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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
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美醜の庭 8


     5


 最近、そのひとの夢をよく見る。

 虚木小夜先輩の夢を。それは、幸せな夢だ。

 先輩と何気ない、穏やかな日常を過ごすだけのもの。

 「殻木田くん」

 先輩が俺の名前を呼ぶ。俺を見つめて微笑みながら。

 それだけで、心が満たされていく。家族を亡くしてから感じる事の無かったものだ。

 「殻木田くん――」

 先輩が俯きながら、微かに頬を染めて、上目遣いで俺を見る。

 六月のある雨の日から、見る事の多くなった表情。

 何かを伝えようとして、けれど気恥しげに躊躇うようにしていて。

 それで俺も先輩に想いを伝えようとして、でも上手く言葉が出て来なくて、見つめ合うだけの形になってしまう。

 現実ではいつもそうだ。


 けれど――夢の中でなら。

 現実よりも、もう少し心のままでいられるセカイでなら。


 制服姿の先輩の細い肩に触れる。

 微かに身体が震えているのを感じながらも。強く抱き締める。

 腕の力を緩める事無く、強く、強く柔らかな身体を抱き締め続ける。

 でも、それだけじゃ足りない。まだ、満たされない。

 それは強い衝動だった。いや、むしろ渇望と言ってもいいかもしれない。

 満たされる事を覚えたが故に、逆に深まっていく欲望染みたもの。

 先輩を大事にしたいと思う俺の希望とは、真逆に膨れ上がるそれは、俺の心を捉えて離さない。

 先輩をもっと欲しいと思う。艶やかな髪、瑞々しい唇。細く華奢な癖に密着して潰れて、強い存在感を放つ豊満な膨らみを持つ身体。

 それら全てに触れて、暴いて、徴を付けて自分だけのものにしてしまいたいたくなるような凶暴な想い。

 想うという事――誰かに恋をするという事。

 それは不思議な事だ。

 こんな矛盾した想いを抱え込む事でもあるのだから。

 「殻木田くん……」

 切なそうに俺を呼ぶ声が、耳朶に響いて、頭を甘く痺れさせていく。

 それから制服に手を掛けて、少しずつ剥いで――


 「……」


 ――カーテンの隙間から僅かに差し込む日差しの中、目が覚める。

 目覚まし代わりにしている携帯を見れば、アラームが鳴るには、まだ僅かに早かった。

 「はあ……」

 暑く蒸れた空気の中で、溜息を吐く。

 なんちゅうユメを見とるんだ、俺は!

 大概の夢は寝ている内に忘れてしまうというけれど、今日の夢は明晰夢だったようで、割りとバッチリと覚えていた。

 俺は先輩に――

 ああ、もう男ってヤツは!

 パジャマのままベッドの上で、ボリボリと頭を搔いてから抱える。

 俺は先輩に対して好意を抱いている。

 先輩も……そのだ、俺に好意を抱いてくれている。

 だから、昨日みたいにデートもする。

 でもね、こういうのはどうなんだろうね。一方的な欲望のはけ口みたいのは。

 いやね、俺も男だから仕方無いとは思うんですよ。

 それでも――微妙に嫌だった。

 そもそも現実的にそんな事をされて、先輩は俺を受け入れてくれるだろうか?

 普通は難しいと、俺は思うんですよね。

 自分の身体の全てを曝け出して、かつ相手に委ねる事なんて。

 性の問題は繊細だ。性があるから、相手に強く惹かれる所もあるのに、行き着くひとつの行為はとても生々しい。

 俺はまだそんな事をするのが怖い――いや、違う。そんな部分を曝け出して先輩に嫌われるのが怖いんだ。

 だからという訳ではないけれど、先輩と不意に視線が合って、そんな雰囲気になる時にはどうしたらいいのか分からない。

 気恥しくて、怖くて、訳が分からなくて。

 自分の唇をなぞる。一度だけ、重ねた唇。

 俺と先輩の関係ってなんだろう?

 先輩、後輩としてみれば深い。

 いっそ、付き合って下さいと、言ってしまえばいいんだろうか?

 そうして、関係を進めてしまえば――不意にさっき見た夢を思い出す。

 だから、そうじゃねーだろ!

 随分と、すっ飛ばし過ぎだろ、俺!

 色々と悶えて始まる週初めの朝であった。



 制服に着替えた後、朝食を食べた。

 焼いたトーストと(生緩い)牛乳。

 それらを食しながらテレビをつけると、ニュースがやっていた。


 内容は――隣町を中心にして起きている複数の失踪事件についてだった。

 被害者は若い女性ばかりで、未だに発見されていないとの事だった。

 目立った手掛かりも無く、犯人の目星も付いてはおらず、ニュースキャスターは深夜の外出や人気の無い場所での注意を呼び掛けていた。


 「〝怪異〟は関係無い……よね?」

 ニュースを見ながら、そう思った。最近、そんな事と縁が出来た所為か、ついそんな風に考えてしまう。

 もし、怪異だとしたら〝魔女〟達もまた関わっているのだろか?

 考え過ぎだと思う。

 けれど不意に昨日、美術館で見た作品群が頭を過った。


 女性の肢体が様々な方法で弄ばれて――

 ――女性達は恐怖に、痛みに、泣き叫び、助け乞い、赦しを乞い、それでも尚、行為は止まる事は無くて。


 目眩がして、吐き気がした。

 何故、そんなモノを連想したのか自分でも分からなかった。

 ただ、胸の中に沈殿するような昏く重いモノが込み上げた。

 そんな時だった、携帯の着信音が鳴ったのは。

 番号を見れば知らないもので、出る気は起きなかった。しかし暫く放置してみたけれど鳴り止まないので、根負けして出る事にした。

 「ああ、ようやく出たわね」

 「……もしかして、古谷先輩ですか?」

 声からして、そう思った。

 あれ、確か古谷先輩には番号は教えてなかったような?

 「正解。わたしとしてはササッと出て欲しかったわ。時間の無駄だから」

 こちらの疑問をヨソに、そう言う古谷先輩の声は、普段より冷たいものに聞こえる。

 今の古谷先輩は〝魔女〟という事なのだろうか?

 「それで朝早くから申し訳ないんだけど、そこに小夜がいたりしない?」

 「い、いませんよ!」

 つい、朝の夢の事もあり慌てて声が裏返る。

 「嘘は吐いていないよね?ああ、いいの。嘘は吐いていない事は最初から分かっているから。これはあくまで確認だから――」

 「――どういう事ですか?」

 意味が呑み込めず、そう尋ねる。

 それから古谷先輩はその冷たい口調のまま、まるで何事でも無いかのように、こう答えた。


 「よく聞いて、殻木田君。小夜がね、失踪したのよ。昨日の夜から――行方不明になったの」


 「――え」

 その言葉の意味が、上手く理解出来なかった。

 そうじゃない。衝撃の余り、頭が一瞬真っ白になって何も考えられなくなったのだ。

 「もう一度、言うわね。小夜の所在が知れなくなったわ。魔女のわたしにも」

 再び言葉にされた事実に頭を、心を殴りつけられる。

 どうして?

 そんな言葉しか浮かばない。

 古谷先輩の言葉が事実だとしたら、先輩は――

 ――俺の心に【セカイ】に、今まであった現実にヒビが入るような錯覚を覚えた。


 どうして、俺の大切なひと達がいつも――


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