美醜の庭 11
「――まず、魔女というものは〝刈り取り〟を担当する地域が決まっているの。その辺りはあなたも小夜から聞いていたり、薄々感じている事かもしれないけれど。それから他の魔女達が担当、管理している地域への干渉は基本的に禁止なのが不律文なの」
「それはどうしてですか?魔女ってこの【セカイ】を護る為の存在ですよね?それなら、連携をした方がいいような気がするんですが……」
「まあ、そうよね。実際の所は案外、そうでも無くて協力したりもしてる。魔女はしている事の割に絶対数は少ないから。現にこの近隣の魔女を纏めているのはウチの母様だし。だから、今回の件でも他の地域の警察や救急の情報は、呼び掛けに応じて、随時出してくれてもいる」
古谷先輩がパソコンを画面を見る。メール受信画面のウィンドウを広げれば、幾つものメールがこの瞬間にも届いていた。
「ただ、それでも――」
「それでも?」
僅かに、溜めてから古谷先輩は答えた。
「――魔法関連の干渉はアウト。特に緊急でも無い限りね。まあ、分からん訳でもない。魔女達の抗争なんて起きたら、それこそ〝刈り取り〟所じゃないでしょうし」
「ああ、成程……」
それで何となく話が呑み込めてきた。
魔女と言えども人間だ。ましてや組織ともなれば、何も無い訳ではない。
ただし〝魔女〟達は〝魔法〟という不条理な力を持っている事だけは大きく異なる。だから、そうした不律文があるのかもしれない。
「そう、だからダメなのよ。具体的には……まあ、いいか。殻木田君には話しても。もしかしたら〝当たる〟かもしれないし――」
――古谷先輩が、少し考え込んでから〝魔女〟として表情で俺を見た。
「今回の場合は普段、刈り取りの際に〝怪異〟を探り出す時のやり方で小夜を探せるとは思うんだけどね」
「〝刈り取り〟の時のですか?」
それはこれまでの事を考えても、不思議な事でもあった。
〝怪異〟に為り掛けた人々を先輩達は、この広い街の中からどうやって見つけ、更には追跡していたのだろうか?
「街の至る所に……イメージとしては気配を探り出す〝糸〟を張っていると思ってもらえればいいかな?現代的に言えば、赤外線センサーとか」
「そんなものが……」
よくよく考えれば、それは今の時代ならどこにでもある監視カメラと、それほど変わらないものではないかと思う。
……だけどそれが密かに、それも目的を知っていると、やはり怖いと思う。
「それは小夜の部屋にも、わたしの部屋にも張られている。それを毎朝、互いの安否を確認する習慣にも使っている。それからその〝糸〟あなたの部屋にも張っているから。何、その顔?あなたは曲がりなりにも〝魔女〟を知る人間だし、当然の措置でしょ?」
「ええ、まあ……」
……そうなのかもしれない。いや、でもな。健全な青少年としてはプライバシーを主張したい。
ああ、でも。そうか、それでか。携帯に掛けてくる前から部屋に虚木先輩がいない事が分かったのは。
「少し話が逸れたから戻すと、その方法を他の魔女達が管理している地域で行えば、警察が見つけるよりは確実に早く、小夜を見つける事は出来る筈。あくまで気配だから、生存が前提にはなるけど。でもそうなると、どうしても他の魔女達のテリトリーを侵す事になる」
そこに問題が繋がってくる訳か。
「その事は、他の魔女達には協力は頼めないんですか?」
「出来ない……事はない。時間を掛けて交渉をすればね。ただ、それも隣街を除いてだけど……」
凄まじく渋い顔をする古谷先輩。
「隣町と何かあるんですか……?」
「凄まじく下らないけど……」
本当に下らなそうに、先輩は言う。
「隣街の二人の魔女達の内のひとりが、何というか、ウチの母様と昔、何かあったみたいで、今だに一方的に突かってくるのよ。それも事ある毎に。一体何のもう今じゃ大して現場に出てない年増の癖に無駄に俗人みたいに権利や立場ばかり欲しやがりやがって――」
後半は下を向いて、独白のように呟いている。
本当に色々、あるらしい。溜まるレベルで。
「ああ、でももうひとりの魔女はわたしの目から見ても優秀で、理を弁えている人だから、今回のような事なら話を飲んでくれる可能性も高い」
「それなら……」
「……ただ、最近は分からない、現にその魔女からは、小夜の事に関してはまだ何の応答もない」
それから古谷先輩は部屋の開かれた窓から、隣町の方の空を見た。
「あなたには見えないでしょうけど、この【セカイ】の空には〝疵〟があるの。それはある意味〝怪異〟の元でもある。今の隣町の空は〝疵〟が多い。〝刈り取り〟がおざなりになってきている証拠ね」
……それは〝魔女〟にとっては憂い事なのかもしれない。
けれど〝刈り取り〟がどういうものかを知っている〝魔女〟ではない俺は……何とも言えない。
不幸な記憶でも持ち続けるべきなのか、あるいは消されるべきなのかなんて。
「――取りあえず。これまでの話を纏めると、互いのテリトリーを魔法では侵さないという魔女の不律文の事があって、わたしの力を行使する事は難しいという事になる。特に隣街になると」
「面倒ですね……」
「面倒なのよ」
ふたりで同意して溜め息を吐いた。
しかし、それから古谷先輩は嗤いながら俺を見て言った。
「でも、まあ――もし、干渉するのが〝魔女〟では無くてタダの〝一般人〟ならどうなのかしらね?例えば、学校の親しい恋しい先輩を探す男子高校生とかなら」
……そういう事か。
俺は以前も見た古谷先輩の嗤いに、嫌悪感を覚えた。
〝魔女〟である古谷先輩は干渉し難い。特に因縁のある魔女の管理する地域は。
けれど俺ならば――いや、この嫌悪感はそこから来ているものじゃない。
「それで問題は無いんですか?」
「全く無いとは言わないわ。でも失踪事件や芸術家の件もあるし、今の所で言えば一番、引っ掛かる所よね。いいのよ、もし〝当たって〟いれば何の問題も無いし、何とでも言える。後はあなた次第。ねえ、殻木田君はどうする?」
魔女は問う。
「やりますよ――」
俺は静かに頷く。
「フフ、いい返事ね。なら〝魔女〟が願いが叶うように〝手助け〟をしてあげる。今からあなたでも小夜を探せるように、気配を感じ取れるように準備するから、少し待っていて――」
先輩は畳から立ち上がると、襖を開けて部屋を出ていこうとする。
「古谷先輩は、虚木先輩を本当に心配しているんですか――?」
襖を開ける、その背に問う。言い様の無い暗い気持ちを抱きながら。
俺はこれまで虚木先輩と古谷先輩は、どういう形であれ、深く繋がっていると信じてきた。
けれど、本当にそうなのだろうか?
古谷先輩にとって虚木先輩は、どんな存在なのだろう?
大切な相手とは違うのだろうか?
古谷先輩にとって大事なものとは何だ?
「そんなの、決まっているじゃない――」
背中越しに酷く鋭い目で、古谷先輩は俺を睨むと、襖を閉めて部屋を出ていった。
襖は些か強く閉められて、音を立てた。




