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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
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美醜の庭 5

 「先輩、俺も加勢します!」

 「援軍感謝するわ」


 二対一と言ったラフプレイを、普段はしない山岡の真意は分からないけれど、先輩をこのままにしちゃおけん!と俺も隣りの台に座り、コインを落とす。

 こうして先程とは違う水上都市を模した対戦ステージに、四体の人型ロボが並び立った。

 黒い死神と灰色の継ぎ接ぎ騎士、朱い武者に槍と棺を持つ無骨な重騎士のような機体。

 俺と先輩のチーム、それから古谷先輩と山岡のチーム。

 俺と山岡は普段からチームを組んでプレイしている為、互いの手の内は知っている。先程の試合を見て、先輩達も互角。

 「これは……接戦になるかもしれませんね、先輩……」

 そう声を掛けると先輩は何気なく、こう返した。

 「大丈夫よ、私と殻木田くんの――お互いに心が通じ合っている者同士のコンビですもの。それに、これが私達の初めての共同作業だし。負ける訳にもいかないわ」

 ……なんすかね、その聞きようによってはゲームしているとは思えないセリフ。しかも、先輩は妙に嬉しそうだし。

 ビキビキ――先輩の言葉が向かい側の筐体にも届いたのか、火者からリアルの古谷先輩のような負のオーラを感じた。それが、膨れ上がるような音も聞こえた気がした。

 「天誅!」

 叫び声と共に火者が、これまでの戦い以上の速度で突撃してくる。

 「この声は――やはり」

 「先輩、俺が前に出ます!」

 古谷先輩は先輩の事にしか眼中に無い勢いだ。このままぶつかれば、一方的に押し負けてしまうかもしれない。グラムの肩の大剣を抜くと、火者へと突撃する。

 グラムを見た火者が振るった刀と、大剣が交差して激突する。

 二体の機体の踏み込みで、砂煙が巻き上がる。

 片手で袈裟に振り降ろされた斬撃を、両手で構えた大剣の側面で受け止める。

 重い一撃だと思った。

 格闘機である火者の一撃は、初期機体らしい貧弱さのあるグラムでは、競り負けてしまいそうな程に重かった。現に今も僅かに押されて、受け止めたままジリジリと後ずさっている。

 それでもグレードの高い大剣のお陰で、初太刀は防げた。

 「邪魔すんな!」

 すぐさま刀を引いた古谷先輩が右払いに、突きと、片手で連続斬りを繰り出す。先程に比べて重くは無いが、素早い攻撃の連続。

 その速さに反撃する事もままならないが、斬撃の角度に合わせて構える事で、これもなんとか防ぐ。それでも、突きは守りを抜けて首回りの装甲を抉った。

 「本体の割に、剣だけは頑丈かよ!」

 これまでに無い大振りの斬撃。その一撃で、大剣ごとグラムを吹き飛ばすつもりなのだろう。

 だが――ここが好機だ!

 「うおお――!」

 その大振りに対してなら、こちらも反撃の瞬間を作れる。

 これまで防御していた大剣を火者の一撃より早く、横薙ぎに放つ。

 「――甘い」

 しかしこれを自身の攻撃を中断し、身を屈めて躱す火者。更に刀を平突きに構える。

 このままでは殺られる。

 いや――躱される事も想定には入っていた。

 大剣を振るった両手の片方、左手だけを放す。そしてそのまま腕下の機関砲を向けて、散弾モードで連射する。

 「これで――!」

 「くう!」

 近距離からの射撃に火者は対応できない。破壊こそされなかったが、被弾して大きくよろける、

 「今だ――」

 大剣を上段から、両手に構え直して振り下ろす。激しい打撃音。

 この一撃で、大ダメージを受けて火者は倒れ込む。

 格闘攻撃からの射撃への、このゲーム特有の先行入力によるキャンセル行動。

 これまでの古谷先輩のプレイを見ていて、恐らく読めないだろうと踏んでの一撃。

 俺の見立てでは、今日初めてプレイした先輩と古谷先輩は同じだ。ゲームはした事はないがこれまでの現実の経験から戦い方が上手く、その上で上達も早い。

 けれど射撃の撃ち分けを多用しなかったり、こうしたゲーム特有のシステムを把握していないのは、やはり経験不足から来るものだ。

 俺の一撃が通ったのは、この差によるもの。

 ……ええ、本当にこの差だけです。

 古谷先輩の近接戦は初心者のレベルじゃないし、そもそも火者とグラムでは格闘の出の速さや威力は、火者に分があるので、もし暫く古谷先輩がこのゲームをやり込んだら勝てなくなるかもしれません。

 グラムが有利を取れるとしたら、万能機寄りのグラムの微妙なキャンセルの速さや、射撃の精度面だけでしょう!

 本当に怖い。先輩達、ふたりともマジで怖い。

 先輩の方を見れば、山岡のザルク・シュバリアーと射撃戦を繰り広げていた。

 先輩は狙撃を狙うが、山岡はランスのような槍に内蔵されたライフルの射撃と、棺のような形をしたミサイルランチャーからの爆撃を繰り返して阻害する。

 装甲の薄いナイトフロックスは、足を止める狙撃を狙って被弾すれば、大ダメージは免れない為、動き続けるしかない。

 流石は山岡。やり込みの差で、言ってしまえば先輩の〝才能〟を抑え込んでいるのだ。

 しかしゲームってある意味、凄いと思った。

 現実なら〝魔女〟である先輩達に喧嘩でも仕掛けたら、手も足も出ないだろう。でもゲーム上ならこうして、互角に戦う事も出来る。ここでは誰もが勝負の元で平等なのだ。それは、剣道にも通じる事かもしれないと思う。

 もっと俺も上手くなりたいなあ……と、ぼんやりと考えていた時だった。

 その声が聞こえたのは――


 「……よくも…やったな!」


 地獄の底から聞こえるような怨嗟の声。

 振り返れば、ダメージを負いながらも立ち上る火者の姿。

 「へ……?」

 呆気に取られて間抜けな声が出る。そして直ぐに絶句する。

 タダですらおっかない火者の、古谷先輩の暗黒のオーラが俺に向いている。

 「この感じ。お前、殻木田だろう……まあ、そうだよなあ…今日も小夜と一緒だし……」

 「あのですね……ここは、話し合いませんか?」

 あまりに怖いので、平和交渉に出てみる事にした。

 「小夜の前に、テメエからコロス!」

 火者が刀を一振りすると、その足元に波紋のように光が広がる。

 あ、これ。火者の隠し技じゃないですか~!射撃は使えなくなるけど、機動力と格闘の威力の上がるヤツ。

 なんで知ってるの?

 何、勘?勘ですか?

 「なあ、首置いてけよ、なあ!」

 再び、刀を八相に構える。

 背筋に冷たい震えが奔った。これは、ヤバい。

 「ジャア、ボクハ、ココデバイバイダヨ!」

 背中を向けて、グラムを走らせた。

 「逃げるな、行くなら逝け!」

 鬼が、鬼が追ってくる~!

 古谷先輩から逃げ回りながら山岡の方を見ると、山岡も死神のようなナイトフロックスに対して、背中を向けて走り出していた。

 有利を取っていた筈なのに、何故?

 その訳は直ぐに分かった、ナイトフロックスのサブウェポンの人魂に、狙撃ライフルを当てて跳弾で障害物越しに狙い撃つやり方で、山岡が追い詰められていた。

 いやだなあ。あれも、隠し技じゃないですか……

 「戦略的撤退!」

 「逃がさない」

 あっちも追いかけっこが始まった。


 こうして――俺と山岡は、タイムオーバーになるまで逃げ回った。


 この日、俺達は刻の涙を見た。


     ◇


 「山岡、話してくれないか?どうして古谷先輩と組んで、二対一のゲームを仕掛けたのかを……俺は山岡が、普段はそういう事はしないって知っているから……訳を聞きたいんだ……」

 そう言ってから、俺は席に座る山岡にコーヒーを置いて差し出した。

 ヤクドバーガーの天井に備え付けられた蛍光灯が、煌々と輝いて部屋を照らす中、山岡は俯いていて顔は見えない。

 「……ごめん。言い訳かもしれないけれど、本当はこんな事をするつもりじゃ無かったんだ…ただ、その色々…ショックが強すぎて、もう言われるままにそうするしか無かったというか……まさか、あの古谷先輩が……」

 山岡が両手で顔を覆う。その言葉通り、その様子からしてもダメージが大きかったのだろう。

 「そもそも……まず、どうして山岡はスイドウバシのゲーセンにいたんだ?」

 いきなり核心を問うても、言葉が出てこないかもしれないと思った俺は、その事から聞く事にした。

 「それはね……」

 一口、コーヒーを含んだ後で、山岡は事に至るまでの経緯を話始めた。


 山岡の話に寄れば、俺と先輩のいたゲーセンに来た事自体、たまたまだったらしい。

 今日は俺を含めた友達と遊ぶ予定も無く、ひとりでアキハバラを見て回った後で、空腹を覚えて食欲を満たす為にスイドウバシを訪れた。

 トンカツ屋で腹ごしらえをした後、ゲーセンに立ち寄ってみると、そこにはゲームをプレイする俺と先輩の姿を見つけたのだ。

 ――同時に、別の筐体の影から俺達を覗き見る古谷先輩の姿も。

 どういう事なのか、よくは分からないけれど俺と先輩の様子を見て、話しかけるのは野暮かと思った山岡は、アキハバラに戻ろうかとも思ったそうだ。

 そこに、声が掛かったのだ。

 「――あなたは、うちの学校の生徒さんですよね!確か、あそこでゲームをしている殻木田君と同じクラスでもありますよね!」

 振り返れば、そこには柔らかく微笑む古谷先輩。

 「あの……あなたは、あのゲームってした事ありますか……?実はわたしはした事が無くって……ゲーセンに来るのも久しぶりですし。そのよろしければ、やり方を教えて貰えませんか?」

 ペコ、と後ろに結ばれた髪とキャミソールのミニスカートの裾を揺らして、頭を下げるその姿に、山岡は肯定の言葉を返す事しか出来なかった。

 その頃、筐体では虚木先輩がプレイを始めていた。


 「その時の僕は…いつに無く舞い上がっていたんだ……うちの副生徒会長と言えば綺麗な人だし、それからいつも笑顔で、誰にでも丁寧に受け答えしてくれるって評判だから……だから、そんなひとが自分の事を知っていて、あまつさえ接点が出来るなんて思わなくて……」


 深く、重い溜息を山岡は吐く。


 「それなのに…こんな事が……」


 それから古谷先輩にゲームの操作の仕方や、機体の特性を教えたまでは良かったのだ。

 そう――問題はここから。

 虚木先輩と対戦を始めた古谷先輩が。豹変を始めたのである。

 初めて、とは思えない動きに戦い方。ここまでなら、上手いで済んだだろう。

 対戦のボルテージが上がる事に、発覚するその対戦狂(バトルジャンキー)ぶり。

 「――勝てるコツを教えてくれませんか?」

 敗北する度に、言葉は丁寧でも鋭い眼光と共に質問が飛んで来る。

 段々、何かが籠ったような独り言が増えて無表情になっていく。

 そして――その時は来る。

 「数の差って、単純な戦力差になりますよね?あなたもそう、思いませんか?」

 この言葉と古谷先輩の威圧感には、山岡は抗えなかった。

 それはゲーセンでの対戦のマナーを知らない、あまりゲーセンに訪れた事のない古谷先輩だからしてしまった事なのかもしれない。


 「うん、なるほど……大体、分かったよ。山岡も辛かったんだな……」

 「本当に、ごめんね……」

 そう言って、謝罪する山岡の心中を俺は察した。

 うん、まあ。気持ちはよく分かる。

 時々、虚木先輩が零しているし、何度も見てきたから分かるけど――古谷先輩にはそういう面がある。

 大きな屋敷のお嬢さんでありながら、フランクで笑顔を絶やさない優等生的な面と、年相応の女の子のような……それよりは激しい気もする感情的な側面。

 ――それから〝魔女〟としての冷たい側面。


 「これでまた、ひとりとあなたの猫被りがバレたわね、千鶴」

 「うっさい!」

 俺達の様子を見て、先程からいがみ合っているのは、隣の席に座る先輩方だった。先輩は杏仁豆腐を、古谷先輩はブラックのコーヒーを頼んでいた。

 「大体、なんであなたは都内に来ていたのよ」

 「それは……母様に縁のある大学教授の方へのお使いを頼まれて……わたしだって驚いたんだから!まさか、あんたと殻木田くんがイチャ付いている所に、出くわすとは思わなかったんだから!それに……」

 「それに、何かしら?それなら邪魔はいらないから、さっさと帰れば良かったのに」

 「わたしが困るのよ!生徒会副会長としては!生徒会長が、その…不純異性交遊をしてるとかいうイメージが……広まったりしたら!」

 古谷先輩が、顔を赤くして叫ぶ。

 「それこそ大きなお世話というものよ。私と、か…殻木田くんがどうなったって……あなたには関係無いじゃない」

 虚木先輩の顔も赤い。

 それから休日のヤクドナルドで、対戦を終えた後に四人で訪れた場所で、先輩達の罵倒のし合いは続く。

 なまじ二人共、容姿が整った人達なので割と目立つ。

 「厚顔生徒会長が!」

 「仮面笑顔の癖に」

 本人達は意も全く介さず、罵り合ってますが。

 「ああ、僕の中の副生徒会長のイメージがドンドン壊れていく……」

 山岡が頭を抱えていた。

 山岡、その気持ちはよく分かるよ。

 俺も、先輩に対してはそうだったから。



 二月に先輩との出会いと、怪異に遭遇した後。

 俺達は時々、街で会った時なんかはお茶するようになった。

 この頃はまだ――こう言っちゃなんだけど、先輩は俺にとっては憧れのひとだった。

 長い黒髪の似合う綺麗な容姿、物憂げな目。

 一見すれば浮世離れしていると、どこか冷たいとも取れる態度や雰囲気。

 〝魔女〟としての冷静、冷徹さを持ちながらも、本当は誰を想ったり大切に出来るひと。

 ――そんな彼女に出会えて、本当に良かったと俺は思っていた。

 だからそんな先輩と会った時はいつも、どこかガラにも無く緊張していた。

 先輩が笑い掛けてくれると、ドキドキもした。


 だが、それも確か三度目くらいには崩れたんだっけ。

 一人暮らしに慣れていなくて、つい水道料金を払い忘れてしまい止まった後で、請求章を手に街のコンビ二に払いに行った時の事だ。

 放課後で帰宅する途中の、先輩と遭遇した。

 それでその事を『セイレーン』で話すと、先輩は言った。

 「水道料金ってそういう風に払うのね、初めて知ったわ」

 「え?」

 これには驚いた。自動引き落としとかもあるけれど、割とこれが普通ではないだろうかと思っていたからだ。

 「そう言えば、私の家も一度だけ止まった事があったわね。中学の時に、父から今後の為にも自分でしてみなさい、と言われたけれど放置したのよね。払い方を知らなくて。それ以来、家政婦の山田さんがしてくれるようになったのよね」

 どういう事なのか、聞いてみると先輩は自分の家庭事情について説明してくれた。

 お母さんとは死別している事。海外にいるお父さんとは別居していて、幼い頃からマンションで飼い猫とだけ暮らしている事。時々、家政婦さんが家事をしている事。

 話を聞いていると……先輩は本当の意味で世間離れしているなあ、と思った。

 家政婦さん付きでマンションで、ペットと一人暮らし。

 古谷先輩もそうだったけれど、もしかして案外、先輩ってお嬢様だったりするのかな。

 しかも話を続けていると、定期試験の再試があって面倒くさいという話題になった。

 なんでも、魔女として夜に活動している事もあって、授業の大半は眠りこけている事で成績はあんまり芳しくないからだそうだ。

 「なんて、面倒」

 そう言って、先輩は気だるげに欠伸した。

 この頃から予感はあった。もしかして、先輩は――

 ――ええ、はい。先輩は天邪鬼で怠惰でした。

 四月に生徒会でも、仕事せず惰眠を貪る姿を見て確信しました。



 そんなに昔の事じゃないけれど、なんだか懐かしい感じがした。

 罵り合い罵倒し合う先輩達と、頭を抱え続ける山岡を尻目に思い返す。

 色々カオスな現実から、少しでも逃避出来るように。

 空は今日も青いなあ~


すいません。今回はちょと手違いで、未完の形のまま何度か掲載されてしましました。

今の形が今回の完全版です。


山岡君、無残……

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