M-21 決着
第41番目の悪魔フォカロルの加護は絶大だった。少しだけ経験した羽根の加護とは段違い。
手足が完全に僕の感覚についてきている。意思どおりに動かすことができる――まるで、僕の手足じゃないみたいに。意思どおり動かせるのに自分のものではないような、そんな不思議な感覚が僕を包み込んでいた。
セイジの背後にも悪魔の影がある。
緑色のフードを被った射手――破壊の悪魔と呼ばれたレラージュの姿だ。
「回り込め、マルコ!」
セイジの言葉が終るか終らないかのうちに、僕は銀髪セフィラの背後に回る。
天使ミカエルの6枚の翼が閃いて、群青の瞳がこちらに向く。でも、見える。攻撃の軌道が!
それを間一髪で避けながら、手にした剣を逆手に持って、回転力を加えた強烈な一太刀、足元を狙って叩き込む――と、思ったが、セフィラも同じように見切ってかわした。
ああ、この人も目がいいんだ。
直感的にそう気づいた。
「セイジ!」
いったん敵との距離を置き、セイジの傍に寄る。
セフィラは僕と同じように目がよくて、攻撃を見ながら避けていることを伝えると、セイジはにやりと笑った。
「そうか。お前と同じなら、弱点が分かるな?」
僕はこくりと頷く。
攻撃を見て避ける僕の最大の弱点は、『見えない攻撃』。
一人では無理でも、セイジと二人なら死角を作り出すことができる。
「あいつは攻撃を左に避ける癖がある。お前は右、俺は左に回る。天使がいるせいで狙いにくいと思うが、足元よりも上を狙ってくれ」
「分かった」
そんな簡単な打ち合わせ。
それだけで通じるほど、セイジの腕は段違いだった。この辺りでは珍しい両手剣の使い手で、それも力と技の両方を兼ね備えた素晴らしい剣士だ。持って生まれた体格もあってのことだろうが、これほどの剣技を手に入れるまでは相当な鍛錬があったはずだ。
剣を振り上げ、飛びかかろうとした時、頭上の悪魔が声を発した。
「我の力を授くか? 黄金獅子」
「力? もう借りてるのに?」
「侮るな 我が力の根源は 風にあり 大気の流れを司る 我はフォカロル」
そうだ、フォカロルは海の悪魔だけれど、同時に風の使い手でもあったのだ。
「ううん、いいよ。僕自身の力で、出来るところまでやってみるから!」
叫び返すと、フォカロルは嬉しそうに笑った。
それを確認してから、僕はもう一度セフィラに飛びかかっていった。
普通に攻撃してもだめだ。
そう、僕が苦手な攻撃を考えて!
僕の苦手なもの――素早いカウンター攻撃。準備が整わないうちだと避けられないから。苦し紛れのがむしゃら攻撃。先を呼んでいるわけでない僕にとって、怒涛の攻撃は少しキツイ。それから……フェイントを混ぜた、多彩な攻撃。
つい先ほど見たセイジの剣を思い出しながら見よう見まね、両手で剣を握ってみる。
こうすると、ちょっとはセイジの強さに近づけそうじゃない?
「行くぞ!」
僕の方は囮。わざと大きな声で注意を引き、大きく剣を振りかぶった。
両手で力いっぱい剣を振り下ろし、避けられて反撃された攻撃は剣を跳ね上げて弾き飛ばす。すぐ剣を右手に持ち替えて横に薙ぎ、そのままブーツで強力な蹴りを放つ。
セフィラは余裕でよけているけれど、攻撃の手は緩めない。
さらに上下左右、縦横無尽な攻撃で追随する。
「やあぁああーっ!」
特別気合いを入れて放った一撃は、実は囮。
力一杯の下段と見せかけて、それはフェイント。
本命は、剣の柄で狙った上段への殴打だ!
「くっ……」
初めて苦しそうな顔でその攻撃をぎりぎり避けたセフィラの背後から、セイジの剣が迫る。
完璧な死角。
さすがはセイジだ。隙を一瞬だって見逃さなかった。
「終わりだ」
そんな台詞と共に、セイジの剣が銀髪セフィラの腹部を打ち抜いた。
息を整えて剣を鞘に収めた。
目の前には青みがかった銀髪が土の地面に零れていた。気を失ってはいるが、血を流している気配はなかった。
「ねえ、セイジ。その剣は片刃なの?」
見た目は明らかに諸刃に見える長剣を指して問うと、セイジはにやりと笑った。
「ああ、刃が付いているように見えるが実際は片側しか切れない。殺生と不殺生を使い分けよ、というのが剣をくれた人の言葉だ」
「そう。いい言葉だね」
「……それはお前の親父だぞ?」
「えっ?!」
驚いた顔をすると、セイジはぽん、と僕の頭に手を置いた。
「よくやった、マルコシアス」
僕は嬉しくて笑った。
ふと見ると、父さんと母さんを連れたミーナがこちらに向かって駆けて来るところだった。