103話目
103話目です
誤字・脱字があったら申し訳ありません
春の陽気。
それが流れ始めているのがはっきりと感じられる。
授業中に窓から流れ込んできたそれに、何度瞼を重くされたか分からない。
二人の二次試験が終わり、宣言されていた通り翌日からさながらハードな部活のように毎日呼び出され、矢波先輩が自宅に持っていたホラー映画を連続で三本見せられたりと、蓄積されてきた物が破裂したかのように色々付き合わされていた。けれど、その全てが家で済むことばかりで、遠出をしたり、買い物に行ったりすることがまるでない。俺の主観で考える限り、多分その原因は二人が表にこそ出さないが内心様々な緊張や感情に心を押し潰されているからではないだろうか。主観ゆえ根拠なんてほとんど挙げられないが、二人の色々な表情を見てきたつもりではある。先輩達が俺の細かい表情の違いに気づくのと同じに、俺も先輩達の細かい変化にも気づけるようになっている…と思う。
まぁ、誰であれ大学の結果に楽観的に構えている訳がない。それをまるで、自分が二人について詳しくなったと言うなんて酷くおこがましい事かもしれない。
ただ、二人が時折見せる笑顔に関しては空元気ではないことは断言出来る。連絡こそまだ来てはいないが、きっと今日も呼び出されるのだろう。スマホがコートの中で震えるのを待ちながら、放課後を迎えた校舎の廊下を歩き、下駄箱を目指していく。この時期ともなると部活は軒並み停止となり、玄関もすぐに行こうとすると人でかなり混んでしまう。
それを回避するため、わざと時間を掛けて廊下をとろとろ歩き、暇潰しに窓の戸締まりなんかを通る際に目だけで確認していく。途中、階段に差し掛かったが、上の階からは誰も降りてこない。まぁ、矢波先輩達含めてほとんどの三年が二次試験を終え、卒業式までここには用がないのだ。稀に思い出作りだなんだと教師に言い訳してここに来ている三年も見掛けないわけではなかったが、今日は誰もそんなことはしていないらしい。
下へと降りる階段に足を向け、とたとた交互に足を降ろしていく。
…俺と先輩達の関係は卒業式が終わるとどうなるのだろうか。
誰とも喋らず一人で歩いていると、ふとそんな疑問が葉を伝い落ちる雫のようにぽつりと頭に落ちてきた。
卒業式というのは人それぞれ差はあれど明らかに人生の節目である。小学校ならば大抵が同じ中学に行くし、心もあまり成熟していない事もあって親友とでも別れない限り特別な感情は抱かないだろう。中学からは人それぞれになるが、中学での卒業と高校での卒業は心の成熟具合もあって全くの別物だと思う。例えいい加減であっても高校になれば現実というのに薄々気づき始めて、子供の頃に言われた誰とでも仲良くなるのが不可能だと分かる。その上で自分と仲良くなれる人を見つけ、当たり障りを気を付けながら交流を深めていく。
俺とあの二人がそれを出来ていたかは俺の判断で一方的に決めて良いことではないが、別れるのか、継続させるのか、そんな今後の関係の選択を迫られるぐらいには関わってきたんじゃないだろうか。しかし、それを選択するのは俺じゃない。元々の話、ここまでの関係を築き上げる源を作ったのは先輩達なのだ。それを置いて俺の意思で決めるなんて我が儘にも程がある。
…とも、そう思ったがじゃあ俺はどうして新崎との関係を勝手に選択したのだろうか。
あの関係だって元々は彼が源を作ってくれたのだ。それなのに俺が勝手に捨てる選択をして、その出来事を無かったことにして考えてはいけない。
いや、新崎とのそれがあったからこそ、俺はもう自分で選びたくないのかもしれない。
あの後、少しずつ関係は取り戻せてはいるがだからと言って、あの部活を辞めた直後の事が無くなるわけではない。何か苦言を言われたわけでもないのに気まずさを感じて、誰かに怯えて。
あれをまた体験するのが嫌だから、選択を先輩達に投げた。信頼しているからなんて綺麗な言葉を使ってみれば、ただの人任せも正当化出来てしまう。
これから会うかもしれないのに余計な事を考え、顔が変になっていないか見えていないからこそ不安になっていると、玄関が目の前に迫ってきていた。
やはり、遅らせたのは正解だった。早々に行くと必ず下駄箱や玄関で集団の渋滞が起こり、結果出来上がる人の溜まりが今日は無く、居たとしても数名の固まりが1つ2つ。それも一年生が多かった。ガラガラの二年の下駄箱から自分の靴を引っ張り出そうと、腕を伸ばしたその瞬間、その腕を誰かの手がガシッと横から掴んでくる。
「うぉっ…!…なに」
不意打ちと最近にホラー映画を見たこともありオーバーに近いリアクションを取ってしまった。
しかし、俺の腕を掴んだ張本人、一は特にそれを気にすること無く「ちょっと良いっすか」と俺を見上げてくる。
「良いけど…なに」
「ちょっと来てもらっていいっすか」
「え」
俺の返事を待つこと無く、一は俺の腕をぐいぐい引っ張って玄関から俺を遠ざけていく。幸い内履きを脱いでおらず靴下で彷徨くことはなかったが、まさに帰ろうとしたそのタイミングでやられると間抜けな顔を晒してしまう。
引っ張られるまま廊下を進んでいき、途中帰りがけの生徒に変な目で見られながらも、到着した場所は体育館。
確か卒業式の準備真っ最中で、中には三年生の席が一足先にステージの前に数列並べられていた。他の学年も授業が終わる卒業式二日前、つまりは明日に席を並べることとなっており、その分のスペースらしきものが三年の席の後ろに確保されている。
と、卒業式の準備について語っている場合ではない。ここに連れてこられた理由を俺の腕をやっと離した一を見ることで問いかけた。
「準備…手伝って欲しいんす。全く進まなくて…はぁ」
何処か疲れた様子で素直に理由について教えてくれた。
卒業式なんて大きいところの記憶しかないが、それでも見渡して見る限りその大きいところが完成している感じはしない。壁を埋めるように下がった紅白幕や来賓席も行方不明。三年の席は出来上がっていたが、むしろ三年の席しか出来上がっていなかった。
「…生徒会長、人望がどうのこうのって」
「いや…広く浅くのタイプなんすよ…」
その言葉で大体の状況は分かった。
けれど、俺一人を呼んでどうこうなるものではない。なるのであれば、そもそも俺は必要にならない。…というか、人を数えてみれば結構人数自体はいるように見える。俺にとってはお馴染みの茶髪ちゃんも、グラウンド傍の扉で女子と集まって楽しげに話し合っている。
「…一応、次期部長さんとか次期委員長にも慌てて自分声掛けてきたんすけど…どう編成すれば良いか絶賛悩み中っす」
「それ俺に言われても…あ」
散らばった人に目を動かしながら文句を言っていると、見慣れた一人の男子生徒の姿が瞳に写る。
あちらもこちらに気づいたらしく、おーと軽く手を上げて駆け寄ってくる。
「よっ、灯」
「…あぁ、陽斗。なんでここに」
「いや、あの人がな…」
新崎が顔を向けた先を俺も追って見れば、ステージに上る為の短い階段に、我がクラスのやる気のない担任が何をするでもなく呆けて座っていた。
「入学式の方もやったんだからってなんか、頼まれてな…」
新崎は苦笑を浮かべ、困ったように片手を頭の後ろに当てる。まぁ、体育館に唯一いる教員があれでは準備が進行しなくても仕方がない。一番上に立つ人間の気力が、現場にも大きく影響する。実際、あの担任の授業の時は皆半ば自習のようなテンションでやっているわけで。
とにかく、概ねは分かったと相づちを打つと、男三人の集団に不意に現れた一人の影。話を聞くだけでいた一が真っ先にその人に反応し、目をぱちぱちと叩かせた。
「な、なんでいるんすか…生徒会長…」
「前、だがな」
久しぶりな気のする前生徒会長は、何やら手に一枚の紙を持って姿を見せた。
驚き、目瞬きを止められずにいた一だったが、少ししてはっと再起動する。
「なんでここにいるんすか…!」
同じ質問を投げられると、前生徒会長は俺が気になっていた紙を目立つように胸の高さ辺りまで上げる。
「生徒会長という立場にいた身として卒業式で少し話すことになっててな。練習でもと思って来たんだが…台、無いな」
前生徒会長が向けた目の先にはすっからかんのステージがあり、指摘された一は気まずげに自分の頬を指でかく。
「…申し訳ないっす」
「こうなっている大体の原因はまぁ、察しがつく」
次に前生徒会長が向けた視線には和気藹々と会話をしている現生徒会長がいる。前生徒会長ならば現生徒会長と接点がないわけがない。一よりも先に欠点があると気づいたとしても不思議はなく、どうしたものかと前生徒会長は顎に手をやり辺りを見回す。そして、ずっと黙っていた俺と新崎の方を見てきた。
「二人も準備の手伝いだよな?」
「あ、はい。そうです」
「…まぁ」
「なら、この階の奥にある部屋…あー…仁田、確か行ったことがあるんじゃないか?」
「え、あ…まぁはい」
場所説明の言い回しに悩んだのか、唐突に俺に振ってくる。
奥にある部屋と言えば、文化祭の時に折り紙を拝借させて貰ったあの倉庫みたいな部屋の事だろう。「倉庫みたいな場所ですよね」と一応口に出して確認してみると、前生徒会長はそこだと頷く。
「そこに行って紅白幕の予備を一枚持ってきてくれ。あと、証書の為の盆もそこにあったはずだ。2人で頼む」
「あれ?でも紅白幕なら体育館の袖のとこにもあるっすよ?」
「あぁ…確かにあるにはあるんだが、去年に一枚事故で破れてな。折角の卒業式でそんなのを見せるのもあれだろう。それじゃあ、仁田と…」
何度か顔を会わせた事のある俺の方の名前はすんなり出てくるが、新崎とは初対面なため名前はもちろん出てこない。
けれど見覚え自体はあるのか、必死に思い出そうと唸る前生徒会長を見て、新崎はすぐに気づき自己紹介を始めた。
「あ、俺、2年の新崎です」
新崎が自分の名前を告げると、前生徒会長は完璧に思い出したのかあぁと口を開けた。
「新崎…あの噂、懐かしいな」
「忘れてください…」
からかうようにして前生徒会長が笑うと、新崎が困ったように表情を苦くさせた。
顔は未だ微妙に知られていないが、新崎という名字に関してはこの高校全体にしっかり広まっている。
だけども、そのきっかけとなったプロポーズの噂が一年も前の出来事なのは少し意外だった。あれそんなに前だったの。
「で、体育館だが…一、お前が決めてみろ」
「……え、自分すか?」
「あぁ、お前だ」
前生徒会長を除いて多分、誰も考えてすらいなかったであろう提案をされ、一の口がぽかんと開く。そしていやいやいやと両手を前に出してブンブン振り、慌ただしくその案を拒む。
表情も本当に無理といった感じで、焦って出てきた言葉もそのまま。
「む、無理っすよ!生徒会長…じゃ…なくて、前生徒会長がいるじゃないっすか!」
「自分の卒業式の準備の指揮を自分で取るのは違うだろ…」
「そ、そうっすけど…え、えぇ…」
腕組みをし眉間にシワを寄せ、うーんうーんと長考に入った一を見て、前生徒会長はこちらに視線を移し、長くなりそうだからと先に話していた紅白幕と盆の回収を急かしてくる。
それに応え、新崎が俺の肩をとんと叩き声を掛けてくる。
「よし、じゃあ行くか灯」
「あぁ」
「うーん…自分、が…自分がっすか………?」
背中に悩み唸る一の声を聞かせながら、俺と新崎は雑談に溢れた体育館から離れていく。
一直線の廊下で俺の前を歩いていた新崎だったが、次第に歩調を緩め、最終的には俺と横並びになってくる。
こうして二人で並ぶのは一体、何時ぶりだろうか。
少なくとも、年が開けてからは一度としてない。そのために、過去の俺達が毎日のようにしていたいつもの感じがどういう物だったかいまいち思い出せず、他愛もない会話さえ頭は捻り出せない。
いつか、俺が体調を崩したときに新崎と会っても苦い反応しか出来ないと考えていたが、やはりそれは間違っていない。
そして、その時には新崎はそれを分かっているだろうとも考えていた。
俺がこうして口を閉ざして黙ってしまう理由を彼は今、理解しているはずなのだ。
それを踏まえた上で、彼がどんな話を振ってくるのか、胸が恐怖を感じたときのように震えてくる。矢波先輩の映画鑑賞に付き合わされた時に味わわされた突然の恐怖とは違う、出てくると分かっているのにそれでも尚感じる恐怖。
分かっているからこそ、目を閉じて見たくないそれではあるが、大抵、それは出来なかったりすることが多い。
「灯」
「…ん」
名前を呼ばれ、声来る方に顔を向ければ新崎もまたこちらを見ていた。
「先輩達、大学の終わったんだろ?」
「まぁ、一応」
「大丈夫そうか?」
新崎が試験うんぬんを知ったところで特別何か出来る気はしないが、この会話の目的は多分そこではない。
話の内容なんてきっとどれでも良くて、そのどれでもから選ばれたのが先輩達だった話に過ぎない。
なんて、勘繰るよりも先に問われた物に対して純粋な答えを述べるのが吉だろう。
「まぁ、可能性は結構あると思う…勝手な主観だけども」
「そうか、合格してるといいな!」
「…あぁ」
疲れたとかやっと解放されたとか愚痴のような物は何度も聞かされているが、実際、試験の出来については一言として俺は聞かされていない。
かと言ってこちらから根掘り葉掘り聞き出すのも迷惑にしかならない。話してくれるのなら聞き、話さないなら聞かない、それで済ませるのが俺の出来る二人の不安を変にかき回さない手伝い。まぁ要は、受験前とほとんど同じ。
ニカッと爽やかに笑んだ新崎に一言返し、人のいない廊下に二人の靴音を響かせる。
窓の枠が何処か大きな額縁のように見えた中庭は、時間も時間でひとっ子一人おらず、風も微風止まり。
僅かにしか揺れない葉が手伝い、まるで額縁に入れられた中庭の絵がずらっと廊下に並んでいるように思えた。
色づきを近くにした緑の葉は、暖かさを得始めた太陽から満開を目標に栄養を受け取っていた。
倉庫の場所は体育館からそう遠い場所ではない。
会話が止まったままで少し画廊を歩くと、暖かな太陽の届かないそこにたどり着く。体育祭に来たときは雲のせいで暗いと思っていたが、太陽があってこの暗さということはそもそも日の届かない場所だったらしい。
新崎が扉に手を掛け横に退けようとしたが、ガチャンと音を鳴らし扉が震えるだけで開く気配がない。
「…あ、鍵」
ハッとして言うと、忘れてたと新崎がこちらに振り返る。
「鍵って、教務室だったよな?」
「じゃあ俺取ってくるからここで…」
「いや、俺も行くよ」
教務室に行ってくると踵を返すと、新崎もまた横に並んできていいだろ?とそう目で尋ねてきた。
「…分かった」
なにか理由があるのか分からないが、あっても無くても俺にそれは拒否できない。
露骨に距離を取ろうとすることで彼に何を考えさせるのか、それが心配だから。
教務室はこの一個上の階に置かれている。
普段使わないから存在が記憶から薄れていたがこの隅の廊下にも一つ階段はあるようで、それを使って二人で二階を目指していく。
この位置に設置されている部屋の多くは運動部用の半ば荷物置きと化した部室や教員の為の小部屋だったりして、中々新鮮味がある。
入り口の扉の上に付けられたプレートには一部初見の部活の名前が書かれており、ついつい上の方を見て歩いてしまう。
本来であれば危ないのだが今日は廊下に人がいない。何にも邪魔されることなく教務室に着き、倉庫の部屋の鍵を、卒業式周りの仕事に囲まれていた教員に事情を説明して頂く。
前生徒会長の名前を出すとあっさり貰えた辺り、あの人の信頼は大人からもあるらしい。
惜しい人を無くしました…と、来年の生徒会に不安を抱きながら廊下をだらだら歩いていると、隣で鍵をポケットにチャランと入れた新崎が、呟くようなトーンで喋りだした。
「なぁ灯、その…秋葉の事なんだが……悪い」
「…なに、急に」
謝罪の意が滲んだ声。
ふとそれが耳に届き、後ろで立ち止まった新崎に瞳を向ける。
ここは丁度日光が射し込まない位置らしく、まるで新崎の今見せている暗い表情をそのまま写したかのように、濃い影が彼と俺の身体を包んでいる。
そのせいで制服にところどころあしらわれた黒い色が一層濃さを増していた。
「夏と冬花から聞いたんだ。お前と仲直り…って元々喧嘩してた訳じゃないんだが、それでも色々話は出来たってさ。でも、秋葉とはまだだろ?」
「…まぁ。でも、だからってお前が謝る必要はないだろ」
幼馴染みだからと代わりにその事について謝ってくれたのだろうが、発端を作り出したのは俺。被害者とも取れる笠木さんの代わりなんてする必要がそもそもない。
しかし、新崎は俺の言った考えに対して首を横に振る。
「いや、違うんだ」
「何が」
「あー…なんて話せば…その、まず正直に言うとだな、秋葉、今物凄い怒ってる」
「……」
その可能性は考えていない訳でなかった。
「それでその怒ってる原因…いや、根本的な部分は俺がしたことが響いてるって…あー…なんて言うんだ!」
頭で出した言葉の言い回しが上手い具合に思い付かないらしく、新崎は片方の手を使い、少し苛立った様子で頭をわしゃわしゃ掻く。俺が察せられるのであればそうしたいのだが、全く持って何が何だか分からない。
笠木さんが怒ってる原因は間違いなく俺の退部で、根本的、が何処を指しているのか一緒になって考えてみるも答えは出ない。
首を傾げ分からない顔でいると、新崎はやっと上手いこと伝える方法を見つけたらしく言葉を発した。
「な、俺が昔、中3の時に親亡くしてさ、違うところに行ってたって話覚えてるか?」
「あ…あぁ」
初めてあの部活の五人で行った合宿の夜。新崎が親を亡くした話の時にぽろっと言っていた記憶がある。だが、重要そうな話では無かった感じがあの時に感じ、記憶の隅に追いやられ呼び起こすのに時間が掛かってしまったが、うんうん首を振り覚えていると新崎に示す。
そう言えばこうして廊下で話す光景は、あの夜と所々似ているかもしれない。
「そん時な、俺、秋葉に何も言わなかったんだ。しばらくいなくなるとかそういうの、一言も」
「…」
「それでまぁ大体一年経ってこの高校に行くってなって…入学式の日、秋葉に再開したんだが…」
新崎は恥ずかしそうに表情を崩し、視線を少し横に逸らした。
「会うなり、思いっきり叩かれた。」
「ふっ…あ、いや悪い」
新崎の苦笑や言い方にくすぐられ、つい小さく笑ってしまったが話が話。
慌ててそれを押し戻そうとすると、新崎は「いや、良いんだ」と自分も自虐的に軽く笑った。
「泣きながら、『どうしていなくなったの!』って大声で怒られてな…周りの目がすげぇ痛かった…」
「…自業自得だな」
「まぁな」
しかし、そんな出来事があったとは初耳だった。俺と新崎は同学年だし、入学式ならば無論俺も行っていたからその光景を見ていてもおかしくはないはずなのだが、全く以て覚えがない。あぁ、でも高校デビュー目指して身だしなみにちょっと時間を掛けていた記憶もある。そんな、結果無意味に終わった事をせずに早く出ておけば、新崎と笠木さんのそれを、周りの目の一人として直接見れていたのだろう。
でも、入学式早々そんな事をしていては学生のコミュニケーションの定番である噂話の一つになっていそうなものでもあるが、それを気に留める程、一年の俺は余裕がなかったのかもしれない。
成果を成さなかった友達作りがこうも色々な話を遠ざけていたとは。おのれ高校デビュー。
と、話を無視して一人で過去を振り返っていても何も進まない。
「…それが原因か」
「あぁ。…秋葉は、近くにいた人が目の前から何も言わずにいなくなるのが一番嫌なんだと思う。で、そういう風になった原因は…俺だ」
先の謝罪の理由を俺に説明し終えると「だから両成敗で良いだろ」と、影に満ちた顔とは真逆の明るい笑顔で新崎は俺に言ってくる。
…ここで、新崎にも責任があると、両方が同じぐらいに悪かったのだと納得する事はとても簡単で楽な道なのは間違いない。笠木さんとの関係が確実に修復できるかは定かではないが、そうすれば俺の肩の荷は確実に降りてくれる。けれど、またそれで済ませて良いのか。
あの部活にいた時の俺は、事ある毎に目の前の彼を頭の中で責任の捌け口にしてきた。直接新崎に言う事が無かったからまだ良かったかもしれないが、これに関しては新崎に直接言うことになるのだ。それをしてしまったら俺はあの時よりも酷く醜い存在になってしまう。
綺麗に俺一人だけの責任と片付けるような言葉は出てこないが、上手く俺が引き金を引いた役だったのだと、結論付ける言葉は割りと早く出てきてくれた。
さっき新崎に対して使ったばかりの言葉を、今度は俺に向けて言い放った。
「…でも、だとしても。結局は俺が辞めたからそうなった訳だし…まぁなに、ほとんど自業自得」
「灯…」
「それに笠木さんがそうだとしても、城戸さんとか冬花ちゃんとかに関してはお前関係ないだろうし」
「それは…」
1の責任があるからと言って、2も3も自分の責任だと取るのは優しさに溢れた新崎らしい行動なのだろう。そういうタイプの人間が上に立てば、下の人間からすれば万々歳である。
が、しかし俺と新崎の立場はそんな上下関係などではなくただ真横一線でなくてはならない。
…矢波先輩達との関係を怖がりながら、新崎には対等を要求するなんて虫のいい話でしかないが、横並びは所詮心の中で勝手にそう望んでいるだけの事。これを口に出す気などさらさらない。
話した内容については紛れもない事実である。自業自得、それ以上でも以下でもない。
「…頼まれてたの、そろそろ取りに行かないと怒られるぞ」
「あ、あぁ…分かった。灯、行こう」
先に立ち止まったこともあって、俺と間を作っていた新崎は駆け足で俺の隣に並ぶ。
我ながら実に卑怯だと思った。
勝ち逃げにも程がある。
自分は言いたい事を全て言っておいて、新崎にはそれをさせない。実に姑息過ぎる。
だが、そうでもしないと俺は新崎に勝てないのだ。一回でも掴んだ勝ちを握り締め、逃げて隠れて終わらせる。
優しい新崎ならこれ以上話を蒸し返すような事はしないだろう。
安易な決めつけであったとしても、そう考えることで震える心臓を落ち着かせたかった。