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モブに慈悲はない…?  作者: いす


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67/110

67話目

67話目です

誤字・脱字があったら申し訳ありません

夏休みが着々と終わりを迎えにいっているというのに、夏自体に終わりが見えない今日この頃。

海イベントと体育祭の雑用を終え、やっと本当に俺の夏休みが始まろうとしていた。

…まぁ、夏休みが始まると言っても、ただ寝て起きて課題やってゲームしてのループな訳だし、課題をやってなきゃマジでこれノージョブの動き。

とにかく、だから今日もいつも通り勉強を始めようとすると、突然、家のインターホンがピンポンと鳴った。

数学の問題にうっかり越後製菓を書きそうになりながらも、椅子から離れベット傍の窓を見てみるが、宅配の兄ちゃんが乗ってきたらしい車はなく、ついでに、猛暑ということもあってか人の影すらなかった。

玄関も見てみたが、屋根に隠れ訪ねてきた人の姿はわからない。

それを確認して募り出す不安感。思い浮かぶ二つの顔。

そしてその二つどちらもが、俺に迷惑の二文字を運んでくる要因になり得る存在で、言うなれば厄介者。

もう一度、俺を急かすようにピンポンとインターホンが俺を呼ぶ。

…もしかしたら回覧板かもしれないと愉快痛快な考えで、恐る恐る部屋から出で、すぐ横の階段を静かに降りる。

前にテレビでやってたスパイ映画のように何もないのにじっくり回りを気にしながら、階段を降りて玄関に近づく。

…と、またインターホンが鳴った。

そして、そのすぐ後に玄関越しに聞こえてきた二人の女性の声。

「ねぇ、やーちゃん。やっぱり、にーにゃんくん居ないんじゃないかな?」

「んー、そうなのかなー?」

その声はちょっと前に聞いた声と合致する。

矢波先輩と桜丘先輩、あのコンビに間違いなかった。

どうする…と、熱された廊下で一人、この打開策を考える。

居留守を決め込むというのもあるのだが、なんというか数少ない知り合いに対してそれをするのはいささか気が引けてしまう。

だからと言って扉を開けてしまえば俺の部屋に突撃されてしまう可能性だってある。

どちらをとっても俺に残るのは後悔だけ。

しかし、やけくそになってはいけない。いつでも大事なのは冷静な思考で、してはいけないのは安易な行動。

今のこの俺の状態を家族に見られたりでもしたら、ちょっと変な目で見られてしまうかもしれないが、幸いにも今日は休日。妹と家族は絶賛お出掛け中である。

「おーい?灯くーん?いるー?」

扉越しに、矢波先輩が俺を呼んでくる。

罪悪感のような、申し訳ないような気持ちが、扉を開けちゃいなよYOU、と俺に訴えてくる。

…覚悟を決め、がちゃりと玄関の扉を開けた。

「どうも」

「お、灯くん!」

「ちょっと前以来だね、にーにゃんくん」

鞄を肩にかけた矢波先輩と桜丘先輩の二人がにぱっとした笑顔で挨拶をしてくれる。

それに玄関から頭だけ出す形で小さく頭を下げ、用件を聞いてみる。

「なんの用ですか…」

「前に言ってたやつ。70%を灯くんは引いちゃったの」

乗り込むとかなんとか言うやつの事を指しているのであろう。それは忘れてはいない。

「あの…ほんと勘弁してくれませんかね」

「いやそんな怖い人たちが来たみたいな言い方しないでよ…。それに、僕たちにだって理由があるんだよ?ね、春?」

「うん。あのね、にーにゃんくん。信じてもらえないかも知れないんだけど…私と、やーちゃんのお部屋二つの部屋のエアコンが一緒に調子を悪くしちゃて…。でも、やらなくちゃいけない勉強もあってね」

「そ、だから君の部屋に。今日中には春のが治るから、本当に今日だけ…ダメ?」

「……」

「む、信じてないなー。その目はー」

「いやだって…」

その理由には少し、無理があるような気がしてしまう。

いや本当かもしれないんだけど、しかし、意地でも家には入れたくない俺からすれば、その理由がどうにもこうにも信じられないというか、信じたくない。

俺の疑うような視線に、桜丘先輩は申し訳なさそうな表情になる。

「…だよね。あはは…ごめんね、にーにゃんくん?嘘っぽいよね…」

「本当なんだけどなー」

「…だったら、リビングとかでやれば良いじゃないですか」

二人の家は前に見たが、どちらとも立派な一軒家。ならば、一ヶ所が不調と言っても別の場所があるはずだ。

だが、矢波先輩は首を横に振る。

「それが、どっちも今家族が使用中。しようとしても、うるさくて集中出来ないの」

「じゃあ、図書館とかは」

「それもダメ。さっき、行っては見たけど僕たちと同じ考えっぽいね、人が多くてやっぱりうるさい。それで君んちまで歩いてきたんだよ?」

二人には汗がぽつぽつ浮かんでいる。

この暑い空の下を歩いてきたのは確かなようである。

「あー…」

これでまた追い返すと言うのも、それはそれで悪い気がしてならない。それに、追い返したと言うのを盾に何を要求されるか怖い。

「これで僕たちのお肌が焼けたら灯くんの責任だぞー」

「いや調子の悪いエアコンの責任だと思いますけど…」

「にーにゃんくん…やっぱりダメかな?」

しょぼんと落ち込む桜丘先輩の顔が、ぐさりと俺の心を傷つける。

せっかくここまで来てくれたんだし…と、旅番組でおばあちゃんがおみやげ渡す理由みたいな考えになってしまう。

「…分かりました」

幾度してきたか分からない諦めをつけて、玄関の扉を最大まで開ける。

「やったー♪灯くん大好きー!」

「ごめんね、にーにゃんくん」

上機嫌の矢波先輩と謝ってくれる桜丘先輩を後ろに連れて、一階のリビングへと二人を通す。

矢波先輩は興味津々と言った様子で辺りを見回していて、桜丘先輩も、靴を脱いで廊下に上がる時、胸に片手を当てて小さく覚悟を決めるようにふぅと息を漏らしていた。

俺の家はダンジョンか何かなんだろうか…。

「今、ここのエアコン付けるんで。あ、他の身内なら出掛けてるんで、うるさいのとかは大丈夫です」

そう言って俺がエアコンのリモコンを持って電源ボタンを押そうとすると、後ろからえーと不満そうな声が聞こえた。

「灯くんの部屋じゃないのー?ぶーぶー」

「流石に俺の部屋はダメです」

「えー、春も灯くんの部屋見たいよね?」

「えっ、あ、う、うん!」

あちこちリビングを見回していた桜丘先輩が、戸惑いながらも強く頷く。

「…先輩、なにか吹き込みましたか?」

「えー、どうして?」

「前は桜丘先輩見たくないって言ってたしゃないですか」

「人の意見は日々変わっていくものだよ、灯くん」

「えぇ…」

また二対一。形勢は相変わらず不利である。

二人のキラキラとした期待の眼差しが俺をジーッと捉えてくる。きっとこれは、俺がはいと言わない限り、話が進まないドラクエパターン。

いいえを繰り返しても俺が疲れるだけなのかもしれない。

二人に視線を向け、一言お願いをする。

「無闇に俺の部屋、いじったりしません?」

「うんっ!任せて!」

「だ、大丈夫!」

「………じゃあ、まぁ。階段上がってすぐ右の部屋なんで先、行っててください。飲み物持ってくんで」

俺が渋々オッケーを出すと、二人は「やったー!」とペチペチ両手でハイタッチを何度もする。なんか、そんなことをされると俺の部屋に価値があるみたいでちょっと嬉しくなるのでやめて欲しい。

そして二人はハイタッチを済ませると、トタトタと足音を鳴らしてまるで子供が遊園地に行くような無邪気さで階段を駆け上がっていった。

一段一段階段を上がっていく音が聞こえる度に、部屋に見られてはいけないものを残していないかという不安と、女の子が自分の部屋にいるという緊張感が俺を襲ってくる。自分の部屋というのは、言うなれば縄張りというものであり、唯一、心が本当に休まる安全地帯である。そんな場所に人が来れば、当たり前ながら不安は勝手に来てしまう。

ガクブルしながら来客用のコップを二つ、棚から取り出して、なんか女の子と言えば果物好きでしょとあっさい考えでぶどうのジュースをコップに注いで、自室まで運んでいく。

すると、近づけば近づくほどに聞こえてくるガサガサ何かを漁る音とワイワイパーティーみたいな楽しそうな声。やだ、全然決まりを守ってくれてない…。

ちょっと強めに足音を鳴らして階段を上ると、一瞬、ばたばた聞こえてきて、それもぱたりと止まった。

自室の扉の前に立ち、見えもしないのに扉をちょっとだけ見つめ、緊張しながら部屋へと入る。

「…なにか、してしましたか?」

テレビ前にある、丸いテーブルの前に正座している二人に聞きながら、部屋に異変がないか見回してみると、なんか、さっきよりも片付いているような気がした。

「ううん!何にも!ね、春」

「う、うんっ!さ、やーちゃん。そろそろ勉強始めよ!」

「よ、よーし!頑張ろー!」

下手くそな誤魔化しにジトリとした目を向けると、二人の顔に汗がぽつと浮かんだ。

テーブルに飲み物が入った二つのコップをかたりと置いて、勉強道具をいそいそ準備している二人を見ながら立ち上がる。

「あの」

「ん、なーに?」

「いや、俺何してたら良いんですか?」

友人や知り合いが家に来たことなんて今までろくになかった。前に新崎が来たときは遊び目的だったから、それに結びつくような行動していたが、エアコン目的で、なおかつ先輩という場合に、俺は一体何をすれば良いか分からない。

自分の部屋だというのに、居心地悪く立ち尽くしてしまう。

「んー、別にいつも通りで大丈夫だよ?ふつーにくつろいでくれてても」

「いや…」

「まぁ、私たちがいたらあんまりくつろげないよね」

「そっか。んー…」

桜丘先輩にそう言われ、矢波先輩が何かないかとあちこち部屋を見回す。

そして、隅っこにあった勉強机に目を向け、あ、と口を開くとそこにあったさっきまで俺が進めていた数学の課題に目をつけた。

「もしかして、勉強中だった?」

「まぁ」

「なら、ちょっと悪いことしちゃったかな。あ、そうだ。だったら僕が勉強、教えてあげようか?」

「いや、別に良いですよ」

「いーの、いーの。僕としても復習になるし、灯くんは課題が進む。一石二鳥でしょー?」

俺の遠慮を無視して、矢波先輩は机から数学の課題一式とペンやなんやをテーブルに運んでいく。

そして、それを運び終わると腰を降ろして俺を見ながらポンポンと自分の隣を叩いた。座れと言っているらしい。

「…」

「ほーら、おいで?…んー♪もしかして、灯くん恥ずかしくて来れないの?」

にやりといじらしく矢波先輩は口角を上げる。凄く図星。

「…ダメですか」

「ベットの下にあーんなエッチな本があるのに、僕のとなりはダメなの?」

「…誘導尋問をしても場所はバラしませんよ」

それは何度として俺が見てきた事だし、何より昔に一回この人に引っ掛かっているのだ。二度、同じ手は食わない。

が、矢波先輩は悔しがる様子も見せず、ポツリと呟く。

「…本があること自体は否定しないんだねー」

「……。…あの…いや」

二度、同じ手にかかってました。

「ま、僕はそういうのあんまり気にしないから良いんだけどさ、でも、春の目に付くような所には置かないでね?」

「……」

正直俺以上かもしれないような桜丘先輩をちらりと見ると、目線がパチッと合って何処か期待が混じったような眼差しが俺に突き刺さってくる。

「べ、別に私もそういうのあってもき、気にしないよ?…うん。し、仕方ないからね。…あ、あるの?」

むしろ、あってほしそうな気さえする言い方だった。

その視線から逃れるために矢波先輩の隣に少し、躊躇いながら距離を取って座ると、その事に気づいた矢波先輩はにぱっと笑ってその距離を詰めてくる。

「なんで詰めてくるんですか…」

「ま、いーじゃんいーじゃん♪よーし、灯くんのために、僕張り切っちゃうぞー!」

ふんすと鼻息を鳴らして、課題の一ページ目からパラパラと捲っていく。どうやら、俺が悩んだ末に諦めた空白をすべて片付けていくらしい。

まぁ、数学に関してはかなり進んでいるし、空白と言ってもさして多くは無い。

これなら、矢波先輩にそう時間を喰わせる事にはならないだろう。

だから、張り切ってくれる先輩のためにも、少し甘えてみることにする。

「じゃあ、まぁお願いします」

「うんっ、任された」

「あ、でもやーちゃん?にーにゃんくんのお願いを叶えるのも良いけど、自分のも忘れちゃダメだからね?」

「それはもちろん分かってるって。それに、灯くんの課題、結構進んでるからね。時間は掛からないよ。…よし、灯くん、これから解いていこう」

「…はい」

三ページ目の最後、数学のくせしてだらだら現国の文章問題みたいな長い問題文。

矢波先輩が指差したそこは、何度か消しゴムをかけた後の残る、空白であった。

序盤のページということもあってか、その苦労した時の事は全く思い出せない。しかし、だからこそ真っ白になって問題が読める。

勉強というのは、一度詰まるとどこが間違えてるのかさえ、分からなくなり最悪ドツボにはまる。

自主学習での分からない問題に至っては、しばらく時間を置くことも案外大事なのかもしれない。俺の人間関係も時間を置いたら解けたりしないかな。

人間関係がどうなるかは知らないが、とりあえずこの時間を早く終わらせるために先輩の指の先を追って、近くにあったシャーペンに指を乗せて、カリカリと課題にシャーペンを走らせた。


「んーっ!こんなものかなー。お疲れさま、灯くん」

そう話す矢波先輩と俺の前にあるのは、今まで自力で見てきた事の無い、空白の埋まった完璧な課題。

手伝って貰ったとは言え、答えを見ると言う最終手段を使わずにほぼ自力で解いたのだと思うと、喜びが少し溢れてくる。

身体をぐくっと伸ばす矢波先輩に、向き直ってこのお礼を言う。

「あの、ありがとうございました。先輩、教えるの上手いですね」

答えは言わず、その導き方を丁寧に教える。それを毎度毎度いとも簡単にするのはかなり凄いのではないだろうか。

俺なんてあれだよ、普通の会話でさえ不自由なんですよ。

逆に相手を答えから遠ざけてしまいそう。

誉めると、矢波先輩は嬉しそうにふふーんと鼻を鳴らす。

「でしょー?なんだったらあれだよ?来年辺り、僕が君の家庭教師をしてあげても構わないけど」

「いや…それは結構です。何要求されるか分からないんで…」

「一年分のお菓子で我慢してあげよう」

「子供みたいな要求ですね」

「じゃ、大人らしく普通にお金ちょーだい」

「…あの。とりあえずまぁ、家庭教師は大丈夫です」

「そっか」

生々しい要求を拒み、広がっているノートや教科書をがちゃがちゃ回収し始める。

後はこれに答え合わせすれば数学はもう、終わりである。

一通り纏め、とんとんとテーブルでそれを揃えて、立ち上がって勉強机の隅に置いておく。それに上からふでばこで蓋をして、俺の勉強タイムはおしまい。

ついでに、俺がここにいる意味も無くなった。

手持ち無沙汰になり、振り向いて矢波先輩を見ると、まだ勉強には取りかからないのか、ベットの側面を壁にして、ボーッと部屋のあちこちを見渡していた。

「先輩は勉強、しなくていいんですか?」

「んー、君ので少し疲れちゃったからちょっときゅーけー。春もずーっとやってるんだし、そろそろ休んだ方が良いんじゃない?」

矢波先輩が声をかけると、桜丘先輩が小さくハッとして顔を上げた。

どうやら、かなり集中していたらしい。名前を呼ばれたことに反応しただけのようで、呼ばれた内容は分かっていないらしい、矢波先輩が、もう一度「休めば」と促した。

「あ、うん。私もそうしようかな」

「いやぁ、でもいーねー。君の部屋。涼しいし、なんか落ち着くー」

「なんか、どうも」

誉められてどうリアクションを返していいのか分からず、適当な言葉を返す。

「それに結構片付いてるしね」

「私たちがイメージしてた男の子の部屋って、もっとゴチャゴチャしてるのだったもんね。普通に綺麗だからちょっと驚いちゃったな」

「男の子の部屋って大体こんな感じなの?灯くん」

「…さぁ」

言われて周りを見てみれば、あるのはテレビに勉強机、それに矢波先輩達が使っているテーブルに本棚と、後はベット。他はクローゼットとかゲーム。特に、壁に何かを貼っている訳でもない。

まぁ、俺だって普通の男の子の部屋というものは残念ながら知りはしないし、昔の、小学生低学年ぐらいの頃に友達の家に行ったことはあるが、あれだって結局は年齢が年齢だったから部屋の物については親が決めているようなものだろうし、なにより先輩たちが知りたいのは今時の男子高校生の部屋についてだろう。

がしかし、俺が男子高校生の部屋で思い浮かぶのは新崎の部屋だけ。あいつの部屋で印象に残ったのなんて親の写真と女性ものの服だけである。

結局、俺も男子高校生についてはアイドルのポスターとか、野球選手のポスターとか勝手な妄想止まりで終わってしまっている。うぶな女の子並み。

俺が知らないという意味合いで言葉を発すると、矢波先輩は「いや、さあって…」と困ったような表情になり、桜丘先輩も乾いた笑いを潤すために、飲み物の入ったコップに手を伸ばした。

「ま、とりあえず僕たちの中ではこの灯くんの部屋が、男の子の代表的な部屋ってことで認識しておくね」

「勝手に代表選抜されても困るんですけど…」

その内、真の男の子の部屋決定戦、みたいなのに選ばれて、うっかり頂点を取ってしまってもただ困る。

でもそれで印税的なのが入るんなら考える。

と、絶対に起こらない野望を考えていると、桜丘先輩がかつとコップをテーブルに置く。

「でも、灯くんの部屋、本当に整理されてるよね。クローゼットの中とか、服もちゃんと並べてあったし」

「…あ、ちょ春」

ぽろっと桜丘先輩が漏らした言葉を、矢波先輩が止めようと制したが、俺の耳にははっきり届く。

「なんでそれ、知ってるんですか…?」

「え?…あ」

ハッとして両手で口を塞ぐが、それをしたということはつまり、俺に言ってはいけない事をしていたということの証拠。

怪しみつつ睨むと、二人揃って黙り、目線をそらす。

「…あの、俺が来る前に何してたんですか?」

「まぁ、なんだろう。…僕たち、ちょっとはしゃいでて?若さゆえの過ち的な?ほら、さっきも言ったけど、男の子の部屋って初めてでー…」

「…ごめんなさい」

あははと乾いた笑いで矢波先輩は話し、桜丘先輩はしょぼんと悲しげに謝る。

やけに片付いていたのも、大体分かっていた事ではあるけれど、この先輩コンビがあちこち触った後、元の場所に戻そうとした事による結果。

「……」

真実が分かって、真っ先に出てきた感情は怒りではなく恥ずかしさ。

自分の部屋というプライベートの場所にまで来られ、挙げ句の果てにあちこち物色された。

その事に、ちょっと自分の顔を両手で覆い隠してしまいたくなる。

「て、てへっ♪」

「…もう、どうリアクションしていいのか分からないんですけど…」

「お、追い出すー的な事にならないのが、僕たち的にはありがたい、かな?」

「ほ、本当にごめんなさいっ!」

…まぁ、これでこの先輩コンビが俺の家にまた来たときの、断る言い訳は出来たのかもしれない。それも、効果が高そうな言い訳が。

それになに、課題も手伝って貰ったし。

一方的に罪を押し付けて追い出していい立場では無いような気がする。

「…まぁ、これまで色々奢って貰ったりしましたし…課題も手伝って貰いましたし」

「ゆ、許してくれる?」

「…えぇ」

俺が頷くと、矢波先輩はほっと胸を撫で下ろし、安堵した息を吐く。

「はー…良かったぁー。流石に灯くんに嫌われちゃったりしたら色々困っちゃうからね」

「いや嫌いにはならないと思いますけど…」

全力で関わらないようにはなるかもしれない。

「あ、ありがとね、にーにゃんくん」

「ようし!それじゃあ春!灯くんが許してくれたことだし、勉強、頑張ろう!」

「うんっ!」

二人は何故か躍起になって、休んでいた勉強をいそいそ頑張り出す。

俺の部屋を物色したことを許してもらうという、さして大きな事でもない事が、果たしてどれぐらいのやる気に繋るのかは分からないが、まぁ、それでもやる気を失わせるよりかはマシだろう。

ふと見た窓の外には、変わらず太陽が強く照りつけていた。



また、窓の外を見れば今度見えたのは徐々に淡く夕焼けに染まっていく空。

夏の夕焼けとなれば、もうそこそこいい時間である。

ボーッと雲の流れる夕焼け空を眺めていると、矢波先輩の疲れた声が聞こえてきた。

「あー!疲れたー!」

「お疲れさまです。もう結構遅いですよ」

俺が時計に視線を写すと、あ、と驚いたような声がした。

「あ、もうこんな時間…そろそろ帰った方が良いよね?」

「暗くならない内には」

「そっか、おーい春。終わりだぞー。じーかーんー」

シャーペンを持って身を乗り出し、矢波先輩はテーブルを挟んで向かい側にいる桜丘先輩のノートをぺちぺち叩く。

「…ん、あ、時間?」

「そ、かなり長い時間居ちゃったから、早めに支度終わらせないと。あ、灯くんコップ、僕が洗っとこうか?」  

「いや、後で俺が洗っときます」

「遠慮しなくてもだいじょーぶ♪それと、君の部屋を借りたんだし、これぐらいやらないとね」

コップを乗せたお盆を俺が取ろうとしたが、矢波先輩が俺よりも早く、それを取ってしまう。

だったらなんで聞いたんだと思いながら、一階のキッチンに向かっていく矢波先輩の後ろを付いていく。

この人を俺の家で一人にするのは、少し不安である。

階段を降りて、リビングに進みキッチンにたどり着く。

先輩は置いてあったスポンジを持つと、それに洗剤をつけててきぱきと手際よく、コップを洗っていく。

「慣れてますね」

「ま、伊達に三年間家庭科部やってないからね♪他にも料理とかお菓子作り、掃除に洗濯なんでも出来るよ?」

「凄いですね…」

「ふふん♪でしょ?どう?お嫁さんにしたい?」

「いやそういうのは…」

「ふふ、冗談♪照れちゃってやっぱり可愛いなー灯くんは♡」

「からかわないでくださいよ…」

先輩は泡をこんもりつけ終え、次に水でそれを流していく。でも、やっぱりこういう部分を見ていると、昔の話と言えど桜丘先輩の言っていた砂糖と小麦粉を間違える人には到底思えない。

その間違いを経て、色々頑張ってきたのだろうか。

ジーっと矢波先輩を見つめていたが、当の本人はその視線には気づかずに、がらんとしたリビングを見て俺に話しかけてくる。

「ね、灯くん。君のご両親って、まだ帰ってこないの?」

「休日は基本、家族全員出掛けてるんで」

「へー、君はそれに一緒に付いていったりは?」

「流石にこの歳ですし。いっつも自宅でのんびりしてます」

「ご飯は?」

「金、親からちゃんと貰ってるんで。まぁ自炊したり、外食したり。ていうか、なんでそんな事聞くんですか」

立て続けの質問に、割り込んで聞いてしまう。

「んー、君の事もっと色々知りたいから。かな?」

「知っても良いことないと思いますけどね」 

「えー、でも僕は君が怖がりって事を知って、結構楽しかったよ?」

「それ俺が楽しくないんですよ…」

洗い終わったコップを、最後に拭いてかちゃりと食器置き場に矢波先輩は置いた。

「ま、でも君との今の会話で一つ良いこと知れたからね」

「…なんですか?」

聞くと、矢波先輩はにっこりと笑った。

「君は休日が基本的に暇なこと♪」

「…いや、あの実は俺意外にも毎日凄いかなり忙しくて…」

「いや~今度はいつ君をデートに誘っちゃおうかな~」

俺の必死なお断り発言を無視して、矢波先輩は声音高くそんな事を言って、洗い物をちゃちゃっと終わらると蛇口を閉めて、階段をトタトタ早足で上っていく。

この人と会話する度に、俺は毎回何か、重要なものが取られていくような気がしてしまう。

先輩が閉めたはずの蛇口は少し緩んでしまっていたようで、ポタポタと水を落としていた。

俺はそれをしっかりと閉め終え、後を追うことはせず、上から降りてくる二人を立ち尽くして待っていた。

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