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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
古谷千鶴の事件簿 1 恋獄迷宮
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恋獄迷宮 4


     3


 一度、教室に戻って、鞄を取ると帰る事にした。

 わたしも小夜と同じ生徒会役員――この学校の副生徒会長ではあるけれど、今日は仕事が無い。それは他の役員も同じ。

 単に小夜に仕事があるだけだった。

 今年の五月に本人のやる気に関係なく、なし崩し的に生徒会長になった小夜は、その不満を隠そうとはせず仕事は殆どしない。

 会議の時も、その後にみんなで仕事をしている時も大体寝ているか、外をボンヤリと眺めているだけ。

 彼女が生徒会長になった遠因はわたしにもあるので、それとなく彼女の仕事はわたしが請け負っているが、周囲の目があるので全部はできない。

 それでも小夜は、その残った数少ない仕事にも余り手は付けない。

 けれど彼が――殻木田君がいる時は別だ。

 役員でも無い彼の手を借りながらも、仕事を溜めながらも、なんとかこなす。

 当初はその事で物議もあったが、今や役員の中では周知の事実として認められている。

 それはお人良しとも、真面目とも取れる殻木田君の性格が大きいが。

 昇降口に降りたわたしは靴を履く。

 放課後になって昼間に比べれば、人の少ない学校で感じるひとの感情〝気〟は薄い。年頃の多感な時期の学生が多く集まるこの場所には、濃い感情が籠りやすい。例えるなら、ここは意図して集められた同じ種類の魚が住まう切り取られた水槽のような場所だった。

 そうした場所に湧くモノは、大海というべき街とは違うものだ。

 運動場を通り、正門を出て街を行く。



 夕暮れの街。駅周辺の繁華街には老若男女、多くの人が行き交う。

 その姿、顔が千差万別であるように感じる〝気〟も学校以上に様々だ。


 喜び、幸福、幸せ、怒り、悲しみ、恐怖、怠惰、孤独、苦しみ、憎しみ、慈しみ――


 そんなものが連日続く、夏の暑さと熱気に中に混じって満ちている。

 半袖の夏服を着ていても、陽射しの薄らいだ夕方になっても、どちらも正直ウダる。

 自販機で買ったサイダーを飲みながら、近くのベンチに座り、流れゆく人々を見る。

 そうして感じる感情にラベリングしていくと、ふと思う。

 日本語には、随分と感情を示す言葉がある事に。


 その事にわたしは――煩雑さを覚えた。


 ひとは、どうしてこんなにも多感なのだろう。

 どうしてこうも移り気なのだろう。

 それはきっと、ヒトがあまりにも不完全だから。

 それはきっと、この【セカイ】があまりにも不完全だから。

 だから、こんなにも煩雑なのだ。


 この【セカイ】を作った神さまは、どうしてこんな世界にしたのだろうかと思う。

 ある神話では確か人間は、神様に似せて造られたのではなかっただろうか?

 その神さまもまた、不完全な存在だったのだろうか?

 〝魔女〟であるわたしは知っている。

 この【セカイ】に神さまはいない。

 何故ならこの【セカイ】を造ったのは不完全な人間の〝日常〟を望む願望だからだ。

 そんな不完全な【セカイ】だからこそ簡単に歪み、綻び、壊れていく。

 多感で移り気なひとの想いによって。


 ――だからこそ空に〝疵〟を刻み、怪異を生み出してしまう。


 「なんて、面倒」

 ついつい、小夜の口癖が出てしまった。

 サイダーを飲み終えたわたしは、缶をゴミ箱に放り込むと、ウダるように絡み付くような暑さと〝気〟から逃げるように歩き出した。


     ◇


 道中、通りかかった家の近くの公園に立ち寄った。

 懐かしい、と思ったからだ。

 その公園は幼い頃、小夜とわたしがよく遊んだ場所だったからだ。

 繁華街の中では、あまり聞こえなかったセミの声が聞こえてくる。

 その中でわたしは――思い出す。



 わたしと小夜が最初に出会ったのは、いつ頃だっただろうか?

 確か、それはまだ小学生低学年の頃のある夏の日。

 〝魔女〟であった彼女の母親に連れられて来た小夜は、わたしの家の池を覗き込んでいたんだと思う。夏の強い日差しの下、白い帽子とワンピースを着た長い黒髪の彼女は、なんだか上品なお嬢様みたいだった。

 そんな小夜を、友達と遊び終えて帰って来たわたしが見つけて声を掛けた。

 「ねえ、あなたは誰?わたしは古谷千鶴、この家の子なの!良かったら、わたしと遊ばない?」

 手を差し出す。

 「わ、私は虚木小夜…です……その、お母さんの事を待ってるから…あんまり、あなたと遊べないかも……」

 小夜が俯きながら、たどたどしく手を差し出す。

 わたしは笑いながら、その手を握った。

 「じゃあ、お母さんが来るまで遊ぼう!」

 「う……うん!」

 彼女が頷く、夏という季節の中で。


 それがわたしと――小夜の最初の出会いだった。


 それからわたし達は仲良くなって、よく遊ぶようになった。

 街で、近くの山で、河で、公園で――

 その頃は大人しい性格だった小夜の手を、わたしが引いて連れて回った。

 「ちーちゃん、足早いよー!」

 ちーちゃん、わたしは彼女にかつてそう呼ばれていた。

 「だって、小夜といろんな所でいっぱい遊びたいんだもん!ふたりで!」

 「それは嬉しいけど…もう少しゆっくりでも……」

 「だーめ!のんびりしてたら、日が暮れちゃう!」

 「ええ……」

 わたし達は駆け回ってふたりで遊んだ――その日の夕暮れまで沢山。

 わたしは、正反対である性格のその子の事がとても好きだった。


 そんな日々の中で、わたしは小夜に自分の〝夢〟を話した事もある。


 「わたし――大きくなったら母様みたいな〝魔女〟になりたいの!」

 そう、わたしは〝魔女〟になりたかったのだ。

 母様のような強く、綺麗な存在に。

 父様に誇りに思って貰えるような存在に。

 魔女の家に、魔女の子として生まれたわたしは知っていた。

 この世界には魔女達がいて、ひとの想いから生まれた〝怪物〟を刈り取っている事を。そうする事でこの世界を守っている事を。

 「まじょ……?物語で出て来る魔女かな?なんか、怖い名前だね」

 「そんな事はないんだぞー!」

 母様の事を話す。それまでわたしは、家の事を誰かに話した事が無かった。あまり信じてくれそうにも無い事だったから。

 でも、小夜は信じてくれた。

 「ちーちゃんは、お母さんのお仕事を継ぎたいんだね!なんか凄いなー!もう、やりたい事を決めているなんて!」

 この公園のベンチに座っていちごミルクを飲みながらも、小夜は笑ってくれた。

 「小夜は、何かなりたいものはないの?」

 「私は……う~ん、まだないかな?ピアノを弾くのは楽しいけれど……」

 「そっか」

 「でも、私はちーちゃんが魔女になれるように応援してるよ!」

 小夜がガッツポーズをする。

 「ありがとうー!」

 わたしはサムズアップで返した。


 けれど――最初に魔女になったのは、小夜だった。


 母親を亡くして、この世界の事を、魔女の事を知った彼女は手にしていた。

 〝魔女〟の証である杖を。

 大鎌にも見える、青白い三日月のような不可思議な刃を。

 そして小夜は、彼女の母がそうであったように魔女になる決意をした。

 小夜は魔女に変わった。


 わたしは――わたしはなれなかった。


 魔女には、どうしてもなれなかった。

 その時は何故なのか、分からなかった

 どうしてなれないのか?

 わたしには一体、何が足りないのだろう?

 魔女としての手ほどきを母様から、家の道場で受ける小夜を扉の影から見つめていた。見つめる事しか出来なかった。

 わたし、わたしこそが魔女になりたかったのに。

 母様から手ほどきを受けたかったのに。

 ひとり、夕暮れの道場で木刀を手にして不格好なまま振っていた。

 何故、何故なのか?


 ――分からない、分からない、分からない、解らない、判らない。


 答えが分からない。

 わたしと小夜では一体、何が違うというのか?

 わたしにはまだ足りないというのか?


 思いが、想いが、オモイが、おもいが――

 そんなの、そんな事――!


 この時のわたしの中には巣食っていた。

 どれだけ考えても答えの出ない〝虚しさ〟が。

 ただ、わたしだけが魔女に変われないという想いが。

 それはまるで出口の無い迷路のようにも、底知れない闇のようにも思えた。

 虚ろだった。

 いや、感じたのはそれだけでは無かった。


 ――朱黒い、まるで炎のような想いも。


 それは今まで小夜には抱いた事の無い想いだった。

 小夜の事は好きな筈だった。それなのに。

 小夜から貰った髪飾りが素振りと共に揺れる。

 そのこころを叫ぶように、吐き出すように道場の床に木刀を力のままに叩き付けた。

 痛――!

 額に強い痛みを覚えた。血が流れていた。

 叩き付けた木刀が折れて、その切っ先が返りわたしの額に当ったのだ。

 血が流れる。

 その血が垂れて視界を、世界を朱く染める。


 手にした木刀が不意に――朱い不可思議な刃に見えた。

 それは血のような、燃える炎のような刀だった。

 〝それ〟を強く握る。

 わたしの身の丈より大きいのに重く無い。まるでわたしの身体に元々、備わっているもののようだった。

 直ぐにわたしには分かった。

 これこそが〝魔女〟である証たる杖なんだと。


 ああ。ああ。ああ――


 吐息を零して嗤う。

 わたしはようやく変われたのだ――魔女に。



 「本当に随分と前の事よね……」

 今も身に着ける髪飾りに触れながら、昔を回想して溜息を吐く。

 あれから色々と変わったものだと思う。

 杖を手にして魔女になった後でわたしも、母様から小夜と一緒に手ほどきを受けた。そして高校入学と同時にふたりで、この街の〝刈り取り〟を担当する事になった。それが一年前の事。

 魔女と、なりするべき事をする内にわたし達は変わっただろうか?

 きっと変わったと思う。特に小夜は本当に。

 まず母親が亡くなってから、彼女は昔のようには笑う事は無くなった。

 それだけでは無く、表情もまた変わらなくなり随分と物憂げな目をするようになった。それが元々、整っていた容姿と成長していく身体に馴染んでいき、より雰囲気を引き立てていく。同じくして物事に対して面倒くさがるようになった。

 それは〝刈り取り〟を始めてから、更に酷くなった。

 わたしはただ、ずっと家を汚さないように優等生で在り続けた。

 小夜からは、猫被りとか言われるが。

 わたしもまた変わったのか?

 夜の闇へと移り変わっていく、朱黒い空を見上げる。


 そこに見えるのはヒビ、この【セカイ】を壊す〝疵〟


 その〝疵〟は魔女にしか見る事が出来ない。

 その〝疵〟が何なのかは魔女しか知らない。


 それは――ひとの想いの形だ。

 【セカイ】は見る者によって、その姿を変えるのだ。


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