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蒼の遭遇

授業が終わって、放課後。私はユエルちゃんの家に招待された。

橋を渡って、私の家とは反対方向の道を進む。私も彼女も、言葉は交わさなかった。

家に着き、部屋に上がって。先に口を開いたのは私だった。

「あなたは、何者なの?」

志輝のこと、黒水晶のこと、それを教えてくれたのは彼女だけれど。本当の記憶を取り戻して状況を理解した今の私には、むしろこれらの情報を知る彼女こそが理解できなかった。

志輝が不思議な力で世界を変えた。私以外の全てが変わってしまって、志輝のことを知らないはずの世界なのに、何故彼女は。

問いかけられたユエルちゃんは、結んでいた口の端を綻ばせる。

「私は、貴女の願いを叶えるモノ。貴女を救うために形を持った星の意志なの」

「星の、意志……それって」

人間じゃないってこと?

そう続けることができず、言葉を飲み込んでしまう。

でもユエルちゃんは意味を汲んだのか、優しい笑顔を湛えて頷いた。

「朔来志輝は「真実眼(トゥルー・アイズ)」の能力によって世界そのものを創り変えた。けれど、一人が手にした力だけじゃ、世界の全てを完全に掌握することはできなかった。だから、朔来志輝の創ったこの世界には、様々な歪みが生じている」

その歪みのひとつが、私だと。そう、ユエルちゃんは言った。

「朔来志輝が存在しないはずなのに、さくらい孤児院には朔来志輝の部屋があって、そのクレヨンがあった。それも歪みのひとつ」

言われて、私はポケットからクレヨンを取り出す。こんなちっぽけなクレヨンの一本も、志輝の力から

溢れてしまった世界の歪みのひとつということらしい。

「かなめちゃんは、朔来志輝にもう一度会いたいんだよね」

「うん。志輝だけじゃない、他の皆にも。……でも」

本当にまた会えるのかな。別の世界の存在に、遠い存在になってしまった皆に。

「会いに行く、その方法はある」

「……どうするの?」

「朔来志輝が創り出したこの世界を……壊すの」




ユエルちゃんと別れた私は、一人帰り道を歩いていく。外はもう夕日のオレンジに染められていた。

志輝ともう一度会うために、志輝の創った世界を壊す。それがどういう事を指すのか、ユエルちゃんは教えてくれなかった。

それに……志輝に会いたいと言ったのは私だけど、もう二度と志輝には会えないんじゃないかって、私自身が思っているのも確かなことで。

ううん。それも少し違う。志輝は……きっと、私に会いたくないんじゃないかって。あの時の志輝を、志輝の優しい表情を見た私は、そう感じた。

はっきりと思い出せる、あの時の志輝の微笑み。

私にも陽祐にも、子供たちと遊んでいる時だって、あんな顔を今まで見せたことはなかった。

あれはきっと、志輝が心から望んだことを果たせたからできた表情だと思った。世界を創り変えることは志輝が本当にやりたかったことで、その結果世界から自分が消えてしまっても仕方ないって受け入れられるくらいの思いだったから。

もし会いに行ける条件が整ったとしても。私が会いに行っても、いいのかな。

途中、鞘橋に繋がる道を通るところで、私は橋に歩みを向けた。特に何も理由はないけれど。

橋の真ん中まで来て、手すりから川と景色を眺める。穏やかな町並みと河川敷が夕日に彩られていて、川の流れがこちらにまで向いているみたいに風も吹き抜ける。

私、どうしたらいいんだろう。私がただ志輝に会いたいって理由だけで、志輝の世界を壊すことになってもいいのかな。

風の中を飛ぶ鳶に問うような視線を送ってみるけど、鳶は流されるままに何処かへと飛び去ってしまう。そりゃ、答えなんてわからないよね。

流れと風に揺れる水面が反射する夕日の光が、私を笑っているような気がした。ほんと、何考えてるんだろ、私。

ぐっと大きな伸びをして、帰り道に戻ろうとする私は、向き直った道の先にひとつの人影が佇んでいることに気付いた。




その人影……“人の形をした影そのモノ”が、吸い込まれそうな黒色をしたそれが、こっちを見ているような、不気味な直感が働いてしまって、足が止まる。

多分これも、星の意志とか能力とか、そういうのが関わる非現実的な存在なんだ。

人影は少しずつ、足を動かす素振りもなく私に近付いてくるのがわかった。このまま立ち止まっていたら危ない、そう思って私は反対側を振り向く。

「ぇ……嘘」

振り向いた先、少し遠くの道の先にも、人影が揺らめいていた。もう一度振り返ると、最初に見た人影も消えていない。

私は、二つの影に囲まれていた。

他に逃げ場は……橋の車道を見るけど、車の通りがまだ多い。挟んだ反対側の道に行こうにも、車に撥ねられる危険が高すぎる。川に飛び込むのも自殺するようなモノだ。私にはできない。

どうしたらいいの? 迷っている間に影は迫ってくる。あの深黒に触れられたらどうなってしまうの? きっと何か恐ろしいことが起こってしまう。

嫌、怖い、助けて、誰か。……志輝っ!

目の前が、真っ暗になる。

「伏せて!」

声が聞こえた。それが誰の声なのかなんて考える余裕もなく、その場にしゃがみ込むと。

頭上を駆ける、烈風を感じた。

少し経って、目を開ける。見てみると、私を挟んでいた二つの影が消えていた。代わりに、遠くに人間の姿が見えた。誰、だろう。

「あの、まだそこを動かないで!」

その誰かは私にそう言うと、辺りを警戒しつつこっちに向かってくる。この人は味方、でいいのかな。

近付いて見えてくるこの人……私と同じくらいの歳の男の子は、線の細くて気弱そうな雰囲気なのに、どこか只者ではないような気迫を感じる。緊張感がこちらにも伝わってくる。

「さっきの影、心当たりはある?」

「わからない……私、何も……」

「わかった。さっきは手応えがなかった、きっとまだ近くにいる」

彼は告げると、私を背に回すように立ち、右手を前に伸ばす。すると彼の右手に、淡い水色の光が灯った。

「ラピス2、アイスコード」

呟く彼の言葉を合図に、右手の光が強まる。すると彼の右手の平に白い煙が立ち上り、次の瞬間そこに蒼く透き通る氷の塊が現れていた。

また、彼のそうした行動を皮切りに、再び“人影”が二つ、陽炎の揺らめきの如く現出する。しかも先程の影とは様子が違い、その深黒の奥に何か別の存在を感じられた。

影のひとつが蠢く。それはもう一つの影と繋がり、重なり合う。そして、影を突き破るように何かがそこから飛び出してきた。

それは以前レジストさんが私の部屋に連れてきた、大きな猫みたいな動物だった。動物っていうよりもう少し怖い、獣って言葉が似合うモノだ。

陽祐が退治したって聞いたけれど。

「“ウォール”、てぇっ……!」

男の子が声を上げると、手のひらの氷の塊が収束し消える代わりに、獣の足下から氷の柱が突き出た。獣は空高く押し出される。この人、氷を操ってる……?

この普通じゃ有り得ない現象を起こせる人を、私は知ってる。志輝たちと同じ「能力者」なんだ、この人も。

獣は放り出された空中で身体を捻らせると、その四足に風の渦を起こして空中を跳ね回る。

「“スピア”、てぇっ!」

次の言葉で、氷の柱が微塵に砕けると共に男の子の右手が描く軌道上に鋭い氷柱が現れる。それらは獣を追う蒼の弾丸として射出され、獣を遠くへと追い払う。

氷柱を避け切りながら遠くへ着地した獣は、こちらを一瞥した後、橋から飛び降りた途端二つの影に戻り霧散した。

何だったんだろう、一体。




「あの、怪我はない?」

声を掛けられて、はっとする。もう、大丈夫なのかな。助かったのかな。

「あ、ありがとうございます……あなたは、もしかして」

「……もしかして、知ってるんですか。僕たち能力者の存在を」

能力者。やっぱり、そうなんだ。

「じゃ、じゃあ、その、僕が能力者だってこと、誰にも話さないでください。お願いします」

私の反応を見るや、男の子は段々と声も姿勢も低くなっていった。さっきまでの頼れそうな雰囲気は今の彼からは感じられない。

そんな様子がおかしくて、ふっと小さく笑いが漏れると。男の子は居心地悪そうに頭を掻く。

「そ、それじゃあ。帰り道、気を付けて」

そう言って、私を背にして早足で帰ろうとする男の子に。

「あの! 私、千種かなめ! あなたは?」

大声で呼びかけたら、驚いたのか男の子は肩から跳ねてこっちを振り向く。私、怖いかな……?

「……桜井零志(さくらいれいし)、です」

……えっ、さくらい……? まさか、ね。

男の子、桜井くんはさっきと同じスピードで歩き出すと、夕暮れの町に消えてしまった。

あまり長居すると、また獣が襲ってくるかもしれない。私も少し歩調を早めて家に帰ろう。

獣のこと、能力者のこと。……この世界のこと。

ユエルちゃんに聞きたいことが、まだまだたくさんある。

今度こそ、全部、教えてね。ユエルちゃん。

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