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百花恋歌  作者: 妃蝶
7/15

第七話 百花繚乱

 お待たせしました!新章です。

(キス、しちゃったなぁ・・・。)

 まだ雨の止まぬ夜遅く、自分の部屋のベッドの上で、瑠南は、恍惚とした気分で自分の唇に右手中指をそっと這わせた。

 つい二、三時間前に凜の唇と重なっていた唇であることを、瑠南は思い出して紅くなると同時に優越感と感動で胸が一杯になった。彼女の願いが、とうとう叶ったのだ。

 二人は付き合う事になった。長いキスを終えた直後、凜は、自分の右手人差し指を自分の唇に、左手の人差し指を瑠南の唇に当てて、

(「この事は、二人だけの秘密だよ。」)

 と言った。

 その『秘密』という言葉の響きに、胸が淡く甘く高鳴ったのを、瑠南は今も抑えられずにいた。

 同時に心の中は、百輪もの花が一斉に花を開かせたような、不思議な幸福感に見舞われた。その花々は様々な種類で、色で、形で、芳しい良い香りで、まるで二人の恋を祝福しているようであった。

(百花繚乱の恋、か。)

 瑠南は、まだ咲き止まぬ心の百花(ひゃっか)を抱えて、照明を消すと、幸せの中眠りに就いた。


 翌朝の午前六時三十分、寝ぼけ心地の璃華はぼんやりとした意識のまま、いつも通りキッチンへと足を踏み入れた。

「おはよう。」

「あっ、璃華、おはよう!」

 璃華の声にいち早く反応したのは、朝食を作る母の手伝いをする瑠南だった。続けて、母もオムレツを焼きながら振り返って、

「おはよう。」

 と言った。

(しかし、瑠南、今日は本当にご機嫌だなあ。)

 璃華は、キッチンの木製のテーブルを濡れ布巾で拭きつつ、瑠南をちらりと見やった。

 鼻歌混じりに、棚から白い皿を取り出す瑠南。彼女は、いつもならこの時間帯は大抵まだ寝ており、母の手伝いはほとんど璃華が行っていた。もしくは、璃華が調子の悪い時は、母に叩き起こされた瑠南が不機嫌そうに手伝いをしていた。

 でも今日は、なぜか機嫌が良いらしい。気のせいか、いつもの朝よりもずっとイキイキとしていて、笑顔が眩しい。

(妙な事もあるものね。)

 不思議に思った璃華の脳裏に一瞬、凜とのことが浮かんだがすぐにかき消した。

(そんなはず、絶対ないよ。もし仮にそうだとしても、どうしたっていうのさ。)

 璃華は、一旦手を休めて自分に言い聞かせた。

(もうウチは、凜先生と瑠南のことには関わらないって決めたの。だから、そうだとしても、ウチには関係ない。)

 彼女は心の中で、この言葉を呪文のように繰り返して、また手を動かした。心の奥に(わず)かに残るモヤモヤを必死に消そうと、布巾を掴んでいる手を規則的に動かした。


(今日は久しぶりに、空が青いなぁ~。)

 昼休みの誰もいない教室で、瑠南は自分の席から、すぐ横の窓ガラスの上部に果てしなく広がる青空を見ていた。今日の青空は、本当に澄みわたっていて綺麗な(あお)い空である。

(凜先生もきっと、この空を見ているんだろうな・・・。)

 瑠南は、自身の恋人のことを考えて、思わず微笑した。さっきからずっと凜の事で頭が一杯で、授業中もいつにも増して上の空だった。

(恋人がいるって、こういう感じなんだぁ。)

 彼女は、うーんと背伸びをして、頬杖をついてまた空を見た。

(本当、幸せ。)

 有り余るほどの幸せな気分に、彼女は目を閉じた。目を閉じれば、そこには凜がいて、瑠南の方に優しく微笑んでいる。

 甘酸っぱいようなくすぐったい気持ちに、瑠南は少し声を出して笑った。

「なんでそんなに笑ってんの?」

「そりゃあだって、誰でもこんなに幸せな事があったら─って、はぁ!?」

 自分の独り言(独り笑い?)に返ってきた返答に驚き、瑠南は椅子から落ちそうになった。

(だ、誰!?)

 瑠南がガバっと勢いよく振り向くと、そこには、ニヤニヤしながらポケットに手を突っ込んで立っている純也がいた。

「純也!なんでアンタはここにいんの?ルイス達とサッカーしてたんじゃなかったの?」

「いや、もう終わった。そんで教室に戻ったら、お前が一人でニヘニヘしてた。あ、ついでに言っとくけど、キモかったよ。」

「いや、一言余計。・・・てか、いつからいたの!?」

 純也は、太めの黒い眉を額の中心によせてしばらく考え込んだ後、

「背伸びした辺りから、かな?」

 と言った。その声を耳に入れるや、瑠南は真っ赤になって机に突っ伏した。

「うわー、恥ずかしい!ていうか、なんでよりによってアンタなんかに見られたんだろう!」

「いや、知らねーし!俺だって、別に見たくて見てた訳じゃないから!」

「何その、『女子の着替え見ちゃった時の男子の言い訳』的な言い方ー!なんかムカつくー!」

「は?いや、例えがわかんないから。てか、マジで、たまたま来て面白そうだったから─、」

「面白そうって!」

 もう訳がわからなくなって、瑠南は机から顔を起こして笑った。

「ハハハっ、もうヤダ!よし、この話は終わり。あっ、あとさ、さっきのウチの様子、みんなに喋っちゃ絶対ノーだからね?」

 瑠南が、人差し指を自身の唇に当てると、純也も苦笑して頷いた。

「ハイハイ、つまんないけどわかったよ。」

「ちょっと、つまんないって、─」

「ごめんごめん、冗談だから。・・・まぁ、俺も瑠南が一人でニヤける気持ち、わかんなくもないしさ。」

 珍しく、最後に真顔でそう言った純也を見て、瑠南は首をかしげた。そんな彼女を見て、純也は口早にこう言った。

「瑠南、好きな人でも出来たんでしょ?」

 彼の一言に、瑠南の胸の前を、昨夜の出来事が一瞬ふっと掠めていった。その拍子に瑠南は思わず、自分でも知らぬ間に頷いていた。

「純也、なんでわかったの?」

 純也も、少し呆気にとられたようで、

「図星かよ・・・!」

 と呟くと、首を捻ってしばらく考えた後、

「直感、だね。」

 と言った。瑠南は素直に感心して、うんうん、と数回頷いた。

「うん、なんかすごいね。・・・あ、あと、そう言ってる純也も好きな人とか、いるの?」

「なっ・・・!?」

 面食らったような顔をして、純也は数秒間固まった。でも、平然とした感じで、

「好きな人くらい、いるよ。」

 と、聞き取りにくいくらいに小さな声でボソリと言った。

 瑠南は、いよいよ興味を持ってニヤリと笑うと、彼に尋ねた。

「誰、誰?ウチが知ってる子?」

「いや、知ってるもなにも・・・、つーか、内緒!瑠南に言うと、ぜってーばらされる!」

「ばらさないから、一生のお願い!」

 瑠南は、両手を合わせて純也をじっと見た。しかし、純也は、

「ムリ!絶対にヤダよ。」

 と、若干尖(とが)った唇を更に(とが)らせて、頑なに拒否をした。

 その様子を見て諦めのついた瑠南は、口を不服そうにへの字に曲げて、ため息をついた。

「ふん、あっそ。じゃあ、ウチの好きな人も教えてやんない。」

 べーっ、と舌を出した瑠南をちらりと見て、純也は急に素っ気なく、

「別に、いいよ。興味ないし。」

 と言って、窓縁の出っ張ったところにに座ると、黙って空を見始めた。

 瑠南は、

(ずいぶんと素っ気ないなぁ。)

 と少し不満を持ちつつも、

「そう。なら、いいけど。」

 とだけ言い残して、トイレに行くために教室を後にした。


 午後四時過ぎ、放課後の生徒玄関は人がまばらにしかいない中、璃華は帰宅するために靴を履き替えていた。

 今日、瑠南は、バレエこそないものの委員会のために今も活動に励んでいた。瑠南は、学年委員で学級会などのノート書記をしている。

 ちなみに、璃華は保健委員で今日は活動もなく、普段一緒に帰る友達がみんな委員会や部活で忙しい故に、こうして一人で寂しく帰ることになってしまったのである。

(なんか、やだなぁ・・・。)

 朝のモヤモヤした重だるい気持ちを今まで引きずってしまったのと、そのモヤモヤを吹き飛ばしてくれるような一緒に帰る友達がいないのとで、彼女は二重に心を病んでいた。

(空はあんなに青いのに・・・。)

 璃華は、長く細い息を吐きながら、ガラス越しの青空を眺めた。

 朝からずっと雲一つない快晴、ついこの間までの雨空が嘘だったとでも言いたげな蒼い蒼い大空、金色に輝く掴めない太陽─

(きっと空には、悩みなんてないんだろうね。)

 空を少しだけ憎く思いながら、靴を履き終えて外に出ようとした時、璃華の背後から、

「あっ、璃華じゃん!」

 という少年の声がした。その声に璃華がくるりと振り返ると、彼女の前には、白い歯を見せて笑う純也が立っていた。

「久しぶり、璃華。」

「あ、純也、久しぶり!あれ、純也も今、帰り?」

 璃華が尋ねると、純也は一つ頷いてみせた。

「うん。あぁ、でもさ、今はルイス待ってるんだ。アイツ、学級の副委員長やってるからさ。」

「ふーん、そっか。・・・ところで、純也、今日部活はお休みなの?」

「佐藤先生が出張中だから、休み。」

 佐藤先生とは、バレーボール部顧問の佐藤航一(さとう・こういち)の事である。四十代後半の既婚の男性教諭で、三年一組の担任であり理科の教師である。194センチとかなりの長身で、強面で色黒且つ筋肉質で角刈りというルックスではあるものの、優しくフレンドリーな性格のため、生徒からの人気は高い教師だ。

「そう言われてみれば、佐藤先生って結構出張多いよね。」

「うん。だから、部活が休みになる事もあって、ラッキーってワケ!」

 ピースをして、ニッと笑う純也。純也は、笑顔が本当によく似合う。

 璃華も、笑ってはみせたが心がモヤモヤしているせいなのか、顔の筋肉が強ばり、ぎこちない笑顔になってしまっているのが自分でもよくわかった。

 だが、笑顔がぎこちなかったのは純也にも感じとられてしまっていたようで、彼は璃華の顔を探るように一瞬見て、すぐに目を逸らして聞き取れないくらいの小さな声で言った。

「璃華、なんか悩み事でもあるの?」

「ほぇっ・・・?」

(気づいてたの!?)

 率直に言い当てられて驚いた璃華は、思わず変な声をあげて純也の顔を見た。彼女は普段、友達や知り合いであっても、男子や男性の目や顔をずっと見ている事を苦手としていたが、純也は不思議と大丈夫だった。

 一方の純也は、璃華の目を少しの間まっすぐにじっと見て、なぜか気まずそうに視線を逸らして苦笑混じりにこう言った。

「い、いや、変に思わないで!なんとなく、だから。あ、もし何かあったんなら、ゴメン。だから、今言った事は本当に気にしないで。」

 純也にしては珍しい遠慮がちな発言に、璃華は、慌てて首を横に振った。

「ううん、全然そうゆう事じゃないの!あっ、こっちこそゴメンね。気を遣わせちゃって・・・。」

 璃華がこう述べると、純也は安心したように一息ついて璃華を見た。

「なら、よかった。ハハハ、心配しちゃったよ。だって、笑顔がいつもとなんか違ってたからさ。」

 またも、些細ではあるが本当の事を率直に言われて、璃華は少し恥ずかしくなってきて、慌てて純也から目を逸らしてごまかし笑いを浮かべた。

「あはは・・・、そう、かなぁ?純也が心配してくれたのはすごく有難いんだけど、ウチ、別に悩みごとは無い、よ?」

 璃華は、曖昧な風に首をかしげて純也のことを見た。彼は一瞬、璃華の瞳をじっとまっすぐに見た後、また、すぐに、

「なら、いっか。」

 と、眩しいくらいに白い歯を見せて笑った。そして、後ろの廊下の方を振り返って、

「そろそろ、委員会終わったかな?」

 と言うなり、もう一度璃華の方をサッと見て、

「そんじゃ、気をつけて。」

 とだけ言うと、すぐさま廊下を駆け出した。

 そんな純也の後ろ姿に、璃華は、呆然と、

「あ・・・、じゃあね。」

 と小声で呟いて、玄関の扉を押し開けて外に出た。

 外に出ると、生温い風が優しく彼女の両頬を撫でた。その風が妙に心地良くて、優しく感じられて、璃華は一人で微笑した。

(あっ、そういえば!)

 彼女は心のモヤモヤが、先程純也と話した事によって、僅かにだが晴れてきた事を悟った。

 純也は璃華にとって、恋愛対象には全くと言ってもいい程なりはしないが、友達としては一番好きな男子である。幼稚園の頃は、彼女と瑠南と純也と茅祐の四人で、よく一緒に遊んだりもしたし、中学校に入ってからもよく一緒におしゃべりをしたり、誕生日やクリスマスにはプレゼントを交換したりしている。

 そして時には、色々な悩みを相談したりもした。友達の事、学校の事、三年生になってからは高校受験の事─、そんな悩みは純也に相談するとあっという間に解決して、次の日には悩んでいた事すらすっかり忘れていた。

 そんな事を思い返している今も、モヤモヤと曇っていた心は少しずつ、少しずつ、天に広がる青空のような心に近づいてきている。

(心が、ちょっと軽いかも。)

 その軽快な気持ちが、誰かからプレゼントを貰ったときのように嬉しくて、ミントキャンディーのようにちょっとだけ爽やかで、璃華は軽い足取りで家路を歩いた。


 その夜、凜は風呂から上がるやいなや、ベッドに飛び込んだ。ただ、飛び込みたい気分だった。当たり前な事に飛び込むとそれなりの音がするが、ここは防音効果付きの二十階建てマンションのため、隣室や階下の部屋の住人の迷惑にはならない。(ちなみに、凜は十一階に住んでいる。)

(瑠南、今頃何してるんだろう?)

 ごろり、と体勢を仰向けに変えながら凜は、自身の可愛らしい恋人の姿を脳裏に思い浮かべた。

 凜は、当たり前の事ながら恋愛対象は異性であり、これまでの恋人も全て男性である。

 でも瑠南は、今までの恋人とは違う同性の恋人だ。凜にとって、女性は恋愛対象外だが、瑠南は特別であった。

 それに、二人共お互い違った意味での『初めて』同士なので、凜は、今までの恋とはまた違ったときめきを感じていた。それはまるで、心の中に愛の花がたくさん咲いたような、淡くて繊細で純粋な、初恋にもよく似たときめきである。

(百花繚乱、か。)

 心でそう呟けば、凜はなぜかたまらなく満たされた気持ちになり、またベッドから起き上がると、髪を乾かすためにドライヤーのある洗面所へと向かった。

 余談ですが、作者の私が自分で言うのもなんなんですが、この物語中の登場人物では、凜さんとルイス君がお気に入りです(笑)。

(ハーフや長身細身への憧れが強いんでしょうかね、私・・・。)

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