R-3 事実
じぃ様の所から家に戻ると父さんと母さんがあたしとマルコを呼んでリビングのソファに座らせた。
いつになく不穏な空気が流れていて、思わず緊張した。
先ほど訪れていた知らない男性はいったい誰だったんだろう?あの様相からするとセフィロト国の騎士のようだったが。
「ラスティミナ。マルコシアスも、よく聞きなさい」
父さんが本名で呼ぶのはとても久しぶりだった。
「大切な話がある」
「どうしたの、改まって」
あたしはマルコと二人顔を見合わせる。
父さんは困ったように笑うと首をかしげながら言った。
「うーん、何から話していいのか私にも分からないんだ」
「何だよ、それ」
隣に座ったマルコがけらけらと笑う。
こいつにはこの重苦しい空気が分からないのだろうか。
「でも二人とも言葉が理解できない年でもないだろう。これから言うことはすべて本当だからとりあえず聞いて欲しい。分からない事があったらすぐに聞くといい」
父さんはそう前置きしてから、ゆっくりと話し始めた。
「まずは最初に、18年前の戦争のことを話さなくてはいけない。セフィロト国は今も昔も天使を崇拝してきた。それは国に使える神官が天使を召還し、その力を借りる事が出来るからだということは知っているね」
「うん、それは知ってる」
実際にその神官に会った事もないし天使を見たこともなかった。けれど、『セフィラ』と呼ばれる神官が天使を使役するというのは、学校でも最初に習う一般常識だ。その神官は王に次ぐ位を持っている。
メタトロンに始まり、ミカエル、サンダルフォンまでを含む全部で10人の天使。それを司る10人の神官――王都に在るという彼らは全国民の憧れと崇拝の的だった。
「じゃあグリモワール王国のことは知っているかしら?」
母さんの言葉にマルコと二人、こくりと頷く。
じぃ様のおかげで同じ世代の子供たちに比べれば飛びぬけた知識を持っていると胸を張って言えた。
「老師に感謝しなくてはいけないな。すぐ本題に入れそうだね」
そう言って笑った父さんはいつもと変わらないように見えた。
それなのに、父さんはまるで冗談を言うような口調でさらりと続けた。
「きっと賢しいお前たちのことだ。もうとっくに気づいているだろうが、ダイアナも私もお前たちの本当の両親じゃない」
「……突然だね、父さん」
あまりに突然の軽い告白に隣のマルコは思わず笑ってしまったようだ。
あたしは……反応できなかった。
確かに何となく気づいていたことではあるが、はっきりと父親から宣告されるのは16歳の少女にとっては衝撃的すぎたからだ。
その困惑が伝わったのか、父さんも困ったように笑い返してくれた。
あたしはとても混乱していたけれど、必死でその心臓を落ち着けて父さんの言葉に耳を傾けようと努力した。
でも、父さんはまたも突拍子もない事を言い出した。
「きっと最初に言っておくべきことは、ミーナとマルコの両親がグリモワール王国でも非常に高い地位に在る人達だったということだろう」
「!」
「ああ、だから僕の名前は悪魔のマルコシアスと一緒なんだね」
マルコはいつもと変わらないのんびりとした口調で納得した。
信じられない図太さだ。こいつの心臓にはきっと毛が生えているに違いない。
「そうだね。両親は君にマルコシアスのように強い心を持って欲しいと願っていたんだろう」
心の準備はしていたはずなのに全くついていけなかった。
ああもう、今日はいったい何度衝撃を受けたらいいんだろう? あたしの心臓は果たして耐えられるんだろうか。
頭を抱えていると、父さんはにこりと微笑んだ。
「それでは要点だけ話そう。二人の両親はセフィロト国と実際に戦場で交戦し、セフィロト国軍に甚大な被害をもたらした。それこそ伝説に残るくらいにね」
伝説――そう言われて、一瞬どきりとした。
「しかし二人の両親は重傷を負い、生死不明とされて第一級のお尋ね者として指名手配されたんだ」
「……その口調からすると、僕らの両親は生きてるみたいだね」
マルコがそう言うと、父さんは困ったように眉を寄せた。
「全く、マルコは相変わらず変なところで鋭いな……そうだよ、確かに二人の両親は生きている。だが、これだけは勘違いはしないでくれ」
「なあに?」
「両親は、君たちが嫌いだから捨てたわけじゃない。ある任務のためにあちこちを飛び回っているんだ。何より、お尋ね者だから一所に留まるわけにはいかない。まだ幼かったミーナとマルコを連れて行くわけにはいかなかったんだ」
そう言われても、なかなかピンとこなかった。
何より、あたしとマルコの両親は父さんと母さんだけだ。本当の、と言われて預けられた、と言われて、それでも仕方なかった、と言われてもなんだか他人事のように聞こえた。
「わかったわ、父さん。でも、その前にどうしてその……あたしたちを引き取ったの?」
それには母さんが答えてくれた。
「あなたたちの父親が私の弟なの。つまり私にとってあなたたちは血縁関係で言うと本当は甥と姪にあたるわけね」
「ああ、だからミーナの瞳の色は母さんと一緒なんだね」
「そうよ。弟の瞳も紫だったわ」
その言葉にどきりとした。
紫の瞳。あたしと同じ色。ずっと憧れてた、伝説上の天文学者。
「じゃあ母さんたちもグリモワール王国の要職にいたんじゃない? その、僕たちの生みの親だって人の血縁者なんだから」
「ふふ、クラウドはね、グリモワール王国の騎士団長だったのよ」
母さんは嬉しそうに微笑んだ。




