。お褒めに預かり光栄だ。しかし〝魔女〟としてある意味、認められているとは言え、平然と他人の〝記憶〟を消している君達はどうなのだろうね?他人に危害を加えているという意味では、僕と何ら変わらないヤバイヤツなのではないのかね?」

 「それは……」

 男のその言葉に一瞬、戸惑う。その言葉はある意味では間違ってはいないと感じたからだ。本当に、魔女についてよく知っている。どうやってそこまで知り得たのだろうか?

 「君は、自分がそんなヤバイヤツだとは自覚していないのかな?いや、自覚しているからこそ、あんな平凡そうな少年と付き合っているのか。恋愛という形で〝自己肯定〟を得る為に」

 筆を置いて、エプロンを脱いだ上代啓二がこちらに近づいてくる。

 「……」

 私は何も答えない。

 「どうやら図星のようだね。それなら別に、恋のお相手は僕でも問題は無いと思うんだ。それに君も僕も〝他人を傷付ける事の出来る〟人種だ。ニタモノ同士ならばきっと、上手くいく筈だ」

 縛れている私の前までやって来ると、顎に触れて自分と視線を合わせるように顔を向けさせられる。それから白い塗料が付いた指で、私の唇を撫でた。

 一瞬、以前にも嗅いだ死臭がした。

 「そう……それなら私もあなたに幾つか言いたい事がある」

 「何かね?」

 私は上代啓二に、真っ直ぐに視線を向けたまま告げた。


 「――ひとつ。私はあなたと同種だとしても、好意を抱く事なんか絶対に在りえない。あなたは、こんなやり方でしか相手には迫れないのだから。殻木田くんは、こんな事は絶対にしない。ふたつ。魔女を攫うとは、度が過ぎているわね。頭が欲望塗れで感付かなかったのかしら。近い内に、あなたは魔女達に制裁される。私をどうにかしてもね」


 「ククク……ハハハ――!」

 私の言葉を聞いた男は突然、笑い出した。

 最初に遭遇した美術館の時のように、あるいはそれ以上に。


 「――ああ、君は最高だ!僕の予想以上だ!まず、安心したまえ。僕はね、そもそも〝恋〟とか〝愛〟とかいう関係など求めてはいないんだよ!いや、良かった。君が僕の話に乗らなくて。乗ろうモノなら失望の余り、僕は君をうっかり作品の〝モデル〟にしてしまう所だったよ!」


 上代啓二の嗤い声は止まらない。

 作品の〝モデル〟――私はその言葉に不吉なものを覚えた。

 不意に笑い声が止まる。そして静かに言った。

 「魔女達の制裁の件だがね。君の思う通りに、いくかな?魔女とは言っても所詮は人間、人間達の集まりだ。歪みもあれば、(ひずみ)もある。それに僕としては、自分がどうなろうと、それまでに君を僕の玩具に出来ればいいんだ――」


 そう言うと、私の攫われた時から着ているワンピースのホックに手を伸ばしてくる。

 抵抗しようとしたが、縛られている事もあって、満足には動かせない身体では叶わない。

 これはいよいよマズイと、そう思った時だった。

 「啓二さん……?」

 部屋のドアが開き、ひとりの女性が入って来た。

 「チッ、良い所で邪魔を……」

 上代啓二が小さく悪態を吐いた。

 部屋に入って来た女性を見て、私は驚いた。

 私は彼女を知っていたからだ。


 彼女は――私達の隣街の担当である魔女のひとりだったからだ。


 縄で縛られた私を見ると、彼女は後ろめたそうに視線を反らした。


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