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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
古谷千鶴の事件簿 1 恋獄迷宮
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恋獄迷宮 13


 適度に切られたカードの束を、彼女が差し出します。

 「――それでは、カードを上から一枚引いて下さい」

 「で、でも……」

 私はカードの束に手を伸ばし掛けて、躊躇いました。

 彼女の言葉の意図を測りかねていたからです。

 そんな私に対して、彼女は言います。

 「言葉の意味は、引いてみれば分かるかもしれませんよ――」

 唇に指を当てながら。

 「……」

 少し逡巡してから私は、意を決してカードを引いて表にします。

 そのカードの絵柄は――


 「――〝吊るされた人〟の正位置」


 木に足を縛られ、吊るされた男の人が示されています。

 カードを手に取って見つめると、一度目を閉じてから境さんは言いました。


 「このカードの意味する所は苦境や忍耐、試練や抑制。これは逆位置の徒労や自暴自棄、欲望の解放とは逆を意味はしているんですが……」


 そこで一度、彼女はバツが悪そうに頭を搔きました。


 「〝吊るされた人〟の逆位置って少し解釈が分かれるんですよね~。忍耐からの解放や成功。絵によっては首にも縄が架っていて、正位置とそれほど意味が変わらない事もあるんですよ」


 面倒なものです、そう言ってから彼女は言葉を続けました。


 「ただ、このカードから見える〝今〟の遠野先輩は、やはり何か厄介事を抱えているようですね。それも、どの選択肢を選んでいいか分からないような。そういう意味では、その事に囚われているように見えても実際は〝迷子〟のようなものなのかもしれませんね。正しい答えが分からない訳ですから」


 境さんが一度、私の顔を見つめてから言います。


 「さて――そんな風に先輩を苦しめているモノは、何なのでしょうか?」


 彼女がカードの束の上のカードを捲ります。


 「――〝恋人〟の逆位置。その意味は誘惑、それから不道徳、背徳的」


 「あ……」

 その言葉に私の背筋が震えました。

 背徳的(インモラル)――ああ、古谷さんにも言われた言葉でした。

 「つまり、これは――」

 「や、待って……」

 私は境さんが紡ごうとしている言葉を止めてしまいたかった。

 その先を私は知っているからです。

 私の胸が引き裂かれんばかりの痛みを覚えました。


 私のココロは――秘めている秘密は、ふたりもの人間に暴かれてしまうのでしょうか?

 その秘密を暴いた彼女は、境さんはどんな目で私を見るんだろうか?

 その事を考えるだけで恐ろしかったのです。

 でも、彼女は言いました。

 私の耳元でこう囁いたのです――


 「――誰にも言えない、口には出せない恋をしていらしているのですね」


 その声は私を咎めるようなものではなく、やんわりと受け止めるようなものでした。

 「えっ……」

 境さんの顔を見る。

 彼女は、私を見て柔らかく笑っていました。

 「どうして……」

 咎められると思った。

 軽蔑されると思った。

 好奇の目で見られると思った。

 そんな私をヨソに、境さんは笑いながら言います。

 「先輩、これはアクマで占いですよ。別に必ずしもカードが意味する事が、全てが真実である訳ではありませんし。それに例え事実でも、ふたみはその事で遠野先輩を咎めたりはしません」

 彼女が続けます。

 「私が思うに、占い師はどんな事に対しても中立でいないといけませんからね~。そうでなければ、占いは独断や偏見に成り果ててしまいますから。それにふたみはこうも思うんですよ、どんな想いだって、願いだって抱く事はきっと自由なんだって。例え、それが後ろめたい事であっても」

 「そうなの…かな……」

 私は自信なんか持てない。自分の想いが正しいなんて思えないのです。

 けれど境さんは、こうも答えました。


 「遠野先輩、ふたみは〝想い〟ってとても大事なものだと思うんですよ!私達は動物ではなく人間です。だから色々な悩みを抱く。けれど、それらに対して何かしらの答えを出すのもやはり〝想い〟だと思うんです!」


 そこで彼女が、ひとつの詩を諳んじるのでした。



 悠久の時の中を逝くように

 安寧たる黄金の日差しの中を漂う

 幼い手が握る舵は、頼りなく揺らめき

 行く先を示す羅針盤は、さざめいた波のようで

 ただ、ただ途方に暮れるばかり



 その詩を、私は知っていました。

 読み掛け小説『不思議の国のアリス』のものだったのです。

 「境さんも、読んでたんだ……」

 「ええ、それは勿論!女の子ならば一度はアリスに触れるものですし、ふたみ的には女の子はみんな、心の中にアリスが住んでいると思ってますから!」

 そう楽しげに、境さんは話します。

 そして、彼女は言いました。


 「〝想い〟とはこのアリスの詩のように、あるいは彼女の午後の眠りの中で見た夢のように、形が無く曖昧で不確実なものかもしれません。けれど、やはり存在するものなんです。だから、こうして同じく曖昧で不確実な占いがひとには必要な事もあるんだと思います」


 「境さんは、しっかりしてるんだね……」

 彼女の受け答えを聞いていて思いました。

 境さんは占いに対して、キチンとした考えを持っているようです。

 これまで何となく生きてきて、今はこうして悩んでいるばかりの私とは違うんだと思ってしまいました。

 「いえいえ、そんな事はありませんよ――」

 境さんは笑います。


 「――ええ、本当に」


 この事で、私は彼女が最初に〝嗤って〟いた事をいつしか忘れてしまっていたのです。

 「さて、最後に〝未来〟を暗示するカードを見てみましょうか――」

 もう一枚のカードをふたみさんが捲ります。


 「――最後のカードは〝審判〟の正位置ですね。意味は再生や結果ですね」


 そのカードには世界に対して、ラッパを吹く天使が描かれています。

 これまでのカードとは違い、どこか良いもののように私には見えました。

 「どう…なのかな……」

 尋ねてみます。

 境さんは笑って答えました。


 「ええ、いいカードですね。先輩の想いが何かしらの形で実を結ぶみたいです!どういう〝結果〟であっても。だから先輩、自信を持っちゃって下さい!ただ、それには……」


 彼女がここで、少し勿体ぶったように言葉を切りました。

 「……それには?」

 私は言葉の続きが聞きたくてねだります。


 「遠野先輩が〝今〟の状態に対して、何か〝明確〟な答えを持つ必要があるかもしれません。先程のふたみの持論では無いですが、迷いを抜けるにはその事が一番かもしれません。先輩の〝望み〟はなんですか――」


 「私の望み……」

 目を閉じて考えてみます。

 この恋が叶う事、それも誰も傷付かない形で。

 でも、そんな事は在りえない事で。

 それなら、いっそこの想いを綺麗に忘れてしまう事?

 私だけが傷付く形で。

 それが一番の形なのかもしれません、時間を掛けて忘れていく事が。

 でも、この想いはそれほど軽いものなのでしょうか?


 ああ――わたしの想いは悩む。

 迷い続ける。

 それでも形を成していく。

 境さん言葉を借りて――どんな想いも抱くだけならば自由な筈だから。


 わたし、私の〝望み〟は――

 ――それは確かに在りえない事かもしれないけれど、でも。


 「〝望み〟は決まりましたか――?」

 境さんの声に私は頷いて目を開けます。

 「それなら良かったです!」


     ◇


 「境さん、今日はありがとうございました!」

 占いが終わった後で、私は頭を下げました。

 「いえいえ、そんなお礼だなんていいですよ。ふたみが好きでした事ですから~」

 彼女が手を振りながら謙遜します。

 「でも、境さんのお陰で自分の〝望み〟が分かった気がするから!」

 この事はとても大きい事でした。

 どんな事であれ、この事で胸の中が少し軽くなったように思えたからです。

 「それなら良かったです!あ、それから――」

 指を唇に当てて、秘密事を塞ぐようにして境さんは言いました。


 「先程も言いましたが、占いはアクマで占いです。どんなモノでもそうですが、その受け取り方に寄って、どうとでも解釈できるものです。それをお忘れ無きよう――」


 私は頷きました。

 けれど本当は、きっとその時は、その意味を分かっていなかったのかもしれません。

 「遠野先輩、ふたみはそろそろ、お(おいとま)したいと思います!」

 そう言ってから去って行こうとした彼女に対して、私ふと思った事を最後に聞いてみる事にしました。


 「あの境さん、最後に聞いてもいいかな?」

 「はいはい、何でしょう?」

 「今日、学校は休みだけど、どうして制服を着て登校したの?何か用事があったの?」

 こんな事を聞いてしまったのは私が制服も着ずに、何の目的も持たずにココに来てしまったからなのかもしれません。

 振り返りながら、笑いながら境さんは答えました。


 「いや、実は用事という用事は無いです。ただ、(ふたみ)は学校と制服が好きなんですよ。これが(ふたみ)にとっての一番の分かりやすい属性(パーソナリティ)なので――」


 「はあ……」

 イマイチどういう事なのかは分からないけれど、何となく可笑しな境さんらしかった。


 「それでは、〝今〟の先輩――ごきげんよう!先輩に素敵な〝未来〟が訪れる事を心から祈っていますから!」


 そうして、今度こそ境さんは去っていきました。

 夏の学校のグランドに影を刻みながら。

 その時、学校の時計が鳴りました。


 ――まるで、物語の始まりを告げるアリスの白ウサギの時計のように。


     ◇


 占いを終えた後、夏の日差しの下を制服姿で歩く境ふたみは嗤う。

 グランドに響く鐘の音を聴きながら。

 ああ――これで望みが叶う。

 〝誰に〟とっても望む形で。


 「古谷先輩。あなたの望みも、もう少しで叶います――」


 誰にという訳でもなく、彼女は呟く。


 「皆様、大変長らくお待たせしました。これより最終幕を始めたいと思います。どなた様もお見逃しの無いように――」


 その唇は、どうしようもなく歪んでいた。

 背徳的は恋には〝審判〟が、もう少しで降るのだから。

 降すのは――この【セカイ】の理を司る朱い魔女だ。


いよいよ最終幕へと進みます。

遠野さんの抱いた〝望み〟とは?それは、本当に叶わないものなのか?

このひとの想いを、叶えてしまう【セカイ】で。


そして、暗躍する境ふたみ。彼女はまだ底知れず。

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