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STRAY GEMINI  作者: 早村友裕
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R-2 悪魔

 じぃ様の家にノックもせず入ると、じぃ様はちょうど占いの最中だったようだ。

 占いに使う天文盤はグリモワール王国時代のもので、見つかったらおそらく罰せられてしまうだろが、じぃ様は占いをやめなかった。それは精一杯示した些細な抵抗だったのかもしれない。

「邪魔しちゃった?」

 ローブから除く褐色の肌の腕は折れそうに細い。皺の奥の蒼い瞳は未だ光を失っていなかったが寄る年波には勝てないのだろう、ここ数年動作が緩慢になってきていた。

「いや、構わんよ。よく来たなラスティミナ、マルコシアス」

 本名で呼ばれると少しくすぐったいような感覚を覚える。

 というのも、ミーナというのは愛称であたしの本当の名前はラスティミナ=フォーレスというのだ。マルコの名も本当はマルコシアス=フォーレス。普段は名乗らないから街のみんなはミーナとマルコというのが本名だと思っているだろう。

 だがその方が都合がよかった。

 実はマルコシアスというのは――悪魔の名前だったからだ。

「あのね、ミーナが剣術大会で優勝したんだよ!」

 またもマルコに言われてしまった。あたしが言いたかったのに!

「ほう、それはすごいな。さすがはクラウドの娘だ」

「ありがと、じぃ様!」

 じぃ様のうちにはたくさん本があった。奥の方には隠すようにして悪魔の本も置いてある。もし見つかればどうなるかなんて火を見るより明らかなのに。

 その本によるとマルコシアスというのは魔界でも屈指の剣の使い手で、優しくも厳しい心を持ったすばらしい戦士だという。本の挿絵のマルコシアスは凛々しい剣士の姿をしており、いつもねじが一本抜けた様なマルコ本人とは似ても似つかなかった。

 あたしはその悪魔のマルコシアスがとても好きで、何度も何度も開いたそのページには折り目がつくほどだった。

「じぃ様、悪魔の本を見てもいい?」

「あまり大声で言うでない。誰が聞いているか分からんのだぞ。己一人なら構わぬがお前たちまで巻き込んでしまってはクラウドとダイアナに申し訳がたたん」

「だいじょうぶだよ、じぃ様」

 マルコも続いて書庫に飛び込んだ。

 二人で奥から本を取り出して学校では習えない知識を頭に入れるのが常だった。じぃ様が思い立ったように悪魔の逸話を語ってくれたりもする。

 今日は3人の悪魔を使役した天文学者、アレイスター=クロウリーについてだった。


 18年前に終結した戦争の真っ最中の話だ。おそらく20年ほど前の話だろう。

 当時の国家天文学者アレイスター=クロウリーが戦場となっていた城塞都市トロメオに到着して最初の戦闘で、セフィロト軍はなんと空から襲来した。

 まさか空から奇襲を受けるとは思っていなかったグリモワール軍はその予期せぬ事態を受けて混乱に陥ろうとしていた。

 ところが戦の悪魔ハルファス、マルコシアス、武器の悪魔サブノックの3人を使役していた天文学者、アレイスター=クロウリーはうろたえる軍の先頭にたった一人で降り立ったのだ。武器の悪魔サブノックが鍛えたといわれる彼の愛剣をまっすぐセフィロト軍に突きつけ、長いストレートの黒髪を風に靡かせて一人でセフィロト軍に立ち向かった。

 そして悪魔を使役する天文学者「レメゲトン」として戦の悪魔ハルファスの使う風を操り、何千もの軍を相手に彼が圧倒的勝利をおさめ、セフィロト軍は彼一人の前に敗走を決める結果となってしまったのだった。


「一瞬にして数百の騎馬隊が風に舞い、まるで木の葉のように吹き飛ばされた。アレイスター=クロウリーの操る凄まじい豪風に草木は根こそぎ折れ、地面は抉れたという」

 そんな昔話をじぃ様はまるで見てきたように臨場感溢れる口調で語って聞かせてくれた。

「戦の悪魔ハルファスはそれまで契約者を幾人も葬ってきた扱いづらい悪魔だった。が、アレイスター=クロウリーはほんの短い間に悪魔を支配下に入れてしまった。悪魔との親和性が並外れておったというわけだ」

「……素敵ね」

 じぃ様の話に何度も出てくるアレイスター=クロウリーという天文学者は悪魔に愛されていると言われるほどに美しい容姿の持ち主だったらしい。すらりとした長身、腰まで流れるストレートの黒髪、そして美しい紫水晶アメジストの瞳。

 あたしはいつしか自分と同じ瞳の色をした彼に憧れるようになっていた。

「やっぱりアレイスター=クロウリーが一番ね。彼の使役したマルコシアスもかっこいいし! とてもマルコと同じ名前とは思えないわ」

「しょうがないじゃん、僕は人間なんだから」

「そこは問題じゃないわよ」

 思わず突っ込んでしまった。このぼんやりした性格を何とかした方がいいと言いたいのだ。

「でも僕はどっちかと言うとフラウロスが好きだよ。灼熱の毛並みの豹なんて、かっこいいじゃん」

「フラウロスは怖いもの。気に入らない使い手を焼き殺してしまったり……同じ炎なら天使のカマエルの方がいいわ」

 こんな風に天使も悪魔もなく自分のお気に入りを主張できる場所はここだけで、また主張できる相手もマルコ一人だけだった。


 こんなことを出来るのは幸福なことだと分かっていた。たとえ一生使わない知識だとしても、知らないのと知っているのとでは大違いだ。戦争が終了して18年、あたしは生まれる以前の歴史を知る事が出来た。それだけで世界が違って見えるのだ。

 それを許してくれた父さんと母さん、それに実際知識を与えてくれたじぃ様、それから共に学ぶマルコ。

 あたしはとても幸せな16歳だった。

 どのくらい幸せかって言うと、悪魔については人よりずっと知っていたくせに自分の出生について何も知らず、また知らなくていいと思い込んでいたくらいだ。

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シリーズまとめページはコチラ
登場人物紹介ページ・悪魔図鑑もあります。
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