R-4 隠匿
「騎士団長?!」
あたしは思わず口をあんぐりと開けてしまった。父さんが強いのは知っていたけれど、まさか騎士団長だったとは!
「昔の話だよ。でも、ミーナが騎士になりたいと言ったときは流石に驚いたけれどね。これは血かと思ったよ。いや、血の繋がりは全くないんだけれどね」
そう言って父さんは楽しそうに笑った。
いや、そこは笑うところではない。普段から父さんは何事にも動じなくてすごいなあと尊敬していたのだけれど、もしや神経が図太いだけなのではないだろうか?その点ではマルコととてもよく似ている。
血縁関係はないけれど?――ああ、それはもういいのよ!
完全に混乱してしまった。
「話を戻そう。とにかく二人の両親はセフィロト国から追われる立場にあるのだ。そして問題なのは、二人がその両親に生き写しの容姿をしていると言う事実なんだ」
あたしとマルコは思わず顔を見合わせた。
物心ついた時から隣にいた顔だ。目を閉じたって思い浮かべる事が出来る。
性格に似合わない切れ長の眼とそこにおさまる黄金の瞳、黙って座っていれば美少年だと絶賛してもらえる端正な顔立ち。象牙色のすべらかな肌は男にしておくのがもったいないくらいだ。
「ミーナなんて出会った頃のラックにそっくりよ」
「ラック……て?」
「あなたの母親の名前よ。とてもかわいいのよ! 本当、瞳の色以外はあなたに生き写しだわ。今も元気にしているのかしら」
「マルコも日に日にアレイに似てきたよ。あ、アレイというのはダイアナの弟、つまり本当の父親の名前だよ。その愛想のなさそうな目つきがそっくりだ」
昔を懐かしむように父さんと母さんは目を閉じた。ラックという母親とアレイという父親のことでも思い出しているんだろうか。
これでは話が進まない。
と思っていたら意外にもマルコが先に進めた。
「それはいいけど父さん、どうしてそんな話を急に? 今日来ていた人と関係あるの?」
「うーん、今日来ていた人というよりは国にお前たちの存在を知られてしまった事自体が問題なのだ」
父さんはそこではあ、とため息をついた。
「何しろ第一級お尋ね者の娘と息子だからね。しかも言い逃れ出来ないほどによく似ている。お前たちの両親を知る者が見ればすぐに分かってしまう。そこで、だ」
どうやらここからがやっと本題らしい。
あたしとマルコはぐっと身を乗り出した。
「この街を離れて欲しい」
「「ええっ?」」
思わず素っ頓狂な声が出た。ここまで平然としていたマルコもさすがに驚いたようで、二人見事にハモってしまった。
「いや一時的でいいんだ。捜索の手が弱まるまで、少し遠いがカトランジェという街に隠れていて欲しい。そこはお前たちの母親の故郷だからきっとよくしてくれるはずだ」
「カトランジェってどこ?」
「グライアル草原を越えて、ラッセル山を越えたところだ」
「遠いわ! 馬車で何日もかかるじゃない!」
悲鳴のような声が出た。それはあまりに遠すぎる。
「いつまでそこにいたらいいの?」
「分からない。だが、危険が去ったと思ったら迎えに行くよ。必ず。だからカトランジェで大人しく待っていて欲しい」
父さんの翡翠の瞳が真剣な光を帯びた。
あたしはこの目に弱い。どうしても逆らえなくなってしまうのだ。
「分かったわよ。マルコも行くわよね?」
聞くと、マルコはいつになく真剣な顔をしていた。もともと顔立ちは端正で凛としている。真剣な表情をすると近寄りがたい雰囲気をかもし出す。
「マルコ? どうしたの?」
恐る恐る聞くと、マルコははっとしたように頷いた。
「あ、うん、行くよ」
その瞬間に父さんと母さんの顔が輝いた。
「そうか、よかった。それじゃ、今夜のうちに馬車を手配したから準備してくれ」
「え、今夜? 急すぎない?」
「その方が都合がいいんだ。いいね、すぐに準備しなさい」
「はあい」
仕方がない。きっとすぐに帰れるだろうし、簡単に荷物を用意しよう。
ソファから立ち上がろうとすると、母さんは何処からか小さなオルゴールを取り出してきて、それを目の前のテーブルに置いた。
複雑な紋様が一面に装飾されていた。黒を基調にしたそのデザインはどこかで見た事がある――そう、じぃ様の家で見た悪魔の本の表紙に記されている悪魔紋章と同じだった。
父さんはゆっくりとそのオルゴールを開いた。
ねじが巻かれていないのかメロディーが流れることはなかった。
「これを持って行くといい」
オルゴールの中から何かの羽根を4枚取り出した。
純白の羽根と、少し根元が黒く染まった羽根がそれぞれ2枚ずつだった。
「お守りだ。それぞれ一枚ずつ持っていなさい」
その羽根はどちらも極上の手触りで、風もないのに手の中でさざめいた。
「これ、何の羽根?」
「秘密だ。だが、きっとお前たちを守ってくれるだろう。本物の親からのプレゼントだ。何しろ彼らがお前たちに残したのはこの羽根と、その名前だけだったからね」




