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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
美醜の庭
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美醜の庭 3


     3


 「頂きます」

 先輩がカウンターに並べられた付け汁と、麺を前に手を合わせる。

 箸を取ると、麺を汁に付けて食していく。

 「……」

 言葉無く、無心で食べ続ける先輩。美味しいと感じるものを食べ始めると、いつもそんな風になる。

 それを見て、オモテサンドウから、スイドウバシのつけ麺店まで来て正解だったと思った。


 オモテサンドウで先輩と話していた男との間に、何があったかは分からない。

 ただ先輩は俺の腕を抱きながら、借りてきた黒猫みたいにずっと静かに不機嫌そうにしていたので、早く機嫌を直して欲しかった。

 本当は、事前に調べたオモテサンドウのラーメン屋でご飯という計画もあったんだけど、妙なイザコザがあった場所で食べるのもどうかと思い、予定を変更する事にしたのだ。


 服に汁が飛び散らないように気を配りながらも、夢中で食べる先輩を見ながら俺もつけ麺を食べた。

 冷房が効いている室内とはいえ、今は夏である。普通のラーメンも美味しいけれど、こうしてさっぱりと食べられるつけ麺も良い。

 ゴマ汁をベースにした汁の中の、チャーシュウや野菜と麺を一緒に食べる。

 美味い。

 替え玉を頼む為に、具を食べるのは程々にするとしよう!



 「今日のラーメンも美味しかったわ」

 昼食を食べ終えた後、俺と先輩はスイドウバシの街中を歩きながら話す。

 「それなら、良かったです!それにしても先輩も、すっかりラーメン好きになっちゃいましたね!」

 「そうかもしれないわね、殻木田くんに色々なラーメン屋に連れていって貰ったし。でも、今回は少し不思議だった。どうして、都内のお店も知っていたの?あまり、都内に来ている様子は無いのに」

 「それはですね……」

 その経緯を先輩に話す。

 最近、山岡と遊ぶ時にはゲームの対戦の為に、沢山のプレイヤーの集まるアキバに来ている事。その際にご飯を食べるのは、付近に大学が多く、量の割に値段の安いスイドウバシを訪れている事などを。

 「そういう事だったのね」

 「はい」

 「つまり私と休日を過ごしていない時は、山岡君と男同士でデートしているのね」

 その言葉にズコー!と、音を出してコケそうになった。

 それはないわー!本当にないわー!

 「勿論、冗談よ。私とこうしているのに、殻木田くんにそんなシュミがあるとは思えないし」

 先輩が笑っている。

 「本当ですよ!」

 俺は言い返す。

 「それで、彼は元気にしてる?」

 「はい……」

 先輩の質問に答える。

 その言葉の意味は、多分重い。


 一か月程前に――ずっと続けてきた剣道の事で、山岡は思い詰めて〝怪異〟を引き起こした。

 それを俺の頼みで〝刈り取った〟のは、魔女である先輩だ。

 先輩なりにその後の事を、気にしての質問なのだろう。


 「その……山岡は元気にしてます!剣道は止めてしまったけど最近は、自分で小説書いたりもしているみたいで、新しい夢を追っているんだと思うんです!」

 「それなら良かったわ」

 先輩は、安心したように息を吐いた。


 物憂げで、浮世離れした雰囲気の先輩は――魔女だ。

 しかも、そんな魔女のしている事はこの【セカイ】には必要な事とは言え、ひとを害する事でもある。

  ひとが引き起こす〝怪異〟を刈り取られる事は、そのひとの記憶を、記憶が形成する人格を無くす事に等しいからだ。

 ひとのこころを殺すという事。

 それでも、先輩は優しい。

 何よりひととして〝優しく〟いたいとも思っているんだと思う。

 それは弱さ、あるいは脆さなのかもしれない。


 俺は――そんな先輩が、どうしようもないくらいに好きだった。


 「先輩、どこか行きたい所とかありますか?近くに、水族館や遊園地があるドームシティもありますけど」

 歩きながらも、繋いでいる手を引く。

 先輩ともっと一緒にいたいから。もっと思い出が欲しいから。

 ……まあ、あんまりお金は無いから遊園地は、軽く予算をオーバーするので厳しいんだけどね。

 「なら、山岡君と行っているゲームセンターに連れていって欲しいかしら。普段、どんなゲームをしているのか気になるから」

 そう言って、先輩は俺の手を握り返した。


     ◇


 ゲームセンター、略してゲーセン。

 そこは草臥(くたび)れた男達の戦場。

 薄暗い店内にはタバコの匂いと、筐体から零れる光。有限たる時間と、コインを無為に落とし消費していく空間。そこに意味は無く、故に無意味であった。

 しかし――俺達は足繁く通うのだ。

 筐体の奥の世界に魅せられて、あるいは安い勝利に、敗北に焦がれて。

 唯々、生産性の無い遊戯に酔いしれるのだ。

 それでも、それ故に――俺達は、俺達はこの空間では自由なのだ!

 さあ、吐き出してみせろ!己の虚無の全てを!

 それだけが、俺達を繋ぐ縁なのだから!



 「殻木田君、何をさっきから苦い顔をしているのよ。まるで、どこぞのコーヒーでも飲んでいるみたいな」

 「え……ああ、すいません。この場所に来ると、いつも変なテロップが頭に思い浮かぶんですよね。どうしてなのか分からないんですが」

 「そうなの」

 怪訝そうな顔で俺を見る先輩。

 どうやら先輩は、そんな事は無いようだ。

 「あの、本当に良かったんですか……?確かに連れてきたのは、俺なんですが…その、あんまりデートには向いている場所とは思えませんし……」


 俺と先輩はスイドウバシにあるゲームセンター『スカイ』に来ていた。

 『スカイ』は昔ながらのゲーセンで、アミューズメントパークなどの施設に併設されているものとは違い正直、小綺麗な所とは言い難い。

 俺と山岡のような男同士なら兎も角、女性である先輩は些か浮いていた。

 現に、所狭しと筐体の並べられた薄暗い店内には、先輩以外の女性は見当たらない。

 いるのは、大学生やスーツを着た大人ばかりだ。


 「いいのよ、私が来たいといった訳だし。それより、案内して」

 「はい」

 そう言われて、俺は先輩と階段を登り二階へと上がっていった。

 二階の部屋の一角にある数台の筐体。

 その画面に映るのはスポーツカーのように、明るい色に配色され、画面を疾走するロボット達。

 前に山岡としていた物と似ているが、それとは違う物でこれは『your enemies』というタイトルのゲームだった。

 「これですね」

 「ロボット同士が戦うゲームなのね。やっぱり、殻木田くんも男の子なのね。部屋にも人形が飾ってあったし」

 暫く画面も見つめてから、先輩は言った。

 「子どもぽいですかね?」

 「別にいいと思うわ。個人的には何にも趣味が無いよりは、好感が持てるから。それに何か熱中できえるものがある方が、人生ずっと面白く生きられそうな気がするし」

 「まあ、先輩がそういうなら――どんなゲームか、これからやって見せますね」

 先輩が頷くのを見てから、俺は筐体に備え付けられた席に座ると、コインを落としてから携帯を翳す。


 「こちらのデータで始めますか?」


 するとゲーム画面に、軍服を来た女の子と『はい』か『いいえ』選択肢が出て来る。これを『はい』と選ぶと、画面が一体の人型ロボットが立っている格納庫に移る。

 「これが、殻木田くんのロボット?そこの紹介イラストに無い機体ね」

 「はい!『グラム』っていいます!このゲームはデフォルトで使える機体もありますが、ネットのサイトを通じて自分のオリジナルの機体を組む事も出来るんですよ!」

 近くの壁に貼られたインストを眺めていた先輩の質問に答える。

 「自分で作った、自分だけのモノなのね。確かにこれは、夢中になる男の人も沢山いそうね。ただ……」

 「……何か気になる所が?」

 しばし、俺の愛機を見つめた先輩はこう言った。

 「殻木田くんのロボットって、あんまり強くなさそうというか、高級そうに見えないわね。色も灰色がメインで、地味な事もあるとは思うけど。その分、肩の大剣だけが際立っているというか」

 「――否定はしません」

 実際、先輩の指摘は正しい。

 このゲーム、プレイした回数や対戦成績、更には課金で得られるゲーム内通貨で機体を強化したり、武器やパーツを入手する事が出来る。

 俺はまだ、始めたばかりで課金してない(そのお金も無い)事もあって、無料で貰える初期機体に経験者である山岡から譲って貰ったパーツを幾つか付けただけだったりする。

 それでも、スタートキャンペーンで引けたガチャのお陰で剣だけは良いものが出たので、それを持たせている。

 全体的に細身の外見。少しだけ非対象に足された追加装甲。継ぎ接ぎの見た目。そこに、それだけが取って付けられたような印象の大剣。

 弾幕飛び交う中で、接近戦を狙う機体ではあるけれど、それには装甲は薄く――アンバランスな性能だが、自機『グラム』には愛着はあった。

 一応、自分なりには剣を扱う騎士に見えるように、後頭部にアンテナを足したりはしたんだけど、やはり貧弱な印象は拭えない。

 「けれど、どこかあなたらしくていいと思うわ。いい意味で」

 先輩の言葉には、からかう感じは無かった。

 「取りあえず、ゲーム始めますね!」

 格納庫で『出撃』のコマンドを選ぶと、出撃シーンを挟んでから、ステージ説明のブリーフィングになる。

 そこからは――CPUが操る機体との戦いになる。


 「行きます!」


 肩の大剣を抜いて振い、あるいは左腕の下部に付けられた機関砲の射撃で戦い、敵機を倒していく。

 これを七戦ほど続けると、ラスボスである大型ボスが現れる。格闘が効かない為、主に射撃で戦う相手であり、機関砲以外の大した射撃武器の無い『グラム』では苦戦する相手だが、何とか倒す事が出来た。


 「クリア、おめでとう」

 ボスを倒した後に流れるムービーを見ながら、先輩が小さく拍手してくれる。

 「最後は結構、危なかったですけど何とかなりました!」

 「見ていた私もハラハラしたわ。右、右から攻撃が来るわよ、避けて――という感じに。結構、面白そうね」

 「試しにやってみますか?」

 そう聞いてみると、先輩は頷いた。

 「ええ、是非」

 そう言う彼女は好戦的な、それでいて不敵な笑みを浮かべた。

 俺と交代で席に座った先輩が、ゲームを始める。

 機体選択画面に移ると、そこには何体かのデフォルトの機体が並ぶ。

 カーソルを動かして、映し出される機体の全体像を先輩は眺めていくが、なかなか定まらない。

 「殻木田くん、どれにしたらいいのかしら。お勧めはある?」

 「この辺りとか、どうですかね……?」

 「なんとも言えないわ」

 初心者にオススメのバランスのいい機体に、カーソルを合わせてみるが、イマイチしっくりこないらしい。

 けれど先輩なりに探していく内に、一体の機体の所でカーソルが止まった。

 「これにするわ」

 「ソイツですか……」

 先輩が選んだのは『ナイトフロックス』という機体だ。

 外見は黒く、ロボットながら頭や肩の装甲の形状から、まるでフード付きのマントを纏っているように見える。主な装備は大鎌にもなる狙撃ライフルだ。

 さながら死神のようなその機体の強みは、遠距離からの狙撃だ。上手く嵌まれば、相手に何もさせずに勝つ事も可能である。しかし反面、装甲は薄く、被弾すればアッという間に堕ちるという脆さが弱点となっている。

 これらの特徴から、上級者向きとされている機体であった。

 「どうかしら?」

 「うん。取り敢えず、先輩が気に入った機体で始めるのが一番だと思います」

 「それなら」

 先輩がプレイを始める。

 やはり初めである事もあって、動かし方はぎこちない。それでも俺のプレイを見ていた事もあってか、CPUとの戦いを重ねる内に徐々に滑らかになっていく。

 ぶっちゃけて言えば――むしろ、先輩は上手い。上達がかなり早いのだ。

 最初の頃はその装甲の薄さや、狙撃ライフルは連射が効かず、敵に接近されやすい事も相まって苦戦していた。

 しかしすぐに機体の特性が生かせるように、距離を離してから正確に射撃を狙うようになった。

 しかもですよ。その戦い方の癖に先輩はここぞという時には格闘も振る、ほぼトドメに。

 『ナイトフロックス』は格闘も強いのだが、普通はあまり狙わない。格闘を振るのは、基本的に狙撃中心の機体なので近距離の自衛程度だ。

 だが、先輩は振る。

 狙撃で削った相手を更に追い詰めるように、プレッシャーを掛けているようにも見えた。そうして逃げられても、狙撃ライフルで追撃を掛けて堕していく。

 腕の上がり具合もあるが、何というか『戦い方』が上手いのだ。

 あれかね。武器もそうだけど〝魔女〟としての経験が強く活かされているんですかね?

 多くのアーケードゲームがそうであるように、このゲームも乱入機能はあるが、今は人はいない。このままなら、初プレイで全面クリアしちゃうんじゃないですかね?

 まあ……僕は暫く掛かったけどね!

 先輩、なんて恐ろしい子!

 そんな時だった。警告音と共に、そのメッセージが画面に現れたのは。


 「未確認機、出現!」


 これは乱入の合図だ!

 「初心者相手でも見境いが無いのね」

 先輩が目を細めながら、髪を掻き上げる。

 「さあ、相手はどんなヤツかしら」

 その声色に焦りや、怖さは感じなかった。

 限りなくいつもの先輩である。

 本当に、あなたは今日始めた初心者ですか?

 相手の機体が、対戦ステージに降り立つ。


 その機体は――朱い鎧を身に纏い、一振りの刀を持つ武者の如き機体だった。


朱い機体、刀、これはつまり……そうです、あのお方です。

次回、本編初のふたりの直接対決です(笑)

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