R-24 救出
セフィラはセイジとマルコが完全にひきつけている。
あたしはその場所を避け、馬車へと向かった。窓もないのっぺりした鉄の棺桶にこれ以上父さんたちを閉じ込めておくなんて出来ない。
近寄って見ると、改めてその大きさに圧倒された。
固く頑丈な鉄壁はとても破れそうにない。扉にも頑丈そうな錠が下りていた。
「どうしたらいいの……?」
力技では開きそうにない鉄扉を前に、絶望があたしを包む。
「父さん……、母さん!」
あたしは両手で鉄扉を叩いた。とてもそんなことで破れはしなかったけれど、ここでただ呆然と立っていることもできなかった。この中に父さんたちがいる筈なのに、どうしてこんなにも遠いの?
「父さん、あたしはここよ!」
お願い、気づいて!
ここまで、来たのに。
故郷を離れ、逃げるのをやめて、協力者も手に入れてやっとここまで来たっていうのに。
鉄を叩いた拳は切れて血が流れ出した。それでもあたしはやめなかった。こうしていても絶対にこの扉は破れないって言う事は心の片隅で分かっていたけれど。
分かっている。これを破るには――悪魔の加護が必要だ。
腰のベルトに差した羽根は、もう一枚。一枚は先ほど使ってしまったから、残っているのは、根元が漆黒に染まった美しい羽根だけだった。
あたしはその羽根を両手で握りしめた。
「お願い、力を貸して。父さんを助けたいの」
反応はない。どうして? さっきはちゃんと……
「あなたの力が必要なのよ! さっきみたいに、あたしに力を貸してよ!」
やばい、また視界が滲んできた。
唇をかみしめたけどもう遅い。あたしの頬には一筋、涙が伝っていた。
その時、背後からやさしい声がした。
「大丈夫だよ、ミーナ」
「リッド?!」
「君なら大丈夫。きっとクラウドさんを助けられるよ」
「動いちゃダメ! まだ傷が……!」
最期の力でここまで歩いてきたのであろうリッドはその場に崩れ落ちた。未だ傷口からは血が流れているし、顔面は蒼白だ。黒の騎士服に刻まれた銀の刺繍が真っ赤に染まっていた。
「ごめんね、ミーナ。本当はこんな危険な目に遭わせるつもりはなかったんだ。オレが全然頼りないから……」
「そんな事ない!」
ここにいられるのはリッドがいたからだ。我儘を諭してくれたのも、必死で説得してくれたのも、仲間を連れてきてくれたのも、それに身を呈して守ってくれたのも……全部、リッドだ。
あたしとマルコ、それに父さんと母さんしかいなかった世界に、リッドはいとも容易く入り込んできた。
「ごめんね……もう、オレは何も出来そうにない。だから……ミーナ……」
「うん、安心して。あたしが父さんと母さんを助けるから」
仰向けに倒れたリッドがにこりと笑う。膝をついて覗き込んだあたしの頬を、温かい手が拭っていった。
でも、父さんと母さんを助ける前に、このとても優しい剣士を助けたい。
「お願い、力を貸して」
胸元に羽根を握りしめて、あたしは無意識に呟いていた。
魔界の王とも呼ばれた、悪魔の名を。
「リュシフェル」
刹那、羽根から光が漏れた。
ねえ、リッド。貴方は父さんたちを助けた後もあたしの傍にいてくれる?
すべて終わったら、聞いてみよう。
あたしは自分を銀の光に包まれた手でリッドの傷に触れた。そこに集中すると、銀色の力がリッドに流れ込んでいくのが分かる。これは、きっとリュシフェルの力。
すでに意識を途切れさせた彼の傷が完全に癒えたことを確認し、あたしはもう一度だけ鉄扉に向き直る。
そして、腰に差していた小太刀をすらりと抜いた。
「これまであたしと一緒に戦ってくれてありがとう。最後に、斬りたいものがあるの」
こつ、と額に峯を預けて、静かに呟いた――その時、確かに刀身が震えた。
父さんが初めてあたしに与えてくれた剣は、刀身が少し反った東方風の片刃剣だった。
今日まで本当にありがとう。
あたしは剣に銀色の力を集中させ、大きく振りかぶった。
――一閃
目の前を銀の光が迸り、黒く立ちはだかっていた鉄の扉を分断した。
真っ暗な中に、微かに動く影がある。
「……父さん! 母さん!」
あたしが駆け寄るより先に、銀色の光が飛び出していった。
それは、細かい光の粒と化して暗闇を照らし出す。
「ラック? まさかラックなの?」
母さんの声がした。
続いて、暗い鉄の扉の向こうから待ちに待った金髪が現れる。美しい翡翠の瞳は驚きに溢れていた。きっと、何故あたしがここにいるんだろう、なんて思っているんだろう。
「父さん!」
「……ラスティミナ?」
あたしは迷わずその胸に飛び込んだ。
懐かしい感じのする父さんの匂いをいっぱいに吸い込んで、あたしは胸に顔を埋めた。
「ミーナ、今の光は……」
「父さんがくれた羽根の、悪魔の加護よ! よかった、無事で。本当によかった……!」
「あら、だから拘束具が外れたのね」
母さんの声もした。あたしはいったん父さんを放して今度は母さんに抱きつく。
「会いたかった、父さんも母さんも……!」
あたしはもう一度涙を流した。
今度は、歓喜の涙を。