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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
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美醜の庭 4


 「火者(かしゃ)か……」

 俺は声を洩らす。

 「カシャ?それが、あのロボットの名前なのかしら?」

 画面に映る火者を、先輩が睨む。

 「ええ。見かけ通り、近接戦に特化した機体です!射撃の火力は微妙ですが、変則的で弱いとは言い難いです!」

 「なるほど」

 先輩が答えてから、自機の狙撃ライフルを離れた所に立つ敵機に向ける――ロックオン。

 するとそれに応じるように火者も、刀の切っ先を先輩の機体に向ける。


 対戦ステージである廃墟に死神と武者の両雄――二体の機体が並び立つ。

 双方に身動きは無い。だがこうした沈黙の中にも緊張感が奔っているのを、俺は感じ取っていた。

 ――剣呑。

 電脳の世界に偽りの風が吹く。風鳴りの音と共に。

 しかし、それはどちらとも知れない鉄の巨人の上げた軋みと爆音の前に、容易く掻き消された。


 紅い武者が刀を真上に立て、肩に付けるようにして両の手で構えて疾走する。

 背部に備え付けられたブースターが激しく明滅し、その疾走の速力を更に加速させる。

 あの構えは何て言っただろう?昔、通っていた剣道の道場の、形の稽古で見た事がある。

 ――そう、八相の構えだ。

 その構えのままに、先輩の機体まで一直線に駆けて来る。一気に間合いを詰めるつもりなのだろう。

 「させない」

 先輩が敵機に向けたライフルを発砲する。乾いた音が響く。

 狙撃ライフルはゲームの仕様で、平均的なライフルよりも連射こそ出来ないが、弾速と火力に優れていた。

 高速で放たれた弾丸は、的確に火者を捉えている。

 直撃コースだ!

 しかし、火者は止まらない。最高速度の疾走のまま僅かに方向を変えて僅差で回避した。すかさず次弾を発射するが、今度はステージに点在する廃墟の裏を走り抜けた。

 先輩の機体、ナイトフロックスが放った弾が廃墟へと吸い込まれ弾痕を作る。画面に『命中』の文字は無い。廃墟を盾にされ、防がれたのだ。

 動揺する事も無く先輩は更にもう一発放つ。それも同じように対処される。

 しかも、それだけでは無い。

 廃墟を利用しながらこちらへと向かってくる敵機が、左手で日本の術者のように印を結ぶと、手から鬼火が飛び出す。それがゆっくりと、しかし確実に先輩の機体に向かってくる。

 「ちっ」

 その攻撃を避けるべく機体を走らせるが、なかなか振りきれない事を悟った先輩が舌打ちする。


 そう――火者は近接型であり、射撃は強力とは言い難い。

 しかしこうした誘導の強い物など、相手の回避を強要するものには事欠かない。

 火者の戦闘スタイルとは、こうした武器を駆使して、相手を追い詰めて得意の接近戦に持ち込む事にある。


 「なんて、面倒」

 その鬼火に対して、先輩は機体の左手を向ける。

 すると、そこから人魂のような淡い輝きの光球が出現する。

 それが鬼火とぶつかると、相殺し合い消失する。

 その光球もまた、ナイトフロックスの装備の一つ。本来は、相手に回避を強要させ、狙撃を決める為の補助武器だ。

 火者の鬼火と同質に近い武器を出す事で、撃ち落とす事を先輩は選んだのだ。

 いや、本当に先輩凄いわ。

 マジで、初回プレイでやる事じゃないぜ。

 畏敬の目でそのプレイを眺めていたが、先輩に迫る危機に気が付いた。

 鬼火を対処していた間は僅かな時間だが、ライフルの狙いは敵機から外れている。


 それは即ち――

 ――敵機の接近を許す事でもあった。


 紅い装甲を身に纏った火者が、ナイトフロックスとの距離を一足の間合いまで詰めていた。大きく刀を振りかぶると、上段から踏込に入る。

 この間合いは、非常に危険だ!

 ナイトフロックスが、狙撃を主とする機体の割には格闘戦に優れているとは言っても、装甲の薄さも相まって、近接戦を主体とした機体とやり合うには不利だ。

 「先輩!」

 思わず声を上げる。

 「――ん」

 しかし、先輩は揺らがない。

 敵機が踏み込むその前に、狙撃ライフルを大鎌(デスサイズ)モードに変形させる。そうして、逆に踏み込んだ!

 金属同士がぶつかる鈍い音が鳴る。

 刀と大鎌の柄である銃身が鍔迫り合いをして、火花を散らした。

 そこから両者共に引く事なく、刃を押し合う。

 決定的な危機に、先輩は逆に打って出る事で五分にまで持ち込んだのだ。

 しかも更に凄いのは、ここからだった。

 拮抗した鍔迫り合いの最中、ほんの僅かに〝引く〟事で、敵機の力も利用して機体を後ろに傾ける。その勢いのままにサマーサルトキックの如く、ナイトフロックスの足で敵機を蹴り上げたのだ。

 「ごめん遊ばせ」

 静かに先輩が言葉を零す。その言葉のような優雅な一撃だった。

 足技を受けて、大きくよろけた火者が後退する。

 その隙を先輩は見逃さない。バク転から着地して大鎌をライフルに戻すと、近距離で撃ち込む。それも連続で。

 敵機は避けきれない。画面の上側にレイアウトされた耐久値がみるみる減っていく。何とか一矢報いようと、再び刀を振り上げるが、その一撃は僅かに掠め、ナイトフロックスの肩の装甲を傷付けるだけだった。

 ライフルを最大出力モードにしたナイトフロックスの弾丸が、最期の決め手となり、耐久値を消失し爆散する。

 先輩の勝利だった。

 「やったわ、殻木田くん」

 「いえ、まだです。対人戦は二勝先取なので、まだ終わりません」

 こちらに振り向く先輩に答える。

 「だから、油断はしないで下さいよ」

 「ええ、分かったわ」

 再び、画面と向き合う先輩。再び対戦が始まる。

 しかしこうして見ていると、ふと思う事があった。

 一戦目では分からなかったんだけど、先輩の対戦相手は余り多くのパターンの射撃を使わない。火者には鬼火の他にも、刀から出す剣波(ソードウェーブ)という感じのものや、そこなりに連射の出来る札があるが使ってこない。それらもナイトフロックスのライフルと、同じように撃ち分けが可能なのにもかかわらずだ。

 (どういう事なんだろう……)

 射撃を使わずに、格闘に重点を置くというスタイルもあるとは思う。

 現に相手は射撃の避け方や、近接の間合いの取り方は上手い。だがその反面、射撃に関しては雑だ。

 もしかすると使わないのでは無く、他の射撃を知らないのではないかと思ってしまった。

 (うむむ……)

 自分もそうだったが、初心者の頃は射撃より格闘を振りがちになる事はままある。それは細かい撃ち方のある射撃より、格闘の方が殴るだけなので分かりやすいからだ。

 こうした戦い方は、初心者同士や動きが単純なCPUには有効だが、対人慣れした相手にはまず効かない。接近する前に射撃を使い分けられて撃ち落とされてしまうからだ。

 (こう、動きだけなら明らかに、初心者離れしてるんだけどな……)

 頭を悩ませていると、試合の方が終わる。

 多少、ダメージを負ったが先輩の勝利だ。

 「これで、終わりね」

 先輩がふぅ、と溜息を吐く。

 「お疲れ様です、先輩!いやあ、初めてとは思えない戦いぶりでした!」

 「そう。私としてはまあ、なんとかという所かしら。機体が思った通りに動いてくれたというか」

 「先輩と、その機体の相性が良かったのかもしれませんね!」

 「自分で気にいって選んだものだから、そうだといいわね。それにしても、この対戦相手の感じは何処となく――」

 勝利したというのに、先輩は冷静だ。

 喜んでいない訳じゃないんだろうけど、やはり戦い慣れした雰囲気があって物静かだし、終っても余韻に浸る事も無く、直ぐに戦いを振り返っている。


 「未確認機、出現!」


 そのメッセージと共に、再び現れたのは――先程と同じ火者だった。

 「またなのね。なんて面倒」

 先輩が深く溜息を吐く。

 もしかすると同じ機体を使用しているだけで、別のプレイヤーかとも思ったけれど先程と動きが良く似ていた。

 どうやらリベンジマッチという事らしい。

 今回の戦いは、結果から言えば先輩が再び勝利した。

 ただ、かなりの僅差で。

 前回に比べて射撃も多く使ってきたし、近接戦も更に鋭かった。

 刀と大鎌の斬り合いは、特に壮絶だった。

 このゲームに於いて、一撃大破のハイリスクハイリターンを抱える接近戦で、瞬きひとつ許されない攻防が展開された。

 連続で斬り返される刃同士が、閃光を空に描きぶつかり合い、幾度も火花を散らす。

 先輩が勝てたのは、流れに上手く乗れた事もあるのだろう。まさに紙一重。

 それにしても、この相手の雰囲気は俺も何となく覚えがあった。そもそも火と刀、紅のイメージ――いつぞやの魔法少女の事を思い出した。

 本当はマナー違反なんだけど、対戦相手が気になって、向かいあった筐体の反対側を覗いてみる。


 ――そこにいたのは、悪鬼の如き形相で画面を見つめる古谷先輩だった。


 「ああまどろっこしい何なのかしらこのいま一つ思う通りに動けない感じ邪魔だし本当に邪魔だし所詮二次元かハードを介している弊害か――」


 (怖いよう!)

 遠巻きから見ていても、そう思った。

 先輩に二連続で敗北した為か、絶対零度のオーラというか、暗黒のオーラというか、そういうモノを纏っていた。しかも何かブツブツ呟いているし。

 後ろで結われた髪に、夏らしいフリルの付いた半袖のブラウスに、短い丈のスカート付きの赤いキャミソールの格好。先輩と劣らないくらいに整った容姿の、古谷先輩には似合っていた。

 兎も角にも、そんな容姿端麗さも打ち消してしまうくらいにヤバい雰囲気であった。

 しかも何故かその隣には、天井を見上げて放心している山岡がいるし。

 取りあえず先輩の元に戻ると、先輩は先輩で達観した顔で画面を見つめていた。

 「何かあったんですか?」

 「ええ。人間って汚いわね、元から綺麗だとは思っていないけど。けれど、これは」

 俺も画面を見ると再三度、乱入されていた。

 それだけならまあ、ゲーセンじゃある話だ。


 問題は敵機が二体――そう、二対一で先輩は孤立無援だったのである。


 「アーメン」

 俺は十字を切った。

 一体は変わらずの火者。

 もう一体は標準機体よりも厚い装甲を纏って、槍と肩に棺を装備した――山岡の機体『ザルク・シュバリアー』じゃん!

 目の前がまっしろになりそうだった。

 全く、本当に訳が分からないよ☆


もう少しバトルは続きます。

二対一はマナー違反だから、しちゃダメだぞ☆


紅い魔法少女に関しては、外伝「魔法少女マジカルサヨ☆りん」をご参照下さい(笑)

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