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虚空の【セカイ】と魔女  作者: 白河律
古谷千鶴の事件簿 1 恋獄迷宮
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恋獄迷宮 3


 校内を一度、迷った後で生徒会室に辿り着いた。

 そのドアノブに手を掛けて開けようとした時、声が聞こえた。


 「殻木田くん、今日の放課後は空いているかしら?」

 「今日は……空いていないですね。叔父さんの知り合いの店を手伝う約束が入っています。その、すみません……」」

 「そう」


 ドア越しに微かに聞こえる声は女子生徒と男子生徒、ふたり分のもの。

 女子生徒の声――その声をわたしはよく知っている。同じ〝魔女〟であり、長い付き合いのある幼馴染と言ってもいい虚木小夜のもの。

 男子生徒の声――は今年の四月からよく聞くようになったもの。殻木田順平という男子のものだ。ある怪異に巻き込まれて以来、魔女と繋がりの出来た人間。

 彼自身には何の力も無い。時折、利害で結ばれて協力者となる人間が持つような社会的な地位や力も、魔女が持つような特異な能力も――素養こそ持つがまだ使えない。

 それでも、彼は繋がっている。


「せ、先輩…どうしたんですか……?急に隣りに座って……って、近いですって!身体が当たってますって!」

 「今日はあんまり一緒にいられないみたいだからその分、傍にいようと思ったのよ」

 「あの…仕事しにくいです……その、色々と……!」

 「意識してくれるんだ」

 「あ、当たり前じゃないですか……!だって、先輩は……そんなひとに、これだけ近くに寄られたら意識もしますよ……」

 「それなら、良かった。実は私も今…凄くドキドキしてるから……で、でも…もう少しだけこうしていてもいい?本当に邪魔なら直ぐ離れるから……」

 「先輩……」


 彼は〝魔女〟である小夜と繋がっている。

 そう、恐らく深く。

 ただの虚木小夜という――女の子と。


 ドアノブに掛けた手を放す。

 そうして背中を向けて、生徒会室から立ち去った。

 わたしには入る事が出来ないと思った。入り込んで行く事は出来ないと思った。

 あのふたりの間には。


 僅か、壁一枚で遮られた【セカイ】はわたしには酷く遠かった。


 そこには、わたしの知らない小夜がいた。

 わたしに見せる事の無い彼女がいた。



 少し前の事だ。

 六月の終わりに咲いた季節外れの桜という――怪異の終わりの後に、彼女はわたしに言った。


 「千鶴――今回、あなたにどのような思惑があって殻木田くんに〝刈り取り〟の事や〝魔女〟の事を話したのかは私には分からない。但し、これだけは言って置くわ。今後あなたが私と殻木田くんの繋がりを意図して断とうとしたり、彼を害するような事があれば、私は決して容赦しない」


 その言葉は静かながらも、小夜の強い意思を感じた。

 彼女の言葉にわたしは何も言い返せなかった。

 確かにわたしはその時、画策をした。いや〝希望〟を抱いたと言ってもいいかもしれない。

 ふたりの繋がりのひとつの終わりと、あるいは殻木田順平――殻木田君の力の目覚めを。

 けれど、希望は叶わなかった。

 ふたりの間に何があったのかは分からない。

 ただ、その時の状況はおよそ最悪であった筈なのだ。

 殻木田君が心配して、辿り着いた先では小夜の手で命そのものが刈り取られる予定だったから。想い慕う異性が殺人にも似た行為をしているのが、嫌という程に分かった筈なのだ。しかも、その相手は彼も知っているごく普通の老婆だった。

 ただ――それでも繋がり続けている。

 何も変わる事は無く、むしろより深く強く結びついて。


 小夜は変わった。


 殻木田君と出会い、想いを寄せるようになって。

 その変化が彼女を弱くしたようにも、わたしには思えた。

 〝魔女〟で在り続けるには、その想いは邪魔なもののようにも思えた。

 恋する異性が出来た――その事自体では普段、散々弄り甲斐はあったのだが。

 しかし、今の小夜はわたしには弱くは見えない。

 むしろ――


 ひとり歩く廊下で知らずの内に手の平を握りこんで、強く爪を立てていた。


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