前編
王道を目指しました。
甘々な作品を書きたく、ノリと勢いで書き上げましたので、つたない点が多いとは思いますが、温かい目でお願いいたします。
使い古された設定ですみません<m(__)m>
メディナは走っていた。
幼いころにお転婆と周りから小言ばかりだったけれど、今馬に乗って全力で駆けられるのだから、お転婆でよかったと思う。
『コンラッド様が、血まみれの――――――』
メディナより門の近くにいた使用人が、わざわざ報告しに来てくれたのだ。
2歳上の幼馴染が所属する騎士団が、大規模な野盗の討伐に出たのが数日前。都の近くの森に巣食った彼らに、どれだけの商人たちが泣かされたことか。父が大きな商会を営むメディナの家でも、荷が襲われることがあった。
意外にも統率の取れた野盗たちは、中々尻尾を掴ませず、アジトどころか正確な人数もリーダーも中々特定できなかった。
そして、ようやくアジトなどが判明し、大規模な討伐部隊が編成された。
そこに、幼馴染の名前があった時、メディナは内心で悲鳴を上げていた。
彼に会うと、いつも素直になれないメディナ。
優しく、いつもわがままをいうメディナを、困ったように笑ってみていた彼。
大きな商会を営む父の娘と言うことで、よく狙われたメディナを、いつも心配してくれた彼。
少しでも治安が良くなるように、そう言って騎士になった彼。
『あなたみたいなひ弱な人が、騎士なんてなれっこないわ!!』
嘘。本当は心配だから騎士になんてなってほしくなかった。
『うん、だけど、もう決めたんだ』
いつも、最後はメディナの言うことを聞いてくれたのに、このときは困ったように笑いながらも、決して自分の意見を翻そうとはしなかった。
貴族の3男で、家督を継ぐ権利はない。
騎士にならずとも、穏やかな性格と、読書家で知識量も豊富な彼は、家督を継ぐ長男を支えることもできた。
それでも、彼は騎士になった。
(血まみれって、もしかして・・・・・)
親が貴族相手の商売もしていて知り合った彼。穏やかでゆっくりとした雰囲気が好きで、でも素直になれなくて、いつも嫌な態度をとるメディナを、それでも彼は見捨てなかった。
騎士になってからは忙しく、会う頻度は減ったどころかほとんどなかった。
それでも、街に出れば知らず姿を探していたし、少しでも姿を見れた日は一日幸せだった。
――――――今日も無事な姿が見れた。
それだけで、良かったのに。
(バカバカバカバカ!!だから騎士になんてならなければよかったのに)
風が染みて、視界が曇る。風で目が乾くから、涙が出るのだ。
ぐいっと目元を拭ったとき、彼が所属する騎士団の建物の前についていた。
「コンラッドは!!コンラッドはどこにいますか?」
「へっ、えっ、コンラッド?」
門に立つ騎士に詰め寄り、襟首を掴むメディナに、騎士も困惑していた。
「いいから、教えなさい!!」
「へ、部屋にいるかと」
「どこ!!」
「2階の東側の角部屋・・・・」
それだけ聞いて、メディナは走る。これも、お転婆時代に培ったものだ。スカートをたくしあげ、淑女にあるまじき速さで駆ける。
2階に上がり、東へと曲がる。途中すれ違う人間にぎょっとされながらも、時には捕まりそうになりながらも、その手をかいくぐって彼の元へと走る。
「ここだわ!!」
目的の部屋を見つけ、息を整えることすらまどろっこしく扉を開ける。
「コンラッド!!」
「えっ!?」
部屋の中には、目的の人物がいた。
驚きに薄い緑の瞳を見開き、最後に見たときより少し伸びた茶色の髪。なにより、昔とは比べ物にならないくらい逞しくなった身体。
メディナの目は、もう限界だった。
「えっ、えっ、メディナ?」
「馬鹿ぁ!!血まみれになって、だからぁ、だから、ひっく、騎士になんて、ひっく、ダメって」
「えっ、わぁ、メディナ?泣かないで?」
扉を開けたのに、その中の人物が生きているというだけで、メディナは限界だった。
大粒の涙が大きな青い瞳から止めどなく溢れる。
(生きてた、生きてた)
血まみれだと聞いたのに、彼はとくに大きなけがもないようだ。だって、裸の上半身には怪我どころか、包帯もない。
(ん?怪我がない?)
血まみれになったときいたのに、どうして怪我がないのだろうか?
我に返ったメディナの瞳から、ピタッと涙が止まる。
「良かった、泣き止んで?」
そのままズカズカと室内に足を進め、コンラッドの数歩手前に立つメディナ。安堵の表情から困惑の表情に変わったコンラッドが、さらに困った顔に変わる。
「えっと、とりあえず、僕服を・・・」
「どうして・・・」
「えっ?」
「どうして傷一つないのよ!!」
「ええっ!!」
恥とかそんなものを感じないくらい、さっきまでの絶望的な悲しみから一転、怒りが青い瞳に浮かぶ。
「血まみれって言ってたじゃない!!」
「えっと、怪我した人を担いで帰ってきたから?」
「ま、紛らわしいことしないでよ!!」
「ええっ!!」
血まみれの人間を担いできただけだったのか。
(し、心配したのに!!)
無事に二本の足で立ち、傷(古傷はある)のない体を見たら、なんだかものすごく怒れてきた。
「馬鹿っ!!心配したじゃない!!」
「ご、ごめん」
「私の涙を返しなさいよ!!」
「ええっ!!」
(でも、怪我がなくてよかった)
最後はやっぱり安堵の気持ちが大きくなってしまい、また大きな瞳に涙が浮かぶ。
「ホントに、ホントに、心配して・・・」
「ご、ごめん。心配かけて・・・」
「いつもいつも、ひっく、あなたが無事でいるように、ひっく、お祈り、してたのにって」
「ありがとう」
「もし、あなたが、ひっく、無事に帰って、こな、かったら」
「うん」
いつの間にか、コンラッドが子供のように泣きじゃくるメディナの目の前にいて、穏やかな笑みを浮かべていたことに、メディナは気づかない。
「きょ、教会を焼き払おうかと、思ったのよ」
「うん、それは、僕無事に帰れてよかったかな」
本当にしでかしそうなところがメディナの怖いところである。
躊躇いがちに、伸ばされたコンラッドの手を、拒むことも考え付かないくらい、メディナはいっぱいいっぱいだった。
緩く抱きしめられて、そのぬくもりを服越しに感じて、一層涙が止まらなくなる。
「ガキ大将に、いじ、められてた、あなたを、ひっく、守ってたのは、私だったのに」
「・・・・うん」
「あなたが、騎士になるって、ひっく、心配だった」
「ごめん」
「誰かに、いじめられて、ない、か、心配だった」
「うん」
「わ、私がいなく、ても、ひっく、大丈夫だって、思いたくなかった」
「うん」
「どうして、私は、ひっく、お、女に、ひっく、生まれたんだろうって、いつも思ってた」
「えっと、どうして?」
「だって、そしたら、ひっく、私も騎士になって、あなたをずっと守れるのに、って」
「うん、えっと、相変わらず男前だね」
いつの間にかぐっと抱きしめられ、自分の頭がコンラッドの胸に押し当てられていた。
その胸を伝わって、コンラッドが笑った気がして、メディナはきっとまなじりを釣り上げた。
「笑い事じゃないわ!!」
「ごめん」
「さっきから謝ってばかり!!」
「ごめん」
「ほら、また!!いい加減に・・・・」
「あまりにも君が可愛くて」
「っ!!」
見上げた先に見えた、コンラッドの微笑みが、慈しむように、愛おしむような眼差しをしていて、思わず息をのんだ。
「僕はね、いつもいつも僕の手を引いてあるくお姫様を、守りたかった」
「・・・どうして?」
「自分よりも大きな男の子に強気で向かうのに、そのあとに握った手が震えていたし」
「・・・・」
「お転婆が過ぎて怒られると、歯を食いしばって涙を耐える姿を見ていたし」
「・・・・」
「なにより、優しいのを知っていたから」
「・・・・」
あまりにいつもと違うコンラッドの雰囲気に、メディナはあっけにとられる。
いつも優しいのは確かだったが、今目の前にいる人間は、さらに砂糖をまぶしたような甘ったるい雰囲気を醸し出している。
(誰?この人?)
いつの間にか抱きしめられているし、目の前には砂糖菓子のように甘い言葉を吐く幼馴染がいて、メディナの思考は見事に停止したのだった。