美醜の庭 2
2
「君は美しいな――」
私――虚木小夜がその男に声を掛けられたのは、殻木田くんの所へと戻る途中での事だった。
声がした方を振り向けば、ひとりの男が私を見て微笑んでいた。
白いワイシャツとジーンズを着た長身の男の顔は、随分と美形だった。
「はあ、そうですか」
気の無い返事を返す。
モデルのように整っていて、身長も高い――そんな男から甘いマスクで、褒め言葉の一つでも貰えば、ときめく女性だっているかもしない。少なくとも悪い気はしないだろう。
だとしても、私には関係ない。興味ない。
「いやはや、君のような若いお嬢さんにまで作品を、見てもらえて光栄だと思って、声を掛けさせて頂いたんだよ。自分は先程、足を運んでもらったギャラリーの展示作品を手掛けた者でね――上代啓二というんだ」
自分の名を名乗った男が、少しずつ私に近づいて来る。
「ああ、なるほどね」
そう言われて気が付く。この男は、先程の美術館で見たパネルに載っていた顔と同じだった。あの時、この男もあの場にいて私達を見ていたのだろう。
つまりコイツが、あの気味の悪い作品群の制作者という事か。
気味が悪い――というよりも不気味、という言葉が合うと思った。
それは製作物だけではない。こうして直接会うと、より感じる。
〝怪異〟にも似た傾いだ感じを――
私はこの男に対して、警戒心を強める。
まあ、それ以前にコイツには、まず好感は抱けない。
製作物と同じように、生理的な嫌悪感しか感じない。
先程から笑ってはいるが、私の身体を、頭からつま先まで舐め回すような視線で見ているからだ。特に胸の辺りで、よく視線が止まる。
「それで、そんな芸術家様が私になんの御用ですか?」
近づいて来る男を、牽制の意味も込めて睨み付ける。
「そうだね。直接会って話をしたいと思ったんだ。作品の感想などを聞きたいからね。もしよければ、少し時間を貰えるだろうか?」
男は私の視線を受けても、態度を変えない。
それは鈍感だからなのか、それともこうして女性に声を掛ける事に慣れているのか。
私は後者だと感じた。
「生憎ですが、ひとを待たせてまして。それからあなたの作品に対する感想なら、ここで直ぐに言えます。平たく言って最低でした。非常に不気味でした。嫌悪感を感じました。私のシュミではありません、あなたも含めて――」
「これは、これは。ハハ、ハハハ――!」
私に近づく足を止めて、男は笑った。腹を抱えんばかりの勢いで。
何が可笑しかったのか、私には理解出来ない。
「いやいや突然、笑い出して済まなかった。面と向かって、そこまで言われたのは初めてでね。大概、自分の容姿を見て、肩書を知れば真実の事は言わず、美辞麗句を並べるものでね」
ひとしきり男は笑った後で言った。
「これはやはり、君は私が見込んだ通りだ。実に〝美しい〟ますます気に入った――」
「そうですか。では、私はそろそろ行きますね。さよなら」
こんな男に気に入られた所で、私には一文の得にもならない。
早く殻木田くんの元に戻りたくて、背を向けて立ち去ろうとした。
その時だった。その言葉が男の口から出たのは。
「――君は〝美しい〟が、それだけが非常に残念だ。あんな凡庸なガキと恋して、イチャついている辺りが」
「何を言って――」
私の事だけじゃない、殻木田くんの事も言われて頭にきた。
その言葉に対して、言い返してやろうと振り向くと男は、私を見ながら言葉を続けた。
「君は、もうあのガキとヤッたのか?大して女慣れもしてなさそうなガキの、下手糞な行為に感じて喘いで、快楽を覚えたてのサルみたいに腰を振られて、愛着でも深めているのか?いやいや、あの様子だとせいぜい今の所、キスも恥じらう程度かな?」
男は嗤っていた。
「――このヤロウ」
カッと胸に激しい怒りを覚えた。この男に私達の何が分かるというのだ。
拳を強く握る。頭に血が上って、今すぐにでもその顔を殴り飛ばしてしましたい衝動に駆られながらも抑えた。
ただただ、冷静にどうしてくれようかと考え続けた。
それでも男は嗤いながら言った。
「まあいい、近く君は自分のモノになるのだから。そうだな――『君は僕と出会う。今日の夜、君の街の街外れの公園で』」
「――」
一瞬、何か意識に違和感を覚えた。
まるで頭の中に直接、言葉を押し込まれるような感触。
いや――気の所為か。
それよりも戯言をホザく男への怒りの方が、頭を占めた。
いっそ殴るよか、頭飛ばすか。魔法でスパンと。
それくらい、その言葉通り――二度と顔も見たくもないと思った。
「先輩……?」
不意に聞こえた殻木田くんの声が、見ればそこにある彼の姿が本当の意味で私の頭を冷ます。
こんなヤツに、怒りの感情ひとつでもくれてやる必要はない。
わざわざ、不愉快な思いを深くする必要は無い。
「殻木田くん、行きましょう――」
彼の手を取って、身体を寄せると歩き出す。
殻木田くんも、この場の雰囲気を感じたのか、何も言わずに付いてきてくれる。
私は立ち去る――
――後ろから男の視線が嗤っている事を感じながら。
一秒でも早く、あのクソ野郎の事を忘れる事だけを考えた。
いっそ、自分の作品で頭打って、お陀仏にならないかしら。
そんな事を本気で考えた。
自作の木村君よりヒデブ……




