恋獄迷宮 7
◇
放課後といえども夏を迎えた季節の日は、まだ高く青々とした光が窓から差し込む。
窓枠の形の光の中で彼女――境さんはカードを切る。
縦に、横に、上に、下に。あるい反転させて何度も、何度も。
彼女の手さばきは慣れたもので、カードを零す事なく満遍なく混ぜていく。
そんな様子をわたしは、机に頬杖をついて見ていた。
「先輩。なんか、やさぐれてませんか~?」
「いえ、別に。単に、自分の周囲の人間に対する洞察力の足りなさを恥じているだけだから。境さんって案外、強引だったのね……」
「そうですか?ふたみは友達からは、ファミレスのフライドポテトみたいな安定感がある、と定評がありますが」
境さんがやんわりと微笑む。
その表情からは何を考えているか、イマイチ読み取れない。
本当かよ。
ファミレスのフライドポテトのみたいに、どこの店でも同じような味、とはわたしには思えない。むしろ食べるまで分からない百味ビーンズのように思う。
さっきだってそうだった。お詫びと言って、占いを迫る彼女に拒否を突き付けたのだが――
「先輩は償いすらさせてくれない方なのですね。綺麗なお顔をしながらも冷酷無慈悲な方なのですね。鬼ですか?魔女ですか?ふたみ、泣いちゃいそう。よよよ……」
――と、妙な泣き落としを始めたのでわたしが折れたのだ。
それなりにウザかったからだ。
わたしはカードを切る様子を見ながら、彼女について思い返す。
境ふたみ――白亜学園一年にして生徒会書記。容姿は整っているが、目立つ方では無い。生活態度は良好で、成績もそれなり。部活には所属していない。
有体。言うなれば普通。特に取り立てる所は無い。
生徒会に於いても、そつなく与えられた仕事をこなしているだけ。
強いて言えば、学内では女子生徒の中で占いをして欲しい生徒として評判があった。彼女の占いは良く当たるらしい。ただ、彼女が自発的に占う事は稀であるそうだ。なんでも気に入った相手を占う事が殆どのようだ。
つまりわたしは、彼女に気に入れられたという事なのだろうか?
わたしの何が、彼女の目に止まったのだろうか?
先程の発言もそうだが、一見すれば穏やかな素顔の下では、何を考えているのだろう?
境ふたみには本人も預かり知れない所に秘密がある事を、魔女であるわたしは知っている。
彼女は――かつて〝怪異〟として記憶を〝刈り取り〟された人間だ。
その事を本人が覚えている筈は無いのだが。
「――それでは先輩、カードを上から一枚引いて下さい」
カードを切り終えた彼女が差し出す。
彼女の目を見ながら、わたしはカードを引いて表にする。
そのカードの絵柄は――
「――〝皇帝〟の逆位置」
王座に座った王が逆さで示されている。
境さんが、そのカードを手に取り見つめる。
その目が一度――何かを悟るように閉じられる。
その姿は、そこから〝魔女〟として感じるものは妙たるものだった。
彼女には見ているのだろうか。他のひとには見えない何かが。
静謐な雰囲気――淀み、汚れ、穢れ。あるいは清浄、透過、清新。
そうした世界の空気や、流れの〝境〟にも〝外〟いるようにも見えた。
ひとから浮き出た者――それは見方を変えれば、彼女もまた〝怪異〟であるとも言えた。
境さんが目を開ける。そうして、わたしを見て言った。
「このカードの意味する所は未熟や横暴、傲慢や独断。これは正位置である意味、支配や安定、権威や責任感とは逆を意味しています」
わたしは頷く。その辺りの事はタロットに触れた事のある人間なら、大抵知っている事だ。
そこから、彼女は告げた。
「ここから〝今〟の先輩に見えるものは――そうですね。ある〝立場〟に立つが故に抱いた傲慢や独断。これは、偏見とも言えるかもしれません。それが横暴さや未熟さに繋がっているとも。それから、こうしたモノを抱える人間は総じて孤独でもありますね」
境さんの目が、わたしを見つめる。
「先輩が現在している事。それは誰からも望まれた事であり、先輩自身が望んだ事でもある。気高くも尊いもの。しかし、それは〝過去〟のもの。ええ、人間ですから変わらないものなんか無い。その変化の中で誓いや願いは残っても、それを抱える人間自身が変わってしまう。そうした変化を先輩が受け入れられないのかもしれません。形骸化した理想と信念。その事で離れていくひともいる。私はそう、捉えましたね。そして、そこから見える未来は――」
わたしが引いたその次カードを、彼女が捲る。
「――〝塔〟の正位置。その意味は、破壊や自滅」
雷に打たれ崩落する塔の絵柄。
そう、そのカードの意味する所は崩壊や破滅。
このカードは唯一、正位置でも逆位置でも殆ど意味の変わらないカードでもある。一番、悲惨なカードとも言えるかもしれない。
「――」
彼女がわたしを見つめ続ける。
「それで、わたしはどうすれば良いの?そんな、不幸そうな未来を回避するには?」
わたしもまた、境さんを見つめ返しながら答える。
「そうですね。こうしたロクでも無さそうな未来に対しては……先輩が〝変わる〟事が一番手っ取り早い解決法かもしれませんね。例えばある日、先輩の脳みそが宇宙人にでも攫われて改造、マインドブレイクされるとか」
なんか、急に適当になった気がした。
「まるで、冗談みたいな話ね」
「ええ、冗談です」
「「――」」
わたしと彼女は見つめ合った。穏やかな笑顔と、殺意にも似た視線が交わる。
わたしは溜め息を吐いた。これではただ、後輩にわたしが玩具にされただけではないか。
「これは、またまた失礼しました!こう、古谷先輩って根の部分は凄く頑固そうなので簡単に変わる気がしなかったので、適当な発言をしてしまいました」
「もう、いいわ。何となくあなたのペースが分かってきたから」
「あら。案外、素っ気無いですね。占いの結果としてはなかなか辛辣なモノになったと思いますが?」
「そうね、確かに」
確かに――結果は良くない。あまつさえ後輩には絶賛、弄られ放題だ。
それでも、わたしの心は揺れない。
何故なら、彼女のした事は――そもそも占いでは無いからだ。
ヤラレっぱなしは性に合わないので、ここらで反撃に出る事にした。
「――ねえ、境さん、そろそろ気は済んだ?占いの真似事をしてわたしに言いたい事は全部、言い終えた?」
「どういう意味ですか……?」
境さんが思わせぶりに、頭を傾げる。
「だって最初から、引き当てられるカードは決まっていたんでしょう?わたしは見ていたから知ってるよ。カードを混ぜる前に、目星のカードに爪を立てて傷を付けてマーキングしていたのを」
「あらあら」
彼女はバツが悪そうに口元を抑える。
「先輩には気が付かれてしまいましたか。今まで見破った方はいなかったんですがね」
実際、会話をしながらの僅かな動作の中で行われた事であり、注視していなければ気が付かなかっただろう。
「ええ、ご指摘の通り私はカードを混ぜたフリをしていただけですね。更にタロット占いの真似事をしました――」
これでわたしは、彼女に一糸報いたと思った。
しかし、彼女は変わらない笑みのままで告げた。
「――でもね、先輩。ふたみは別に何も〝視えて〟いない訳ではないんですよ?」
「――!」
その言葉に思わず息を飲んだ。
それが意味する所は〝最初〟から見えていて、それを伝える為にフリをしていた事になる。
「最後に少しだけ具体的に私の見えたものをお話しましょう。先輩――あなたはそう遠くない内に一番、大事なひとと別れる事になる。それが誰かは存じ上げませんが」
ここまでの事を言っておきながら、彼女は尤もらしく付け加えた。
「占いはアクマで占いです。どんなモノでもそうですが、その受け取り方に寄って、どうとでも解釈できるものです。それをお忘れ無きよう――」
言葉を続けながら、唇に秘密事を塞ぐように指を立てて当てる。
それから境さんは、鼻歌混じりに仕事に戻っていった。
その鼻歌の曲は確か『Love your enemies』だったか。
彼女の背中を見つめながら、ひとりお茶を啜りながら思う。
最早、完全なる厄介者としてわたしの脳内リストに登録された境ふたみ。
まだ彼女には〝怪異〟としてのチカラが残っているのだろうか?
幼い頃、彼女はチカラを発現して刈り取りされた。
わたしが資料で見た限りだと、占い師の母を持っていた彼女は〝未来視〟のチカラを持っていたらしい。
その事で母親共々、有名にもなったが多くのトラブルを招いて、結果として〝怪異〟として扱われた。
刈り取り後、記憶とチカラを喪った彼女は母が失踪した為、離婚した父親に性を変えて引き取られて、今に至っている。
境ふたみ――彼女にもし、チカラが残っているのならば。
わたしは、大切な誰かを失う――?
それを何処か底知れない彼女に、尋ねる事は出来きなかった。
真面目なひとって損だな、と思ったりします。
よくよく周囲に振り回されたりする訳で(笑)
境ふたみは、平凡な筈のナニカでです。




