R-23 召喚
ああ、またあたしのせいで誰かが傷つくの。コレオプシスもダリアも、シランもみな地に伏した。
もう嫌なのに……!
あたしは倒れ伏したリッドの傍で崩れ落ちた。つんと鼻の奥が痛くなる。目頭が熱くなって、視界が滲んだ。
やっぱり、あたしじゃ無理なの? 父さんを助けるどころか、あたしを守ると言ってくれたこの人を傷つけることしかできないの……?
銀髪のセフィラは笑っている。半分閉じた眠そうな瞼で、天使の加護を受けてきらきらと朝日に輝いた青みがかった銀髪を揺らしながら。
「バイバイ、レメゲトン」
いったいどうしたらいいの。
しかしその時、泣きそうになったあたしの元へ、どうしても聞きたくて、聞きたくて待ち望んでいた声がした。
「ミーナっ!」
振り向かなくたって分かる。
だって16年間も隣で聴き続けてきた声だったんだから。
「マルコ!」
あたしの隣。
そこはあたしの双子の相方が収まる場所だった。
「ごめんね、遅くなって」
「どこ行ってたのか、あとできっちり教えてもらうわよ!」
「うん、ごめん」
「じゃあ、今は代わりにマルコが新しく手に入れた力を見せて」
そう言うと、マルコは驚いた顔をしていた。
全く、隠していたつもりなのかしら? マルコの事なら、あたしは何だって分かるっていうのに。
「気づいてたの?」
「もちろんよ」
完全に加護があたしの体内から消え去ってしまった。
ここはいったん退こう。深い傷を負ったリッドと共に、セイジとマルコ、二人の『レメゲトン』の戦いを見守る事にしよう。
そう決めて、あたしはリッドのマントを割き、今だ血が流れ続けているリッドの肩に押し当てた。
新たに二人が乱入したことで、銀髪のセフィラはまた無表情に戻ってしまった。
まだいたのか、とでも言いたげなその表情を意に介さず、あたしの双子の片割れはにこりと笑った。
「今度は負けないよ」
「へえ? 加護のない僕にも勝てなかったのに、何を言うんだろうね」
セフィラがそう言ったが、マルコの笑顔は全然崩れなかった。
ああ、悪魔の気配がする。今のマルコは本当に、ずっと物語に聞いていたレメゲトンのようだ。
「相手はティファレト、美の天使ミカエルを使役しているセフィラの一人だ。加護なしの戦闘力は他のセフィラから飛びぬけている。気をつけろ、マルコシアス」
「うん」
セイジの言葉に素直に頷いたマルコ。
彼は大きく深呼吸して、はっきりと悪魔の名を呼んだ。
「フォカロル!」
「……!」
フォカロル――それは海を司る半獣人型の悪魔に授けられた名だ。海を支配するだけでなく、風をも操るという彼は、非常に強い意志を持つ者にしか契約を許さないという。
マルコの背後に第41番目の悪魔フォカロルの上半身が浮かび上がる。背には大きな鷲の翼を湛えている。褐色の肌は華奢な風体を完全にカバーし、その痩躯を美しくひきたてていた。
「負けぬと豪語した敵は ミカエルか」
頭の中に直接響く、不思議な声。これは、フォカロルの声なの?
「うん、そうだよ。天使を召喚したのは初めて見たけど……僕は、この人に負けたくないんだ。力を貸してくれる? フォカロル」
「古の血と同じ名を持つ 黄金獅子 お前が望むのなら」
「ありがとう」
マルコは頭上のフォカロルににこりと微笑んだ。
ああ、まだ信じられない。あのマルコが魔界から悪魔を召喚しただなんて。それも、対等に話して加護を得ているだなんて!
その時、あたしの手の下でリッドが身じろぎした。
「リッド、大丈夫?!」
うっすらと栗色の瞳が光を差す。
「ああ、ミーナ。無事?」
もう、何でそんな間抜けな声で聞くの!
「大丈夫よ、だってマルコとセイジが帰ってきたもの。あの二人なら、負けないわ」
「ああ、そうか。じゃあミーナ、君はオレなんかに構っていないでクラウドさんたちを助けに行くんだ」
「えっ? でも……」
「オレは大丈夫。さあ、早く。君が最も望んでいたことだろう?」
あたしはぐっと唇を噛んで、ゆっくりと立ち上がる。
そして、くるりとリッドに背を向けて馬車へと向かって駆けだした。