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百花恋歌  作者: 妃蝶
3/15

第三話 薄桜花の初恋

 あけましておめでとうございます!

 本年もどうか、宜しくお願い致します。


 サブタイトルについてなのですが、『薄桜花』は『うすおうか』と読みます。(私の作った言葉です)

 イメージ的に、白に近い、本当に薄いピンクの桜のことなので、どうか御理解の程宜しくお願いします。

 

(まったく、瑠南ってば、また傘忘れて・・・。)

 二日後の水曜日の午後七時半。璃華は、自分の分と瑠南の分の二本の傘を持って、バスの調(ちょう)に体を預けていた。外は雨。母は瑠南に傘を持って行くように進めたが、瑠南は

(「大丈夫!天気予報でも七時以降は止むって言ってたし。だから、本当に大丈夫!じゃあ、行ってきます。」)

と強情に突っぱね、徒歩でバレエ教室に向かって行ったのである。

(本当に意地っ張りなんだから・・・。)

 内心、姉の行動に飽きれつつも、璃華は窓の外の風景をちらりと見た。

 雨に濡れた夜の街。星と月が雨雲に身を隠したせいか、家の照明の光や店の灯りが、いつにも増してキラキラと煌めいているように見える。

 それはまるで、雨空から街に降りてきたの星のようだ、と璃華は思った。どこか少し気だるげで、でも妙に心がときめくような、切なくなるような─。

(星の夜も綺麗だけど、雨の夜も綺麗かも。)

 璃華は、藍色と濃紺の間の色の夜空と、雨の街に輝くたくさんの星を見て、愛おしそうに目を細めた。


 バスを降りた璃華は、バレエ教室へと足を速めた。バレエ教室は、バス停から一分足らずで辿り着ける距離にあるので、暗くても怖くはない。

 もうレッスンは終了したようで、玄関からは数名の生徒が出てきていた。

(え~と、瑠南はいるかな?)

 門を入って玄関へと向かう。そこの屋根のついた石段に、瑠南は一人の女性と一緒に居た。

(あっ、もしかして凜先生?)

 璃華が少し歩調を速めてそちらへ向かうと、瑠南が気付いたようである。こちらへ手を振って、凜らしき女性に何やら話し掛けた。

 更に小走りになって石段に近づく璃華。そこの三段目に居たのは、瑠南と凜だった。

 璃華が石段を一段上ると、凜が花の咲いたような笑みで、璃華に会釈した。

「こんにちは、璃華ちゃん。」

 美しすぎるその笑みに、璃華は思わず息を呑んだ。

「こんにちは、凜先生。」

 なるべく、落ち着いた感じの笑顔で会釈しつつも、璃華の心臓は緊張しているようで、アップテンポなビートを刻んでいた。

(綺麗な女性(ひと)・・・!まるで、どこかの国の貴婦人のよう。)

 そんな事まで考えてしまう程、璃華は凜を美しいと思った。

 一方の凜も、璃華を見て息を呑んだ。

「本当に・・・、瑠南そっくりなんだね。私、こんなにそっくりな双子を見たの、初めてかも。」

 薄紅色の唇を三日月形にして優しい表情を浮かべた凜を見て、璃華はまたもうっとりとした。

(声まで綺麗なんて!名前の通り凜としていて、透き通るような声ね。)

 凜は、璃華が生まれて初めて見る『本当に美しい女性(ひと)』かもしれない。璃華は生まれてから十五年間の記憶上、このような類いの女性は見たことが無かった。

 璃華はしばらく、自分達双子についての事で瑠南と会話する凜に見とれていた。そんな時弱めの風がふわりと吹いて、璃華の長い、高い位置で結われたサイドテールが風にさらりとなびいた。それと同時に彼女の元へ、微かに、優しい水辺の花の香りが届いた。

(睡蓮の香り?)

 璃華は、香りのした方向に居た凜を見た。

 目の前に居る、美しく高貴な優しい女性。花のような笑みを浮かべる彼女の姿に、朝に花開く白い睡蓮が重なる。

(睡蓮の花・・・。この方にぴったり。)

 璃華はもう一度、まだ少し残る、白い睡蓮の香りを胸一杯に、優しく静かに吸い込んだ。

「・・・か、璃華。」

「・・・あっ、はい。」

 瑠南の声によって、璃華は一気に現実世界に連れ戻された。瑠南は、「やっと気付いた。」と苦笑した。

「帰ろ。もう暗いし。」

「あ、うん。そうだね。」

 璃華は瑠南に、白地に青のボーダーの傘を差し出した。璃華も自分の、紺地に白のドットの傘を差す。

 瑠南も傘を差して、凛を振り返った。

「凜先生、ありがとうございました。じゃあ、さようなら!」

 凜も優しい笑みで頷いた。

「うん、じゃあね、瑠南、璃華ちゃん。気を付けて帰るのよ。」

 瑠南は石段をひょい、と飛び下りて凛に手を振った。

「さようなら!」

「さよなら。」

 璃華もお辞儀をして、少し控え目に手を振った。凜は今も二人に手を振りつづけている。璃華は凜の優しさを感じて、まだ帰りたくない気持ちもあったが、もう暗い。なので瑠南に、

「帰ろっか。」

と声を掛けて、二人は小雨の中ゆっくりと、バス停までの道を歩き始めた。


(璃華、かぁ。想像以上に瑠南とそっくりの()だったな。)

 夜十時半、凜は家の浴槽に浸かりながら、先程見た、瑠南そっくりな双子の妹をぼんやりと思い浮かべた。

 桜の香りの入浴剤のほのかに甘く優しい香りが、凜の白く美しい痩身を包み、雨の中の記憶を呼び起こす。

(ライラックと言うよりは・・・、)

 璃華は瑠南よりも一回り位小さくて細くて、どこか儚げな美少女だった。顔こそそっくりではあるが、他は全く違うように思える。

 夜の雨の中にただずむ璃華はまるで、白に近い薄紅の花弁を春風に舞わせながら、儚く美しく、凜と香る桜の花のような少女だった。

(桜、かぁ・・・。)

 桜色のお湯を(すく)い上げて広げた、凜の白い長い指からお湯が水面に滴り落ちる。

 滴る雫は、外に降る春の小雨を思わせた。

 同時にその雫は、雨の中傘を差して、こちらに手を振って笑い掛けてくれた瑠南を連想させた。

(今、あの()は何をしているんだろう?)

 凜はため息混じりにそう考えて、浴槽を出た。


(凜先生は今、何をしているのかな・・・。)

 夜十一時過ぎ、瑠南は眠れず、ベッドの中で寝返りをうった。下ろした長い髪が顔に何筋かかかったので、右手で払う。

 はらり、と払われた黒髪は、まだシャンプーの香りが残っていた。アジアンテイストで、大人な香り。母や璃華と兼用だが、瑠南はこのシャンプーとコンディショナーが気に入っている。その香りが、睡蓮も入っているらしく、凜を想像させるからだ。

(もう寝ちゃったかなあ。)

 目を閉じた瞼の裏には、先程小雨の中に見た凜の姿。睡蓮の香りまでするのではないか、という程にはっきりと浮かび上がる。凜として美しい、瑠南の最愛の女性(ひと)

 掴めないとわかっていても、幻想だとわかっていても、手を伸ばしてしまう。

 そうすると凜の幻影は、瞼の裏の黒に溶けるように消えてしまった。

(ひどいなぁ・・・。)

 瑠南はそのまま、深い眠りへと、ゆっくりと落ちていった。


(凜先生、今何してるかなあ。)

 授業の合間の十分休みの三年三組、璃華は小説を読んではいたが、内容が全く頭に入らないでいた。

 昨夜からなぜか、凜のことが気になって、彼女のことを考えてばかりいる。授業中も、当てられた時以外は、ずっと凜のことを考えていた。

(さすがにそれは、ヤバイか。もう中三なんだし、高校受験とか進路の事も考えなきゃ。)

 自分に一喝しつつも、璃華は今だに凜のことを頭から離せずにいた。

「璃華。・・・璃華!ねえってば、璃華!」

「ふぁえっ !?」

 我に返って突然聞こえた声に驚き、璃華は変な声を上げて、小説から頭を上げた。

 そこには、璃華より少し高い位の身長で、筋肉質でやや色黒ではあるが、均整のとれたスタイルにショートヘアーで、どこかボーイッシュな少女で小学校の頃からの友人・菊池蓮奈(きくち・れな)が、璃華の机に両手を置いて、苦笑いしながら立っていた。

「何ボーッとしてたの?璃華、何かあった?」

 顔に似合わず、女の子らしい声で言われた言葉には、投げやりながらも気遣いが含まれていた。

 それがいつもの事ながら少し嬉しい璃華は、笑って首をかしげた。

「別に?」

「えー、何その意味深な感じー!めっちゃ気になるんだけど。」

「それよりもまず、今度の定期テストのことと、バスケの大会のことを考えましょう!」

 ぎくり、としたように、蓮奈の一重ではあるが形の良い大きな二つの目が、更に大きく見開かれた。璃華は笑った。

「あはは、図星~!」

「・・・うん、そうだけど。」

 ごまかし笑いを浮かべ、恥ずかしそうに頷く蓮奈。

 彼女は小学校三年生からバスケ部に所属して居り、今年で七年目になる。彼女の大学生の兄二人もバスケ経験者であり、よく一緒に練習をするとのこと。そのおかげなのか蓮奈もめきめきと腕を上げ、今では女子バスケ部のエースと呼ばれる程の腕前になった。

  その他、蓮奈の場合スポーツは、水泳以外はほとんど得意である。(彼女は泳げないそうだ。)

 蓮奈はスポーツ万能な一方、勉強の才能は全く開花せず、な模様。期末テストなどでも、二百点以上採れれば上出来、なんだそう。(さすがに、この前の期末テストでの数学で十三点は焦っていたが。)

「今度は十三点、採んないようにね。」

「う、うるさい!わかってるし!」

 真っ赤な顔で、じたばたしながら爆笑する蓮奈。本当にテストのことを心配しているのか、こちらが心配になりそうだ。

 璃華は、そんな様子の蓮奈とじゃれ合いつつも、心の中ではずっと、凜のことが忘れられないでいた。


 二日後の土曜日、瑠南はバレエのレッスンに(いそ)しんでいた

 今、夢花バレエは、五月末の発表会に向けて、普段より一層練習への熱が高まっている。近頃レッスン時間も、発表会が終わるまで二時間や三時間、あるいはそれ以上に増えて来た。教室の空気も、いつもに増してピリッと引き締まり、自分自身が特別な気持ちになる。

 瑠南は、この空気感が大好きである。この時期はとても忙しくて、でもその分とても楽しい。緊張と楽しみな気持ちが混ざり合って、毎年の事ながらワクワクしてしまう。教室のホワイトボードには、『発表会まであと○日!』という、みんなで描いたカウントダウン・カレンダーまであって、ますます瑠南の心は、体と共に踊る。

 ちなみに瑠南は今年、『海と真珠』のバリエーションで唯花と一緒に踊る事になっている。クラス(ごと)の何人かの組み合わせでは、『ロマネスク』という題で一曲踊る。

 あと、発表会の毎年のメインとも言える、シニアクラス全体(小五~高校生)と一部の講師の合同発表は『白鳥の湖』で、瑠南は黒鳥・オディールの役だ。オディールは、ヒロイン・オデットを白鳥の姿に変えた悪魔・ロットバルトの娘で、悪役であり主要人物である。

 瑠南は、初めての大役に戸惑いを感じつつ、大きな喜びを感じて日々のレッスンに励んでいる。

「ほら、瑠南!パッセはもっと足を高く上げて!目線はまっすぐ、回転はブレないようにね!」

 凜の声が教室中に響き渡る。今は『白鳥の湖』第三幕、オディールの登場シーンだ。

 ちなみにオディールには、一番の見せ場・三十二回転が有るため、回転の美しさがポイントとなる。この回転は、基本は一回転であるが、瑠南は個人的にダブル(二回転)の方がしっくりくるため、ダブルにすることが多くなっている。

(一、二、三、四・・・)

 回る回数を数えつつも、オディールになりきらなくてはいけないので、ある意味バレエはとても難しい。

 でも、その先にある達成感と、上手くいったときに大好きな人が見せる笑顔が、瑠南はたまらなく好きなのである。


(ああ、どうしようか。)

 夜、璃華はどうしようにもならない感情に心の中で狼狽(うろた)えつつ、宿題である数学のワークに取り組んでいた。

 指は、機械的に問題の解答を、解らないところはとばしつつ書いていくが、数学のワークなんて今の彼女にとってはどうでも良い。

 何せ、璃華は今日、大変な想いに気付いてしまった。

 昨日から、凜のことが忘れられない璃華。凜のことを思い出すと、幸せな気持ちになる反面、何故か無償に胸が苦しく切なくなった。そんな時には必ず、(また、凜先生に会いたい。)と思う。そして我に返ると、自分の頬が紅く、熱くなっているのだ。

 この感情は、憧れでもなければ、先生として好意を抱いているのでもない。

(ウチ、凜先生のこと、好きになっちゃった・・・!)

 そう、璃華は凜に恋をしてしまったのだ。初恋である。

 璃華は今まで恋をしたことが無いため、恋とはどんなものなのかを知る事なんて、全く無かった。第一、自分が同性に恋心を抱くなんて、考えたことも無い。璃華は今まで、同性に恋をすることは人として不思議では無いのではないか、と考えてはいたが、それが今の自分に当てはまる事を考えると、不思議過ぎて不思議だった。

 そして、一番肝心なことに、瑠南の好きな女性(ひと)と知りながら、同じ女性(ひと)を好きになってしまったのである。

 これでは、瑠南に相談はおろか、会わせる顔がない。

(ごめん、瑠南・・・。)

 璃華の大きな目から溢れ、頬を伝い、ワークに一滴の(しずく)が落ちて、染み入った。二滴、三滴・・・、止まらずに溢れ落ちる。罪悪感と悲しみとやるせなさと、今にも体から溢れ出しそうな心の叫び声が、涙となって流れ出ていく。

 声を殺して泣きながら、璃華は決断した。

(この想いは、誰にも明かさない。ましてや、瑠南には、死んでも明かさない。)

 彼女は、凜をずっと一途に愛し続ける瑠南を、悲しませたくなかった。気遣いもかけたくないし、悩ませたり遠慮させたりもしたくなかった、

 璃華は今、報われない恋の残酷さ、悲しさ、孤独を、生まれて初めて知った。

 次話は、少し長めのお話になるかも知れません。

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